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高速・高精度で細胞操作できるマイクロロボットを開発
−不妊治療や再生医療に貢献−

平成23年5月16日

科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)

名古屋大学
Tel:052-789-5025(工学研究科)

JST 研究成果展開事業【先端計測分析技術・機器開発プログラム】の一環として、名古屋大学 大学院工学研究科の新井 史人 教授の開発チームは、永久磁石の磁力で動かす高速・高精度な細胞操作マイクロロボットの開発に成功しました。

人工授精やクローン技術などでは、一つ一つの細胞を操作し、その核を移植したり除去したりする必要があります。しかしこれらの操作は高い精度が求められるため、熟練の作業者が1つずつ手作業で操作しています。細胞操作の作業速度の向上と効率化に向けてさまざまな研究・開発が現在盛んに行われており、磁性体注1)ロボットもその1つです。磁性体ロボットの手足となる磁気駆動マイクロツール(Magnetically driven microtool:MMT)は、マイクロ流体チップ注2)(チップ)内に配置して、チップの外側から非接触で駆動させることができます。しかし、従来のMMTはチップの外から永久磁石で引き寄せて操作するためにMMTとチップの表面が密着してしまい、精度よく操作することができませんでした。

今回の開発では、MMTを駆動させる永久磁石の磁極の向きを変え、さらにチップに高周波の微小振動を加えることによって、MMTとチップ表面の摩擦力を大幅に低減させることに成功しました。これにより、従来500μm(マイクロメートルは100万分の1メートル)であったMMTの位置決め精度注3)を1.1μmと飛躍的に向上させると同時に、MMTの応答速度も0.02秒(従来法は1秒)に大きく向上させることに成功しました。この成果によって、チップ内で細胞を高速・高精度で操作することが可能になりました。

この技術は、不妊治療や再生医療への貢献が期待されるとともに、微小物体の操作やマイクロ流体チップ上での各種計測などを可能にするものです。

今後はMMTの自動制御を行うことにより、手作業に代わって細胞操作を自動で行うオンチップロボットの実用化を目指します。

本開発成果は、2011年5月12日(英国時間)に英国王立化学協会出版の科学雑誌「Lab on a Chip」のオンライン版に掲載されました。また、本成果の一部を含む動画は、2011年5月9〜13日に上海にて開催された、世界最大級のロボット工学分野の国際会議(ICRA2011)において、最優秀学会ビデオ賞を受賞しました。

受賞動画URL: http://www.youtube.com/watch?v=1Q6tzDF-fGU

本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。

事業名 研究成果展開事業【先端計測分析技術・機器開発プログラム】/要素技術タイプ
担当開発総括 伏見 譲(埼玉大学 総合研究機構 特任教授)
開発課題名 「マイクロロボットによるオンチップ高速除核・分注技術の開発」
チームリーダー 新井 史人(名古屋大学 大学院工学研究科 教授)
開発期間 平成21〜24年度(予定)

JSTはこのプログラムで、計測分析機器の性能を飛躍的に向上させることが期待される新規性のある独創的な要素技術の開発を目指しています。

<開発の背景と経緯>

現在、人工授精や受精卵の分割による一卵性双子牛生産、受精卵の性判別などが実用化され始めています。特に核移植技術は、家畜の改良・増殖、および希少品種などの遺伝資源保存において画期的な技術であり、実用化を目指した研究が盛んに行われています。これらは、畜産分野のみならずクローン動物を利用した製薬や、ES細胞利用の医療応用など、バイオ分野において重要な技術となってきています。しかし、核移植やそれに伴う除核注4)などの細胞操作は、熟練した作業者が顕微鏡をのぞきながら手作業で複雑かつ高度な操作をするため、現状では作業速度のさらなる向上が見込めず、生産性を上げるための課題となっています。核移植を自動化して作業速度を上げるためのさまざまな試みがなされてきましたが、特に除核作業の自動化は困難であり、手作業を大幅に凌駕する高速化技術が求められています。また、除核後の卵子に核移植するため、除核された卵子を確実に分注する技術が必要とされています。

この解決策として、新井チームでは、マイクロ流体チップ内において操作可能な磁気駆動マイクロツール(MMT)を用いて細胞操作を行う開発を行ってきました。すでにチップとMMTを安価(1つ100円程度)に製造できる技術を開発しています。この技術を用いて使い捨てチップを製造し、その内部で細胞操作を可能とすることによって、従来の手作業で発生する汚染のリスクや再現性のばらつきといった問題も解決できると期待されます。しかし、従来のMMTの位置決め精度は細胞のサイズ(数十μm)に対して非常に大きい(500μm)ため、細胞の制御のような精密操作を行うことができませんでした。さらに、応答速度も1秒と遅いためチップ内での細胞の速い流れに対応することが困難でした。

そこで新井チームは本開発課題において、MMTの位置決め精度を飛躍的に向上させ、チップ内で細胞精密操作を行うためのマイクロロボット(オンチップロボット)の開発を進めています。

<開発の内容>

今回開発した細胞操作用のオンチップマイクロロボット(図1)は、MMTにかかる摩擦力を低減するために「水平磁極駆動方式」と呼ばれる新しい駆動方式を開発しました。MMTを駆動させる磁石の磁極が駆動方向と平行になるように配置し、さらに磁石とMMTが同サイズになるように設計することで、MMT付近では磁束注5)が駆動方向と平行に流れて、磁力を効率よく駆動力に変換することができます。また、MMT中心付近ではMMTを下に引っ張る力がなくなるために、チップ内部との摩擦を低減し駆動磁石に対するMMTの追随性が飛躍的に向上します。この方式により位置決め精度が50μmに向上し、応答時間が0.1秒に向上したことを実証しました(図2)。ただし、この配置では横への平行移動の精度しか保証されておらず、駆動方向が複雑になると追随性は途端に悪化する問題点があります。そこで、駆動源の永久磁石を2つずつの2組を直行するよう配置してMMTの駆動を行うことにより、縦への平行移動と回転方向において高い追随性を持つ駆動が達成可能となりました(図3)。

しかし、この方式での位置決め精度(50μm)では、細胞(数十μm)の精密操作を行う上で十分とはいえません。そこでチップ下面に圧電セラミックスを取り付け、超音波振動を加えることでMMTにかかる摩擦力の低減を図り(図4)、位置決め精度がさらに最小1.1μmまで向上しました(図5)。また、MMTの応答速度も0.02秒と飛躍的に向上し(従来法では1秒)、高速駆動が可能となりました(図6)。この成果によってチップ内で目的の細胞を回転させたり、組み立てたり、切断することが可能になったことから、卵子の核の位置を蛍光で確認しながら10秒に1個の速度で、かつ核とともに切り取られる細胞部分の面積が卵子全体の面積の20%以内という高い分割精度での除核作業を達成しました(図7)。

<今後の展開>

本開発課題では、応答速度0.02秒かつ最小1.1μmの位置決め精度を持つ、縦・横の平行移動と回転方向への高い追随性を示す細胞操作用オンチップマイクロロボットの開発に成功しました。この技術に自動制御技術を組み込むことにより、マイクロ流体チップ内部での細胞の完全自動操作が期待できます。さらに、細胞に力を加えることによって刺激に対する反応を評価したり、複数の細胞群の中から目的の細胞のみを選別するといった応用分野においても、チップ内の安定した環境で高速処理することが期待できます。

<参考図>

図1

図1 オンチップマイクロロボットによる細胞操作(概念図)

顕微鏡下に設置されたマイクロ流体チップ内には、大きさ6mm程度のMMTが配置されており、このMMTをリニアステージ上に配置した永久磁石により非接触で駆動できる。またマイクロ流体チップ内に投入された細胞は流体力により流路に沿って移動し、MMT操作部において目的の操作(切断や選別など)が実行される。これにより閉空間の安定した環境下で連続して細胞操作が可能なため、MMTによる細胞の高速処理が期待できる。

図2

図2 駆動方式ごとの磁場解析および駆動評価

(a) 従来のMMT駆動方式。永久磁石の磁極が駆動方向と垂直に配置されており、MMTを下向きに引っ張る力が強く働くため摩擦が大きく発生してしまう。

(b) 水平磁極駆動方式。磁極の方向を駆動方向と平行に配置し、サイズを合わせることにより、磁束がMMTを介してループ状に流れ、磁束の方向と駆動方向が一致する。

(c) 駆動ステージに対するMMTの追随性評価実験結果。従来駆動方式においてはMMTがステージの軌跡から大きく外れ、動かない領域が大きく生じている。一方、水平磁極駆動方式においてはMMTの軌跡はステージに対して最大50μmの誤差で追随している。

図3

図3 水平磁極駆動方式の多自由度化

水平磁極駆動方式を直交に2組ずつ組み合わせることにより、縦・横の平行移動と回転の3自由度において高い追随性を示すことが可能となる。

図4

図4 超音波振動を加えたMMT駆動方式のコンセプト図

マイクロ流体チップ下面のガラス基板に圧電セラミックを付与し、超音波振動を加えることにより、MMTと駆動平面との間に相対運動が生じ、MMTにかかる見かけの摩擦力が大幅に低減される。

図5

図5 超音波振動を加えたMMTの駆動ステージに対する誤差

(a) 振動を加えない場合、目標軌跡に対して実際のMMTの軌跡。この場合、摩擦力が依然大きいため、大きな誤差を生じる。

(b) 振動を加えた場合の目標軌跡に対して実際のMMTの軌跡。(a)と比較して大幅に誤差が低減される。

(c) 駆動ステージの速度と圧電セラミックに加える電圧を変えた場合の目標軌跡に対する誤差。低速時において振動による摩擦低減効果が特に大きく表れ、最小1.1μmの精度を達成している。

図6

図6 MMTの3自由度高速駆動

振動による摩擦低減により、MMTの応答速度も飛躍的に向上し、MMTの高速駆動が可能となった。(a)360°回転駆動、(b)1自由度高速駆動、(c)2自由度高速駆動、(d)(c)の逆回転での高速駆動。

図7

図7 オンチップマイクロロボットによる細胞精密操作

(a) 双腕のマイクロロボットを交差させることにより、細胞を回転させ任意の位置に姿勢制御が可能。

(b) 双腕のマイクロロボットにより、細胞をピックアップして任意の形状に組み立てすることが可能。

(c) ブレード型のマイクロロボットにより、細胞を高精度に切断することが可能。

<用語解説>

注1) 磁性体
磁場に引き付けられる性質を持つ物質。
注2) マイクロ流体チップ
半導体製造技術(微細加工技術)を用いて、基板にさまざまな流路を形成し、チップ上で反応、混合などを可能にしたもの。
注3) 位置決め精度
装置などを、設定した目標位置に対して運動させた時の、目標位置に対する運動位置の正確さのこと。
注4) 除核
細胞から核を取り除く作業。
注5) 磁束
磁場の強さ、向きを表す指標。

<論文名>

“On-Chip Magnetically Actuated Robot with Ultrasonic Vibration for Single Cell Manipulations”
(単一細胞操作のための超音波振動を伴う磁気駆動オンチップロボット)

<お問い合わせ先>

<開発内容に関すること>

新井 史人(アライ フミヒト)
名古屋大学 大学院工学研究科 教授
〒464-8603 愛知県名古屋市不老町
Tel:052-789-5025 Fax:052-789-5213
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

安藤 利夫(アンドウ トシオ)
科学技術振興機構 産学基礎基盤推進部(先端計測分析技術・機器開発担当)
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