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野依良治の視点

(40)COVID-19から学ぶ ~世界の科学界の連帯が人類を救う~

2020年06月15日

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)蔓延はいつ終息するのか。20世紀だけでも3億人もの死者を出した天然痘の根絶の経緯をぜひ思い出してほしい。今後とも新興・再興感染症の克服は、病原体と人体のかかわりの理解と教育、ワクチンや治療薬などの開発と供給、つまり科学知識の獲得と活用以外に道はあり得ない。政治、経済界が科学に対して偏見を持ち、不確実性を理由に科学技術活動を軽視し続けることがあってはならない。

わが国における科学技術軽視の常態化は、研究開発投資額の貧困さからも明白である。過去20年間の国の投資額の伸び率は、「科学興国」を掲げて躍進する中国や韓国はおろか、欧米先進国にも相当及ばない。にもかかわらず、社会はワクチンや特効薬の迅速な開発、安全性が懸念される特例的な早期承認、そして大量供給を求める。また自国第一主義を唱え特定支持層に同調して科学界を蔑視してきた米国大統領も強引に同様の圧力をかける。予期せぬ危機の打開の焦りの表れではあるが、結果として問題の解決にはつながらない。一方で、科学者たちにも現世代、後継世代のためにさらなる英知を結集して困難に立ち向かう気概が求められる。

運命共同体として人類共通の脅威に対峙する

今回の大危機への遭遇は社会変化を加速し、決して過去の復元を約束しない。むしろ経済構造、生活様式を含めて、人々の価値観の転換をもたらすことは間違いない。現在、世界は新型コロナウイルス禍におびえるが、すでに過剰な人間活動による深刻な地球温暖化、気候変動に基づく巨大な自然災害の頻発、天然資源の枯渇、生物多様性の喪失など人類の生存基盤にかかわる未曽有の困難に遭遇していることを再認識しなければならない。これらの脅威はいずれも国境を越えて全人類に巨大な災禍を及ぼし、生存基盤に不可逆的な変化を引き起こす。

ハイデガーが言うように人間は「死に臨む存在」であるが、自らの愚かな行為で破滅に至ることがあってはならない。適者生存の原則は変わらず、変化を続ける環境への合理的対応が求められる。今後も間違いなく襲いくる自然の脅威との対峙は、従前の軍事、経済などの国家、組織、個人の間で得失を競うゼロサムゲームではない。勝者はいない。シェアの奪い合いは無意味なばかりか、人道に反する。非常時には選択的果断、平時には長期継続的な視点が必要であるが、すべての国に運命共同体として自他共生に向けた対処が求められる。国の体制の差異を超えて全人間社会としての団結力が試されている。

基礎科学研究者たちは何を考えるか

COVID-19は現代社会のみならず、科学者たちの価値観の正当性を問いただす。17世紀に欧州を襲ったペスト禍の最中、ニュートンは郷里に避難して独り想を練り、万有引力や微積分などの偉大な発見に至ったという。この数カ月間、在宅勤務を強いられたわが国の科学研究者たちは何を思い、何を主題として議論してきただろうか。慌ただしい研究環境を離れて、専門領域に新たな着想を得た人がいるかもしれない。満を持して独創的な論文を書くのであろう。

一方で、世界の多くの人が恐怖を覚え科学に助けを求める中で、現実社会の要請と自らの科学知識の乖離に無力感を持った研究者もいるに違いない。ならばもう一度アルフレッド・ノーベルの遺言を思い出してほしい。科学者もやはり社会的な存在であり、「国籍を問わず、人類社会への福祉に貢献する」ことこそが最大の使命であるとした。独創も大切だが、信頼できる人たちとの共創こそが、実を結ぶはずである。科学者たちが「象牙の塔」から実社会、実環境に飛び出すことなくして問題解決にはいたらない。

科学は一つ、社会は一つ、地球も一つ

すべての科学分野は自然の原理でつながっている。まずは基本的科学知識と、決定力を持つ技術の「共創」のために、分散化した知の構造化と組織化が求められる。個人の能力は限定的で、早急に科学分野の連携、融合を図りたい。オープンサイエンス加速のための、諸々の情報通信技術の充実と公共的なデータ環境の整備は焦眉の急である。

学界、官庁、産業界など社会のすべてのセクターがつながりを持つ。「役に立つ」とは何か。大学、公的研究機関も自国の経済成長、拡大への貢献のみならず、長期的な社会基盤の保全、強靭化へと視点を変える必要がある。連帯感を持って協力する仕組みを用意したい。

科学に国境はない。人類への脅威の軽減、災禍の克服は国家の競争ではなく、むしろ信頼性ある連帯、結束の確保によってのみもたらされる。特定国家の国威高揚、私企業の過度の利益追求は回避すべきであり、そのための協調が不可欠である。

まずは科学への信頼から

まず社会における科学の信頼性の醸成が必要である。科学界全体が説得力ある発言を続けるために、学境、国境を超えて自律的にネットワークを形成すべきである。

基礎科学研究は主として大学、公的機関が担い、技術開発、実践は企業が担う。しかし国全体の科学技術活動の統括権限は、社会全体を統治する政治にある。平時であれ、非常時であれ政治のリーダーシップ発揮には科学的合理性の尊重が不可決である。COVID-19第一波の早期終息にかかわった専門家会議や関係研究者の献身を多としたいが、ドイツや台湾、香港、韓国における政府のより明確な科学的根拠に基づく迅速な判断は、国際的に高い評価を受けているという。残念ながら、欧米と異なりわが国には信頼できる「科学に誠実な」顧問団が常設されておらず、政府と科学界の意思疎通の欠如が懸念されている。

民主主義国家におけるメディアの役割は中立性、透明性ある発信を通じて健全な世論形成を図ることである。無責任な反科学勢力に理不尽な力を与えるSNSなどを通した偽情報の伝播、氾濫は断固として排除すべきである。

米中の覇権主義が科学界の世界連帯を阻む

急激に進むグローバル化がCOVID-19の蔓延を助長したことは事実である。しかし、その負の側面ばかりを強調しても始まらない。むしろ対極にある孤立、一国主義こそ回避すべきで、すべての国が自らの責任を果たした上で国際的な絆を強め、整合的に危機管理する必要がある。

科学技術は国家主権主義にも力を与える。しかし、迫り来る巨大な災禍に対峙して求められる世界秩序は、覇権国による支配ではなく、すべての主権国の科学精神に基づく責任ある連帯である。人類の共通問題解決に向け不可欠である協調を損なう最大のリスクは、米中の熾烈を極める軍事的、経済的、外交的な覇権争いである。政治的抗争に端を発する両国間の非難・応酬、経済報復、WHO脱退声明などの振る舞いは、当事国どうしにとどまらず世界全体に負の影響を及ぼす。米国と中国、両者の国家体制は全く異なるが、ともに国内に特異な権力構造問題を抱えている。互いに偉大さを競うことで対外的に影響力の行使を図るが、対等互恵的連携への余裕、意欲は全く乏しい。これでは世界から信頼されるリーダーたり得ない。

感染症研究に国境はない。科学社会の共通認識であり、COVID-19についてはすでに医学、生物学分野では自律的かつ緊密な連携作業が進行中である。これに先立ち、中国武漢ウイルス研究所の著名なコウモリウイルス研究者である石正麗女史は長年にわたり米国大学、NPOなどとも共同研究を続けてきた。先導的な基礎科学研究の成果は公開され、米国ギリアド・サイエンシズ社による有効な治療薬レムデシビルの開発にも貢献してきた。欧州ではライバル関係にある他国企業間のワクチン共同開発が進む。しかし、最近米国政府は、誠実な米中共同研究をも否定して恣意的な支援打ち切りを決定、社会が望む「科学精神」に基づく国際協力を損なう状況を招いている。かつての輝ける科学国としての自信はどこへ消え失せたのだろうか。

冒頭述べたとおり、脅威は感染症だけではない。人類の脅威の克服のために、国家の競争関係は維持しても決して敵対してはならない。地政学的抗争の加熱は必ず世界を対立、分断、混乱へと招く。累は当然、国家意思の下に行われる科学技術イノベーションに及び、すべての健全な協調努力が水泡に帰す可能性があるからである。

わが国は世界連帯に一定の役割を果たしたい

科学は決して個々の非連続的な知識の集積ではなく、普遍的な理性的体系である。今後COVID-19の終息のみならず、国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)の達成など全人類社会の存続を可能にする知の統合(consilience)と拡張のためには、先進国のみならずアジア、中東、アフリカ諸国の参画が欠かせない。

いかなる独立国においても、自国の科学技術力の補完を国際協力に委ねる。欧州諸国もあえて文化の壁を超えて近隣国との連携を戦略的に図る。単独では不可能な課題解決型の科学技術開発や実践はEU横断的なHorizon 2020計画などで、多様な人材養成は同じくエラスムス留学制度などをもって、それぞれ対応する。しかし、これまで国際連携に活路を見出してきた英国の本年1月のEU離脱には欧州内の科学技術協力を停滞させる懸念がある。

わが国も当然、自らの特質を活かした上で世界と広く、特に次世代が共に歩むアジアの国々と連携を図るべきである。果たしてアジア諸国は自らの将来を中国が目指す「一帯一路」の国際秩序に委ねたいであろうか。日本は従来の経済産業活動圏の拡大にとどまらず、「人類社会の存続」をスローガンに掲げて、ここに一定の役割を果たすべきであると思っている。新たな世界観を持つ若い世代の奮起に期待したい。

icon_a05 特設ページ「COVID-19と研究開発のゆくえ」


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