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野依良治の視点

(37)化学は「複合科学」を目指そう

2019年08月27日

化学は「もの」すなわち物質の科学であり、単なる自然の観察と理解のためだけではなく、ほとんど無から高い価値を生み出す力を持つ。日本に育った一化学者として、化学が今後とも若い人に感動を与え、生涯を懸けるにふさわしい分野であってほしい。化学が魅力的で「選ばれる科学」であるためには、知的創造性と展開性を持続するとともに、さらにその特徴を生かした技術開発を通してさまざまな社会貢献をもたらし得ることを明示しなければならないだろう。

化学の細分化

福井謙一先生がノーベル賞を受賞された1981年頃、ある財団の集会の冒頭に「私は福井、専門は化学です」と自己紹介され、さすがと感心した。他の委員たちが、研究分野をせいぜい有機化学、素粒子物理学、糖鎖生物学などとしていた時代に、である。先生は主として理論化学にかかわる論文を発表されていたが、当時の化学全般を広く見渡しているとの自負があったのであろう。もともと化学反応に興味を持ち、周囲の産業化学、触媒プロセスなどの専門家とともに、多くの特許を取得されていた。残念ながら近年の化学は著しい細分化傾向にあり、自らの専門を「化学」と言いきれる人は稀有(けう)である。例えば筆者が学んだ「有機化学」の領域についても、実は合成化学に携わり、さらに興味はその中の酸化反応であり、用いる触媒はパラジウムに限られ、その他の金属については不案内、という若手研究者が多い。化学は広い。せっかくの才能を生かして前世代を超えるべく目を見開いてほしい。

化学は「セントラルサイエンス」であり続けたい

かつて化学は「セントラルサイエンス」と呼ばれていた(今でも米国にこの名の教科書がある)。次世代を担う学生たちがこのように誇りを持ち続けるべく関係者の奮起を促したい。なぜ日本化学会会員が2002年の3.6万人から2018年には2.7万人まで激減したのか。化学とは何か、化学はどこに行くのか、未来図が描けず、若者に化学の魅力が伝わっていないのではないか。

個々には目を見張る成果が生まれ続けていることは間違いないが、多くの課題は断片的でつながりに欠ける。分野の深化は大切で、未来に引き継ぐ強固な基盤をつくらねばならないが、目指すべきは複合科学化である。この方向は、いわゆるビッグサイエンス化とは一線を画し、決して、研究費や人員の大規模化を意味するのではない。化学者自らが主体的展望に基づき、有機・無機、分子の大小、さらに人工・天然由来を問わずありとあらゆる物質を取り扱う科学としての原点に立ち返って、関連他分野との接触・連携を進めて分野の範囲を大きく広げること、また、その結果としての分野融合により新しい科学的価値を創造し波及効果を拡大していくことである。

かつてわが国では「物理帝国主義」が幅を利かせた時代があり、現代はさらに和田昭允博士命名による「生命王国」が栄えている。科学に秩序は必要だが、覇権主義は馴染まない。化学はその性格から「化学連邦共和国」を目指すべきだろうと筆者は考えてきた。

周辺の分野と比較してみると

今や若い世代の好奇心は、世界的にみて宗教も絡む人間中心主義を脱して宇宙と生命の謎の客観解明に向かっており、そのための分野複合化が進む。実際に生命科学は生物学の視点に立脚しながらも、化学や数理科学の知見、最先端の観測・計測技術を確実に取り入れ、さらに積極的に国際共同作業を行って今日まで大発展を遂げてきた。半世紀にわたる、当時は若かった科学者たちの強い意思と実行力による結果である。

実は分子生物学や構造生物学などにおける基本事項はすべて化学の知識、論理で理解できる。その主たる対象は核酸やタンパク質などの10-7〜10-8mサイズの分子である。しかし、もともと生命現象を扱ってきたはずの有機化学者たちは、十分な知識を持ちながらも、時の計測技術的制限からこれらを巨大分子として異物扱いし、やや小さい10-9m程度(1〜数ナノメートル)の「通常化合物」の理解の深化にこだわり続けた。この安易な自主規制の結果、もともと生体分子に正対してきた生物学に名誉を譲り、大きな機会を失したことは残念である。なぜこれらを巨大分子と呼ぶのか。人間の平均身長1.7mに比べれば、対象はすべてが同程度の極小分子である。物理学では10-19mの素粒子を扱う研究者たちが1026m規模、つまり1045倍も大きな宇宙の謎に挑んでいるではないか。若い化学徒は消極的に過ぎた先人たちの轍(てつ)を踏んではならない。

科学全体における化学の立ち位置

科学の諸分野の関連性、活動度と発展性はコラム28の「サイエンスマップ」に俯瞰、可視化されている。化学者の立場でいえば、すべての分野は物質を基盤として見えない海底でつながっている。化学こそが「一つの科学」の全体構造を形づくり、数理科学の原理と最先端の観測・情報技術の助力を得て、すべての研究分野を結びつけることができる。ほとんどの自然現象の精緻な理解と、物質・生命機能の発現と制御は、原子・分子および分子集合体・複合体レベルの科学なくしてあり得ない。点をつなぎ線とし、さらに面や立体空間へと広げたい。

例えば、生命も重層的かつ複雑な科学現象の集積であるが、物質の一存在形態である。物理学、生物学だけでは究極的な解明はなく、あらゆる知の統合なくして、精密かつ定量的な形式知によって理解することはできない。米国ではもう数十年前に化学で生物機能を探る「化学生物学(chemical biology)」が興ったが、化学の可能性を信じるスイスのA. エッシェンモーザー博士は最高度の有機合成化学手法を駆使して「生命の起源」に挑み、核酸構造の由来や骨格の必然性、例えばなぜ六炭糖(グルコース)でなく五炭糖(デオキシリボース)を使うのかを解明し感銘を与えた。

化学の論理は決して揺らぐことはなく、これからも限りなく進歩と進化を続ける。しかしその活用は化学者たちだけのものではない。従来型の個別研究の可能性はごく限られているので、化学を主軸として近隣領域と互いに呼応しながら価値ある知識を創り、意義ある知恵を生み出し、発展的に分野を広げてほしい。

化学の発展を担う新しい手法

化学は、先人の築いた確固たる論理体系、数々の思いもよらぬ発見により発展を遂げてきた。一貫してこの営みを支えてきたのは「科学の母」である数々の強力な分子構造解析技術である。昨今は驚くほど高性能であり、研究の合理性、速度と精度は桁違いに向上している。今後もこの方向は続くが、わが国における機器の高価格化問題(コラム14)については研究体制改善を通して克服すべきである。

化学にも実験、理論、計算シミュレーションの三大手法に次いで、ビッグデータ解析が第四のパラダイムとして加わる。その結果、科学知識は指数関数的に増大する。化学者が積極的に分野連携、分野融合を図ることが、理論的、実践的に解決可能な課題の限りない発見につながる。

オープンサイエンスに向かう教育、研究体制が発展を約束する(コラム25)。まず膨大な知識の累積を踏まえ、他分野との連携を図ることだ。先人の軌跡をたどりながらも、分子細胞生物学、物性物理学、数理科学、データ科学などの周辺分野を学び、もろもろの先端技術に触れて価値観を広げつつ、主体的に新分野を開拓する能力を培ってほしい。

データ科学と人工知能の活用を

現代は、急速に「データ支配型社会」に移行しつつあり、この動向は化学分野でも例外であるはずがない。世界で日々生産される膨大なデータを品質保証の上、集積、一元管理して共通活用しなければならない。人工知能(AI)は確実に進歩し、方向は不可逆的である。近未来に科学分野の境界が一挙に消滅し、地殻変動的な影響が起きる可能性は高い。化学界は主体的に一歩を踏み出さねばならないが、危機感を持って数理情報学に長けた先導的な人材を養成する必要がある。さもなければ化学界は取り残される。

医薬などの精密有機合成における道筋の選定には、多大な知識と経験が必要である。筆者の師の一人でもあるE. J. コーリー(1990年ノーベル化学賞)があまたある経路の選定の支援にコンピューターを先駆的に導入したのは50年前である。化学反応知識の統合に依拠したものであったが、現在はデータ駆動型アプローチも進む。そしてAIの深層学習に手助けされた化学合成計画は、一流の合成専門家の思索に匹敵するまでに進歩しているという。ダボス会議で知られる世界経済フォーラムでも「AIによる新薬や新素材の分子設計」は5年で世界を変える技術のひとつに取り上げられている(『Top 10 Emerging Technologies of 2018』より)。近年ではその合成過程まで効率化されるという。同様に望ましい性質の創出に挑むマテリアルズ・インフォマティクスも進む。

英国EPSRC(注1)の支援で先に発足した「Dial-a-Molecule」という有機合成プロジェクトでは、例えば抗生物質耐性菌の出現に対応すべく、ビッグデータ、AI機械学習、化合物ライブラリー、ロボティクス自動合成を横断的に結合、駆使して、あらゆる小分子の高速供給を目指している。

さらに欧州では、NFFA(注2)というデータ共有に基づく巨大な電子情報研究基盤(eインフラ)がつくられ、欧州域内にあるX線解析装置、核磁気共鳴(NMR)装置、質量分析(MS)装置、電子顕微鏡、微細加工装置などを用いる精密計測・解析コミュニティーとナノ材料合成のコミュニティーとが連携しているという。今後の科学と技術分野の進展には、ぜひとも統合的仕組みによる共創促進が不可欠である。

日本の化学の発展を阻むもの

長きにわたり日本の化学は強いとされてきたが、若い世代にはこの誇りを持ち続け、他国にはない新たな境地を開くことを使命としてほしい。わが国の化学の再生のためには、大学のみならず、日本化学会はじめ多くの学協会、産業界も戦略的に将来計画を策定し、その推進に力を合わせなければならない。

まず学術界は自らの生きざまを正すべきである。筆者はさまざまな研究費申請や受賞審査に触れる機会を得たが、「役に立つ化学」をうたいつつ実態を伴わないものがあまりに多い。真に実利的な研究の価値は明白であるが、自律性を欠く下請け仕事であってはならない。学問としての化学の進歩を託されているが、本当に挑戦すべき課題は何か。常識的な実利追求の提案、解決は企業や国立研究所に任せ、大学人には乾坤一擲(けんこんいってき)の「人類の栄光のため」(1930年代後半、第三高等学校で師弟関係にあった秋月康夫と梅棹忠夫の会話より)に傾注する気概があってもいい。産業経済状況がいかにあれ、基礎科学は、学術的に手がけるべき価値追求の積み重ねで進展してきたことを再確認してほしい。これは学術界自らの評価の視点の問題でもある。

もとより化学は科学の一分野であるにとどまらず、強く社会的、経済的、倫理的な絡み合いの中にあり、そのため化学の発展には新しいタイプの人材が求められる。あらゆる分野の発見、発明やイノベーションは既成の教育からは生まれ難い。この観点に立ち、抜本的に教育研究体制を改める必要がある。わが国の大学は諸外国とは著しく異なり、理工農薬医のあらゆる学部(研究科)に化学組織を持つ。この状況は上記の化学の普遍性の証左である。大規模国立大学では、化学者も学生も国際比較で圧倒的に多数であるが、一方で領域の重複も多い。大学、大学院の教育は、相変わらず断片集合的で学科(専攻)内ですら整合性に欠ける。教育に使用する教科書も米英出版社頼りで、欧米における過去の成果の整理と価値観の刷り込みにとどまり(コラム36)、学生たちに(もしあるとすれば)わが国独自の思想と将来展望が示されていない。

加えて、旧弊である「学部自治」と「講座制」の壁が若手研究者、大学院生を互いに隔離して、柔軟かつ有益な共同作業を妨げている。日本の国際共著論文の割合は、英仏独の6割程度に比べ、33.4%(2016年)と低調であることが指摘されているが、化学分野は23.0%と特に低い(NISTEP『科学技術指標2018』より)。若手の独立研究者が少ないためで、基礎から応用、開発まで多様な背景の化学者を多く擁しながら、この内向き傾向は全くもったいないことである。化学のルネサンスのために、特徴ある若き才能が集積し迅速に知恵を創発する風土が必要である。自律的に大学内の組織を再編することこそが、日本の化学の競争力向上をもたらし、さらに魅力あふれる「化学連邦共和国」建設への道を開くことになるはずである。

 

注1:The Engineering and Physical Sciences Research Councilの略。現在はUK Research and Innovation (UKRI)の一部。

注2:Nanoscience Foundries and Fine Analysisの略。


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