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マウス精子幹細胞移植における細胞生着メカニズムを解明
(効率的な細胞移植技術につながる可能性)

平成23年11月4日

京都大学
Tel:075-753-2071(広報室)

JST 課題達成型基礎研究の一環として、京都大学 大学院医学研究科の篠原 隆司 教授らは、マウスを用いた実験によって、移植された精子幹細胞注1)が精巣内に生着する分子メカニズムを明らかにしました。

移植した幹細胞が生体内で機能を発揮するためには、幹細胞が組織内のニッシェ注2)と呼ばれる特定の領域にたどり着き、増殖する必要があります。精子幹細胞を不妊精巣に移植した場合、ニッシェに生着すれば精子を形成することができます。幹細胞がニッシェへの生着する過程は「ホーミング」と呼ばれ、精子幹細胞のホーミング効率は極めて低いことが知られています。

本研究グループは今回、マウスに移植した精子幹細胞が精巣の中にある血液精巣関門注3)を通過する過程において、細胞の運動性に関わるたんぱく質「Rac1」分子の働きが重要であることを発見しました。具体的には、Rac1が血液精巣関門を構成する分子「Claudin3」を精子幹細胞の表面にも発現させることで、関門を通過しやすくしていることを明らかにしました。このことは精子幹細胞のホーミング現象の中で、最も重要なステップのメカニズムを解明したことになります。また、Rac1は造血幹細胞のホーミングにおいても重要な働きをしていることから、幹細胞に共通の分子機構が存在する可能性が考えられます。

幹細胞のホーミング効率の改善は、移植幹細胞から生み出される細胞の増加につながるため、今回の研究成果は、将来的には再生医療において移植効率の向上に貢献することなどが期待されます。

本研究成果は、大阪大谷大学の竹橋 政則 専任講師との共同研究で得られ、2011年11月4日(米国東部時間)発行の米国科学誌「Cell Stem Cell」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製・制御等の医療基盤技術」
(研究総括:須田 年生 慶應義塾大学 医学部 教授)
研究課題名 「精子幹細胞のリプログラミング機構の解明と医学応用の可能性の検討」
研究代表者 篠原 隆司(京都大学 大学院医学研究科 教授)
研究期間 平成20年6月〜26年3月

JSTはこの領域で、iPS細胞を基軸とした細胞リプログラミング技術の開発に基づき、その技術の高度化・簡便化をはじめとした研究によって、革新的医療に資する基盤技術の構築を目指しています。上記研究課題では、多能性精子幹細胞とES細胞との生物学的な違いを評価し、リプログラミンング機構を解析してその知識を応用して、安定的に高い頻度でさまざまな動物から多能性精子幹細胞を樹立する方法の確立を目的としています。

<研究の背景と経緯>

1994年にマウスにおいて精子幹細胞移植法が開発され、初めて精子幹細胞の自己複製能と分化能を機能的に評価することが可能となりました。この精子幹細胞の移植実験は、精子幹細胞にも造血幹細胞と同様にホーミング活性があることを初めて示したものでもありました。本研究グループは、その後、精子幹細胞の長期培養法の開発に成功し、精子幹細胞を用いた個体遺伝子改変技術の開発に際して、精巣からES細胞注4)と同等の分化多能性注5)を持つ多能性精子幹細胞(mGS細胞)が生じることを発見していました。

今回行われた研究は、当初、マウスの精子幹細胞からmGS細胞を誘導する目的で始められました。精子幹細胞がmGS細胞に変化する際には、細胞増殖が活発であることが多いことから、増殖促進が細胞の多能性獲得につながるとの仮説を立て、精子幹細胞の増殖を促進する分子を同定するために、さまざまな化合物や分子のスクリーニングを行いました。その結果、Rac1が同定されました。このRac1の働きを抑制すると、精子幹細胞の増殖を誘導することが分かりました。意外なことに、移植結果の解析の過程で、Rac1の活性を抑制した精子幹細胞は、精巣に生着する頻度が極度に低下していることが分かりました。このことは、Rac1が精子幹細胞のホーミングに重要な役割を担っていることを示唆していました。

<研究の内容>

本研究グループでは上記の結果に注目し、Rac1がマウスの精子幹細胞のホーミングの過程のどこに作用するか解析を始めました。精子幹細胞のホーミングは、(1)精子形成支持細胞であるセルトリ細胞注6)への接着、(2)セルトリ細胞間の密着結合注7)で構成された血液精巣関門の通過、(3)幹細胞ニッシェへの接着、(4)自己複製――という4段階で進行すると考えられています()。移植過程の解析の結果、Rac1は移植効率に最も影響を与えると考えられているステップ(2)(血液精巣関門の通過)に関与することが示されました。

さらにRac1の下流標的分子として、血液精巣関門の密着結合帯を構成するClaudin3を同定しました。Rac1の働きを抑制した精子幹細胞においては、このClaudin3の発現が低下しており、そのために血液精巣関門の密着結合帯を通過できないことがホーミング効率の低下の原因だと推論しました。そこで、Rac1の働きを改変していない精子幹細胞においてClaudin3の発現を低下させたところ、Rac1の働きを抑制した精子幹細胞と同様にホーミングが抑制されました。

Rac1は造血幹細胞のホーミングにおいても重要な働きをしていることから、本研究結果は幹細胞がニッシェにホーミングする際は、共通の分子機構が存在する可能性を示唆しています。

<今後の展開>

本研究においては、Rac1の働きが精子幹細胞の増殖とそのホーミングを制御する重要な分子であることが明らかになりました。この研究結果は、Rac1分子の働きを調節することで、精子幹細胞の増殖や移植効率を自在に操作することができる可能性を示唆しており、幹細胞を用いた応用技術の発展に貢献できると考えています。

<参考図>

図

図 精子幹細胞の精巣へのホーミングにおけるRac1の役割

精子幹細胞(SSC)は精巣の精細管に移植されると、精細管内腔に拡散した後、(1)セルトリ細胞に接着します。次に、(2)密着結合で構成される血液精巣関門を通過します。密着結合はセルトリ細胞で作られたClaudin3で構成されていますが、この時精子幹細胞自身も、Rac1の作用によりClaudin3を発現することで、密着結合帯を通過することを本研究で突き止めました。その後、(3)精細管の最も外側にある基底膜(精子幹細胞ニッシェ)に接着し、(4)自己複製と精子形成を開始します。

<用語解説>

注1) 精子幹細胞
精子形成のもとになる細胞。精巣にあり、生涯にわたって精子を生み出し続けることができる。「幹細胞」は、臓器や組織を構成する種々の細胞のもとになっている細胞で、臓器や組織の機能を担う成熟した細胞に分化する能力(分化能)と、分化能を維持したまま増殖する能力(自己複製能)を併せ持つ。
注2) ニッシェ
幹細胞について用いる場合、幹細胞が生着し、分化と自己複製をすることができる特別な領域(場)のことをいい、各臓器などに存在している。周囲は幹細胞の自己複製と分化を制御する支持細胞で構成されていて、そこから幹細胞の自己複製因子が供給されていると考えられている。
注3) 血液精巣関門
精巣において、減数分裂を開始した細胞と、精子幹細胞を含むその他の細胞を隔てる障壁の役割を果たしている。セルトリ細胞(注6参照)が形成する密着結合帯(注7参照)で構成される。
注4) ES細胞(Embryonic Stem cell:胚性幹細胞)
iPS細胞(induced Pluripotent Stem cell)と同様に、体の種々の細胞に分化する能力を持つ細胞で、この能力から再生医療への応用が期待されている。
注5) 分化多能性
ES細胞やiPS細胞に特徴的な、体の種々の細胞に分化する能力。精子幹細胞もまれにこの能力を獲得し、多能性精子幹細胞(mGS細胞)となる。
注6) セルトリ細胞
精巣の中にある細胞の一種。精子幹細胞が分化して精子になるまでの各段階の細胞が生存・成長できるように支持する細胞。
注7) 密着結合
タイトジャンクションとも呼ばれ、上皮細胞の細胞間接着の様式の1つで、その名の通り細胞同士が密着し、細胞同士の隙間を物質が自由に通り抜けられないようにシールする役割を持つ。皮膚や腸管などでは、体の外と中を分け隔てる必要があり、これらの組織で非常に発達している。精巣ではセルトリ細胞が形成する。

<論文名>

“Rac mediates mouse spermatogonial stem cell homing to germline niches by regulating transmigration through the blood-testis barrier”
(低分子量Gたんぱく質Racはマウス精子幹細胞の血液精巣関門通過を制御し幹細胞ニッシェへのホーミングに関与する)

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

篠原 隆司(シノハラ タカシ)
京都大学 大学院医学研究科 分子遺伝学分野 教授
〒606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町53 分子生物科学実験研究棟320
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