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マウスの皮膚細胞から硝子軟骨様組織を直接得ることに成功
(iPS細胞を経由しないで、再生困難な軟骨を回復できる機構)

平成23年1月11日

科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)

大阪大学
Tel:06-6879-3278(医学系研究科 総務課 庶務係)

JST 課題解決型基礎研究の一環として、大阪大学 大学院医学系研究科の妻木 範行 独立准教授らは、特定因子を導入することによって、マウスの皮膚細胞から再生困難な硝子軟骨細胞のような細胞へと直接変化させる技術を開発し、その際に問題となる腫瘍化を回避する方法を見いだしました。

人工多能性幹細胞(iPS細胞)や胚性幹細胞(ES細胞)などは、筋肉や神経などのさまざまな細胞に変化できる能力を持ちます。これらは将来の再生医療に役立つと期待されていますが、腫瘍化や不均一性などの問題があります。そこで、iPS細胞作製法を改良する研究や別の方法で細胞運命を変える(リプログラム)技術の開発が、盛んに行われています。

具体的には、iPS細胞を経由しないで、体細胞を直接、別の組織の組織幹細胞や前駆細胞に変換する、ディレクテッドリプログラミングでいくつか成功例があり、本研究グループもこれまで、マウス皮膚細胞に3因子を導入して培養すると軟骨細胞様細胞が得られることを明らかにしていました。さらに今回、誘導した細胞が作り出した組織が元の皮膚細胞の性質も消去されており、一度損傷すると修復が困難な硝子軟骨組織と同様の状態に至っていることを明らかにしました。また、誘導した細胞を選別することにより、長期にわたって腫瘍化しない軟骨細胞様細胞を得られることを見いだしました。そして、培養皮膚細胞から軟骨細胞様細胞が誘導される過程を観察することもできました。

将来、この技術を人間の細胞に用いることができれば、関節疾患に対する再生医療の材料を供給することが可能になります。iPS細胞の段階を経ずに目的の細胞を得るため、腫瘍化の可能性が低く、均一な組織を作りうると考えられます。また、軟骨に関連する疾患の患者からこの細胞を作製できれば、その病態を調べることができるようになると期待されます。

本研究成果は、2011年1月10日(米国東部時間)に米国科学雑誌「The Journal of Clinical Investigation」のオンライン速報版で公開されました。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製・制御等の医療基盤技術」
(研究総括:須田 年生 慶應義塾大学 医学部 教授)
研究課題名 「組織幹細胞/前駆細胞を誘導するディレクテッドリプログラミング技術の開発」
研究代表者 妻木 範行(大阪大学 大学院医学系研究科 独立准教授)
研究期間 平成21年10月〜平成27年3月

JSTはこの領域で、iPS細胞を基軸とした細胞リプログラミング技術の開発に基づき、その技術の高度化・簡便化をはじめとした研究によって、革新的医療に資する基盤技術の構築を目指しています。

上記研究課題では、細胞リプログラミング技術を応用し、皮膚細胞から直接、軟骨前駆細胞を作り出すために、皮膚培養細胞から軟骨前駆細胞が誘導されるメカニズムを解析すること、軟骨前駆細胞を誘導する効率を高めること、安全な誘導軟骨前駆細胞を作製すること、を目指しています。

<研究の背景と経緯>

関節にある軟骨は、四肢や脊椎の関節の滑動面を構成する組織であり、外傷による軟骨損傷や加齢による軟骨変性は、やがて関節症を発症させます。日本では700万人以上が変形性関節症に罹患し、運動時疼痛によって日常生活が制限されています。高齢化社会の進行により患者数の増加が見込まれますが、関節軟骨は修復能に極めて乏しく、変性摩耗や欠損した場合の根治的治療方法は今のところありません。軟骨の供給方法を開発することは強く望まれており、多能性幹細胞や間葉系幹細胞から軟骨細胞を誘導する研究が行なわれています。

皮膚などの比較的採取しやすい体細胞注1)を、軟骨細胞に限らず別の組織の細胞に変換する技術の開発は、再生医療の目標の1つです。京都大学の山中 伸弥 教授が生み出したiPS細胞は、体細胞を初期状態に戻し(フルリプログラミング(図1))、他の組織細胞に分化注2)させることができるため、この再生医療の可能性を大きく広げました。しかし現状では、iPS細胞などの多能性幹細胞を目的の細胞に分化させることは、いくつかの組織において難しいとされています。多段階の誘導ステップを経ても、全く均一な特定の組織細胞に分化させることは困難であり、誘導した細胞を移植した場合に腫瘍の発生の危険性も残っていると考えられています。

一方、体細胞を直接、別の組織の組織幹細胞や前駆細胞に変換する、ディレクテッドリプログラミング(図1)もいくつか成功例があり、本研究グループでもマウスの皮膚細胞から軟骨細胞様細胞を得ることに成功しています。この技術は、多能性幹細胞の段階を経ないため腫瘍が発生する危険性が少ないと考えられます。また、その分化の道筋が同じ細胞なので、均一な組織を作り出せる可能性が高いと考えられます。

もし、ディレクテッドリプログラミングによって軟骨細胞様細胞が誘導できれば、軟骨バイオマテリアルの細胞供給源の1つとして大きなポテンシャルを有すると考えられます。本研究グループでは、ディレクテッドリプログラミングによって、より安全な軟骨材料を得ることを目指しています。

<研究の内容>

本研究グループでは以前から、分化の過程で軟骨に向いた細胞ができた時にその細胞を選び出せるように、その細胞に的確に印をつける技術の開発を行ってきました。そして細胞が、軟骨に特有のコラーゲンであるXI型コラーゲンを作り出すのを検出する仕組みをマウスで作りました。この仕組みのもとで、初期化因子と軟骨因子のさまざまな組み合わせを試した結果、2つの初期化因子(cMycとKlf4)と1つの軟骨因子(Sox9)を皮膚細胞に入れると、軟骨を作りうる細胞ができることが分かりました(図2)。しかし、この細胞をマウスの体に移植すると軟骨組織と同時に腫瘍もできてしまう場合があり、また作られた軟骨細胞様細胞の質や誘導される過程についても詳細は不明でした。

そこで、このディレクテッドリプログラミングで得られる細胞について精査を行ったところ、下記のようなことが明らかになりました。

1)ディレクテッドリプログラミングで得られた細胞を、選別してマウスの体に移植して作った軟骨組織には、皮膚に大量に含まれているI型コラーゲンが存在せず、元の皮膚細胞の性質を消すことができていました(図3)。軟骨組織にとってはI型コラーゲンが存在するか否かが重要であり、この皮膚細胞の性質を消去できたことは意義が大きいものと考えられます。

2)移植した細胞は全て軟骨組織を形成し、できた軟骨組織は硝子状で均一であったことから、硝子軟骨組織に至っていると考えられました。通常、生物の体では硝子軟骨が傷つけられると、硝子軟骨は再生せず、線維軟骨で埋められます(図4)。線維軟骨には線維状の構造が見られ、体重を支えて運動する性能が、硝子軟骨に比べて著しく劣ります。傷ついた硝子軟骨を硝子軟骨で治すことができれば理想的ですが、この方法によって将来的に可能になりうると考えられます。

3)上記の方法で得られた細胞が腫瘍化するのは、軟骨細胞様にリプログラミングされた細胞から奇形腫注3)ができるのではなく、I型コラーゲンの発現が残存する、リプログラミングが不十分な細胞が原因であることが分かりました(図5)。腫瘍を作ってしまう細胞の集団を1個ずつばらばらにして増やしたところ、長期間(少なくとも16週間)にわたって腫瘍を生じずに軟骨だけを作る細胞集団を得ることができました。このことは、ディレクテッドリプログラミングを経た細胞には、腫瘍を生じるものと生じないものが混在しており、前者を避けることによって腫瘍化の問題を回避できうることを意味します。

4)軟骨細胞のようになった細胞につける印として、蛍光を発するGFPを用いた仕組みを新たに開発し、ディレクテッドリプログラミングによって皮膚細胞培養から軟骨細胞様細胞の塊ができてくる様子を撮影しました。因子を入れた2日後に軟骨の印を持つ細胞が出現し、7日後に軟骨様の結節ができ始めることが分かりました(図6)。

5)誘導した軟骨細胞様細胞において、導入した因子の発現をほぼ消失させることに成功しました。この細胞は刺激に対して体内の軟骨細胞に似た挙動を示すため、軟骨疾患の病態解明に使える可能性があります。

<今後の展開>

将来、この技術を人間の細胞に用いることができれば、関節疾患に対して再生医療の材料を供給することが可能になります。iPS細胞の段階を経ずに目的の細胞を得るため、腫瘍化の可能性が低い均一な組織を作ることができ、これまで生体内の修復では不可能であった硝子軟骨の再生も可能になるものと考えられます。また、軟骨に関連する疾患の患者からこの細胞を作製できれば、その病態を調べることができるようになると期待されます。

今後、皮膚細胞が軟骨細胞様細胞に変わる時に、どのような仕組みが働いているのかの検討が必要です。また、いずれ人間の皮膚細胞からも軟骨細胞様細胞が作ることができるよう、研究を進めます。

<参考図>

図1

図1 皮膚細胞から疾患臓器の細胞を作る、2つのアプローチ

アプローチ1:細胞に十分なリプログラミング(フルリプログラミング)を行い、iPS細胞をいったん作る。その後、目的の臓器の細胞に再び分化させる。移植した時に奇形腫ができないように、全ての細胞を分化させておくことが必要。

アプローチ2:皮膚細胞を直接、目的の臓器の細胞に変換させる。この過程はディレクテッドリプログラミング(指向性を持つリプログラミング)と呼ばれ、いくつかの臓器で報告されている。臓器ごとに方法を開発する必要がある。

図2

図2 特定因子導入による、線維芽細胞から軟骨細胞様細胞へのディレクテッドリプログラミング

図3

図3 皮膚細胞から作った細胞をマウスの皮下に移植してできた軟骨組織像

皮下脂肪の中に均一な軟骨組織を作った。その組織像は硝子軟骨形成の指標となるサフラニンOに強く赤く染まった。できた軟骨のコラーゲンについて染色して調べると(存在していると染色される)、硝子軟骨に特有のII型コラーゲンを含むが、皮膚に大量に含まれ、線維軟骨にも含まれるI型コラーゲンは存在していないことが分かった。

図4

図4 変形性関節症の関節軟骨の組織像

健康な関節軟骨は、図の染色(サフラニンO染色)では軟骨の成分が赤く染まる。ガラス状に見えるので、硝子軟骨と表現される。
中央傷んだ軟骨は、軟骨の成分を失い、代わりに皮膚の成分でもあるI型コラーゲンが混ざる。この軟骨は線維軟骨と表現される。線維軟骨は、体重を支えて運動する性能が硝子軟骨に比べて著しく劣り、痛みの原因になる。
さらにひどくなると軟骨は失われ、骨が露出する。
軟骨が変性摩耗や欠損した場合の根治的治療方法は今のところない。軟骨の疾患に対して、軟骨の供給方法を開発することが強く望まれている。
図5

図5 皮膚線維芽細胞にcMyc、Klf4、Sox9を入れてできる2種類の細胞と、マウス皮下移植時の腫瘍について

(A)リプログラミングを十分に受けなかった細胞は、腫瘍化しうる。この様な細胞が少しでも混在すると移植時に腫瘍を作るが、細胞の集団を1個ずつばらばらにしてから増やし直すことで、軟骨だけ作って腫瘍を作らない細胞の集団を得ることができる。

(B)不十分なリプログラミングを受けた細胞をマウス皮下に移植してできた細胞塊(左図黒矢印部)と内部の切片写真(右図)。赤矢印の箇所には、小さな軟骨様組織が見られる。

(C)「軟骨細胞様にリプログラミングされた細胞由来の組織」と「不十分なリプログラミングを受けた細胞由来の組織」の比較。トルイジンブルー染色により、#1に未熟な細胞像が観察される。#0、#2ではII型コラーゲンが強く発現しているが、#1では発現が弱い。また、#1、#2ではI型コラーゲンが発現しているが、#0にはない。

図6

図6 皮膚細胞から軟骨細胞様細胞ができる経過

軟骨に印(GFP)を付けたトランスジェニックマウスを作り、その皮膚細胞(印を出していない)を培養。この細胞が軟骨細胞のようになると、印を出すようになる。2つのリプログラミング因子(cMyc、Klf4)と1つの軟骨因子(Sox9)を皮膚細胞に入れると、2日後に軟骨の印を持つ細胞が出現し、7日後に軟骨様の結節ができ始めた。

<用語解説>

注1) 体細胞
 体の各組織を構成している細胞。軟骨細胞、皮膚細胞、筋細胞、神経細胞、肝細胞など。受精卵に始まる発生では、その過程が進むにつれて細胞は増えながら各体細胞に向かって分化していく。
注2) 分化
 細胞が特定の機能を獲得すること。例えば、胎児期の間葉系細胞は軟骨細胞、皮膚細胞、筋細胞などに分化して、それぞれ体重を受ける、体を外界から守る、伸縮するという機能を獲得する。一度どれかの細胞に分化すると他のタイプの細胞にはなりにくいと考えられている。
注3) 奇形腫
 iPS細胞などの多能性幹細胞を体に移植するとできる、体のさまざまな組織を含む腫瘍のこと。多能性幹細胞から神経や筋肉などの組織の細胞を作った場合、少しでも多能性の状態にある細胞が残っていると、細胞を移植した時に奇形腫ができる可能性がある。

<論文名>

“Generation of hyaline cartilaginous tissue from mouse adult dermal fibroblast culture by defined factors”
(マウスの真皮線維芽細胞からの特定因子による硝子軟骨様組織の作製)

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

妻木 範行(ツマキ ノリユキ)
大阪大学 大学院医学系研究科 骨・軟骨形成制御学 独立准教授
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2−2
Tel:06-6879-3398 Fax:06-6879-3798
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

河村 昌哉(カワムラ マサヤ)
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