山中伸弥博士のノーベル医学・生理学賞受賞をお祝いして

 京都大学教授 山中伸弥博士がノーベル医学・生理学賞を受賞されることに対して、心からお喜び申し上げます。
 今回の山中博士の受賞は、「成熟細胞が初期化され、多能性を獲得しうる現象の発見」※1に対し贈られます。人工多能性幹細胞(iPS細胞)を世界に先駆けて樹立し、医療に有用な多能性幹細胞を自在に作成し、発展させたことが高く評価されたものと思います。
 JSTは、2003年から山中博士に対して研究を支援してきました。その中で、2006年にiPS細胞が生まれました。その研究成果に大きな衝撃を受けた諸外国は、国を挙げてiPS細胞の研究を取り組むなど国際的な研究競争が開始されました。JSTは、その後さらに、山中博士やiPS細胞研究に対して一段の強力な支援を展開したことによって、現在ではiPS細胞の研究は大きな進展を見せるようになりました。
 こうした研究支援をしてきたJSTの立場からみると、山中博士の成果は、2つの意義があるといえます。
 ひとつは、iPS細胞を用いて、難病の原因を解明することにより、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などの治療への展開が進むことです。さらに加齢が原因で起こる「加齢黄斑変性」という目の病気で世界初の臨床研究が日本で計画されるなど、自らの細胞による「夢の再生治療」が実現しようとしています。これらはいずれも大きな「医療革命」をもたらそうとしています。
 もうひとつは、山中博士の成果は、サイエンス(基礎研究)からイノベーション(社会変革)を目指している我が国の科学技術政策の代表的な成功例といえます。このノーベル賞受賞を機に、他の分野でも「課題達成型基礎研究」に一層の弾みがつくことを期待しています。
 JSTでは今後も日本発のiPS細胞研究の発展に貢献するだけでなく、科学技術全体の発展に貢献できるよう、なお一層の努力を払う所存でございます。

2012年10月8日
独立行政法人科学技術振興機構 理事長 中村 道治

山中博士とJST中村理事長、京大松本総長
山中博士(中央)とJST中村理事長(左)、京大松本総長(右)

(補足)

JSTとの関係

 山中博士は、2003年10月から2009年3月まで科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)※2「免疫難病・感染症等の先進医療技術」研究領域における研究課題「真に臨床応用できる多能性幹細胞の樹立」の研究代表者として、移植拒絶を回避し、倫理問題を有する胚性幹(ES)細胞に替わる理想的多能性幹細胞の作製を目指した研究を実施しました。この研究において、博士のたぐいまれな洞察力と指導力が発揮され、2006年に理想的な幹細胞であるマウスiPS細胞の樹立に成功し、次いで翌年ヒトiPS細胞が樹立され、細胞移植療法などの再生医療の実現に向けて大きな一歩を印されました。
 また、JSTではiPS細胞研究をさらに加速させるべく2008年4月よりCRESTの研究成果を引き継ぐ形で「山中iPS細胞特別プロジェクト」※3を発足いたしました。また同年に「CREST」及び「さきがけ」※4制度においてiPS細胞の研究領域を発足※5させております。さらに、2009年には産業への展開を図るべく、産学連携による研究成果展開事業【戦略的イノベーション創出推進プログラム(S-イノベ)】※6も実施しております。

※1成熟細胞が初期化され、多能性を獲得しうる現象の発見:
マウスやヒトの皮膚に由来する線維芽細胞に4種類の遺伝子を組み合わせて導入することで、ES細胞と同様に高い増殖能と分化多能性をもつ幹細胞の樹立に成功しました。山中博士の研究チームは、この細胞を人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell, iPS 細胞)と命名しました。
※2戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST):
戦略的創造研究推進事業は、国の政策目標実現に向けて課題解決型基礎研究をトップダウン型に推進するJSTの事業で、産業や社会に役立つ技術シーズの創出を目的としています。チーム型研究CRESTは、わが国の社会的・経済的ニーズ実現のための戦略目標達成に向け、研究領域を設定し、そのリーダーである研究総括のもとに、産官学の研究チームを編成し、研究を推進していくものです。
http://www.jst.go.jp/kisoken/crest/
※3「山中iPS細胞特別プロジェクト」:
CREST研究課題「真に臨床応用できる多能性幹細胞の樹立」の成果を受けて、発足した特別プロジェクト。ヒトiPS細胞の実用化および世界標準となるヒトiPS細胞樹立技術の完成を目指して、より安全性の高いiPS細胞樹立方法の確立と、その安全性評価等の研究を実施しています。
https://www.jst.go.jp/kisoken/archives/y-ips/index.html
※4戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ):
戦略的創造研究推進事業の1つで、CRESTがチームを編成して研究を実施するのに対して、さきがけは個人研究者のオリジナルな発想による研究を実施します。
https://www.jst.go.jp/kisoken/presto/
※5iPS細胞研究分野における当機構の研究領域:
CREST「人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製・制御等の医療基盤技術」研究領域
(研究総括:須田 年生(慶應義塾大学医学部 教授))
さきがけ「iPS細胞と生命機能」研究領域
(研究総括:西川 伸一(独立行政法人理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 副センター長))
※6研究成果展開事業【戦略的イノベーション創出推進プログラム(S-イノベ)】:
JST戦略的創造研究推進事業等の成果から設定した研究開発テーマを対象として、実用化に向けて、長期一貫してシームレスに研究開発を推進することで、産業創出の礎となりうる技術を確立し、イノベーションの創出を図ります。
https://www.jst.go.jp/s-innova/
S-イノベ 研究開発テーマ「iPSを核とする細胞を用いた医療産業の構築」
(プログラムオフィサー:西川 伸一(独立行政法人理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 副センター長))

CREST採択時のエピソード
岸本 忠三 研究総括のコメント(CREST12周年記念誌より抜粋)

当時、山中先生は奈良先端科学技術大学の助教授で、院生2人と、細々と研究していました。「ES細胞に特徴的に出てくる遺伝子を成熟した細胞に入れてみると、成熟した細胞が元に戻る可能性があるのではないか」という提案で、私の領域名の「免疫難病・感染症」には分野違いだという人がいました。当時、誰も成熟した細胞が元に戻ることは面白いが起きないだろうと思って、手をつけていませんでした。しかし、発想がユニークで、元気だし、セルという有名なライフ系の雑誌に論文が採択されるなど、きちんとした研究をしておられるので、1人ぐらいは入ってもいいんじゃないかと総括の判断で採択したのです。すると、CRESTに選ばれたことが評価されて、京都大学再生医科学研究所が教授として招聘しました。大学院生も増え人手が集まったので、研究が加速しました。iPS細胞はそんな中から生まれたのです。

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