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野依良治の視点

(34)日本語の「科学」は英語の「Science」とは異なる

2019年3月18日

論理思考の根幹は母語である。今日、自然科学や技術の論文の9割以上が英語で書かれているので、研究者には情報収集、論文執筆、他国の研究者と会話する英語能力が必要だ。しかしわが国では通常人の場合と同様、科学技術社会でも英語はあくまで道具であって、「日本語こそが精神」である。だから高い知的伝達能力をもつ「正統な漢字仮名交じり文」の充実が求められる。逆に母語の大切さがわからぬ人が本物の外国語を習得することは至難である。多数の非英米人が集う国際的会合の公用語が、broken English(不完全英語)もしくはGlobish(全世界語として通じる英語)であるのは当然で、正統な英米語だけが飛び交うのは、むしろ広がりを欠く活動分野である。

日本語による科学

まだ国際交流が乏しかった時代だが、福井謙一博士(1981年ノーベル化学賞受賞者)の口癖は「英語の流ちょうなやつにろくな研究者はおらん」であった。博士は静謐な学問空間を尊ばれ、決して冗舌な社交家ではなかったが、独自の化学理論には大きな自負を持ち、実際に英米人もまた敬意を表した。確かなことは、研究者が追求すべきは、英語表現の上達ではなく、あくまで科学的見地からの内容の充実である。研究課題を日本語で問われたときに、簡潔に「縦書き、漢字ひらがな交じり」で表記できるか。「横書き、数字やカタカナを多用する」ものは一部の専門家のみが理解する断片的な成果であって、それでは一級の学者として認められない。これは私の師、野崎一京都大学名誉教授の教えである。

我々の先達たちは、江戸時代の蘭学において漢字翻訳された専門用語をもとに、ドイツ語、英語などの原語を取り入れながら、独特の科学を紡いできた。「科学」という言葉をつくったのは西周とされている。19世紀前半に初めて近代化学を紹介した宇田川榕庵は、当初この学問をオランダ語のChemieにちなんで「舎密(せいみ)」と音訳したが、一方で医学においては日本人にわかる「細胞」の漢字翻訳語をつくっている。碩学たちによる多くの漢字熟語の考案が実を結び、文章語による抽象概念の理解が進み、わが国は東洋の国としては比較的早期に、母語による理科、科学教育制度を打ち立てることができた。現在でも、理科は日本語で教育することと定められている。

世界の多くの学生や研究者は、教科書や論文から学んだ世界共通の「形式知」に加えて、多様な経験やそれぞれの母語を通して獲得した「暗黙知」を駆使しながら、研究にまい進している。暗黙知のもとは文化であり、その主な要素は言語、情緒、論理、そして科学とされる。従って、専門的な科学の営みといえども母語とは不即不離である。おそらく日本人にとっての「科学」の意味するところは、英語国民やフランス人によるScienceやドイツ人のWissenschaft(知の根幹)とは異なるであろう。多様な文化は新たな知の源泉であると言える。そこから生まれる多彩な知識のうち、論文などを通した最大公約数的共通項が、新たな形式知として科学界で認められ、やがては一般社会でも共有されていく。東洋に長く伝わる漢方薬や鍼灸(しんきゅう)の効果はいまだScienceとして認められ難いが、その行方はどうだろうか。

英語では太陽(the Sun)系の惑星を、Mercury, Venus, Earth, Mars, Jupiter, Saturn, Uranus, Neptune, Pluto(今では準惑星)と、ギリシャ神話の流れをくむローマ神話の神々にちなんだ名前で呼ぶ。私たちは水金地火木土天海冥と覚えたが、曜日と同じように水星、金星、火星、木星、土星の5惑星の名前は、古代中国の五行説に由来する。universeやconstellationに対する翻訳語「宇宙」、「星座」もまことに美しい。おそらく、西洋と日本や中国の子供たちの全宇宙にはせる夢は異なるのではなかろうか。

翻訳した科学技術用語こそが強い味方である

科学と社会の互恵関係の深化とともに、科学振興は科学者だけでは不可能となった。わが国の職業研究者や技術者たちは、英語で知識のやりとりをする現状に何ら問題はないとする。しかし、彼らは国民の1%以下の少数派である。かつて日本語による教育ゆえに科学が一般社会に浸透し、一般国民の理科理解能力は高かった。今後とも社会の理解、支援、参画を得て裾野をひろげるためにも、正統な日本語を使用し続けることが必要である。特に書き言葉について意味不明のカタカナ語の氾濫は断じて回避すべきである。たとえ便利であっても概念性を欠くため、安易な乱用は確実に人びとの読解力、知的活動力の低下を招く。科学専門家集団の怠慢が、国民の科学への無関心、忌避を招いてはならない。大学研究者にもう少し真剣に考え工夫して欲しいが、今や文理両道の学者は稀有である。外来術語の適切な漢字熟語への翻訳には見識ある国語学者との緊密な対話を通した共同作業が不可欠である。かつて文部省は科学研究者たち、国語審議会とともに立派な学術用語集を編さんしてきた実績をもつが、日本人の知性維持のためにも是非とも事業を復活してほしい。

表音文字の仮名に比べて表意文字である漢字による視認速度、すなわち知的概念吸収速度は圧倒的に大きい。人名や地名などの固有名詞については、適切な音訳のカタカナ表記で一応認識できるが、意味ある術語は翻訳なしには理解は不可能である。物理学、化学に比べて、特に生命科学分野で齟齬(そご)が甚だしい。大隅良典博士のノーベル賞受賞対象のオートファジー(autophagy)も「自食作用」と翻訳しなければ概念把握ができないのではないか。むしろ、文章の横書き形式が前提になるが、化合物名はじめ翻訳困難な専門用語については原語をアルファベットのまま記述すべきである。

一般社会にすでに定着した外来語由来のカタカナ語はもちろん多い。しかし、文化庁の「国語に関する世論調査」でも、音訳カタカナ語の理解度は全く不十分という。日本人の76.3%が日本語に関心があり、64.9%の人が日本語を大切にしたいとするにもかかわらず、最高の知性をもつはずの行政、大学、企業の指導者たち、さらに肝心の大手の出版組織が美しい母語をおとしめている。れっきとした漢語日本語があるのに、なぜガイドライン(指針)、ワーキンググループ(作業部会)、パブリックコメント(意見公募)、フォローアップ(追跡調査)、コンソーシアム(共同事業体)、さらにインバウンド(訪日外国人旅行(者))などとするのか。使用意図が不明である。後二者については、半数のひとが漢字でないと意味不明とする。科学技術を越えてこの破壊的風潮は直ちに改めるべきだろう。筆者も共犯者の一人として大いに反省している。

近隣国では

アジア圏では漢字文化は衰退傾向にあるが、さすがに表意文字の国の中国は将来を見据えて翻訳に極めて熱心である。是非とも力を借りたい。周期表の元素名は全て漢字で記述する。レーザー(laser)は「激光」であり、スペクトル(spectrum)は「光譜」、意味は明快である。日中共通語は多いが、catalystは日本では「触媒」とするが、中国では「催化(剤)」の方が一般的のようである。この根幹的な努力は今後の社会へいかなる影響を及ぼすだろうか。10年後の日中両国の国民の科学力の比較はどうなるか、想像してみてほしい。わが国の教育研究界はもっと危機感をもつべきである。

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