自動車のガソリンエンジンの燃焼過程は、1秒間に何十回も火が着いたり消えたりしながら、化学反応による爆発力がピストンに作用し、大きな動力を生み出すという、極めて高速・複雑なものです。そのため、この燃焼過程をシミュレートするには、バルブやピストンが高速で往復動するエンジンシリンダ内部の流動を計算するプラットフォームに加え、燃料の噴霧モデル、点火モデル、火炎伝播モデル、冷却損失モデル、反応モデル、さらに、乱流モデルや熱伝達モデルなど、挙げきれないほどの数多くのモデルを開発し統合しなくてはなりません。
SIP「革新的燃焼技術」では、オールジャパンの研究者が参画し、燃焼科学、流体科学、数値解析など多様な分野の科学技術力を結集することによって、先進的な技術を組込んだエンジン燃焼解析ソフトウェアであるHINOCAが誕生しました。
HINOCAによって、計算時間が大幅に短縮され、より高精度に、また、高度な燃焼を解析することができるようになります。さらに、企業では製品開発に、アカデミアでは研究開発に活用できるという産学双方にとって魅力的であるとともに、SIP終了後も、最新の知見を入れ込んで成長できるソフトウェアとなるように設計されています。
なお、「HINOCA」という名称は、「火神」にちなみJST担当者によって命名されました。
吸気から排気までのシリンダー内の流動を表現する。JAXAが持つ宇宙航空分野で培った圧縮性流体解析技術がベースとなり、さらに乱流モデルなど多分野の専門家の連携による最先端の知見が反映されている。また、計算の前処理(メッシュ生成)時間が削減される手法を採用しており、市販のソフトウェアと比べて全体の計算時間が大幅に短縮される。
インジェクターから噴射された燃料噴霧を表現する。燃料噴霧を液滴の集まりで近似し、気相から受ける抗力、液滴蒸発、液滴分裂、壁面付着、反射などの現象が考慮されており、燃料噴射後の混合気形成、壁面液膜形成を再現することができる。また、ピストン面に付着した燃料液膜が蒸発し、化学反応によりススが形成される過程を再現することができる。
点火時にスパークプラグから放出される放電を表現する。放電経路を連なった粒子群として表現し、スパークプラグの電気回路をモデル化することにより、放電経路が長くなると放電が一旦消え、再放電が起こる様子を再現することができる。さらに、火炎核成長が考慮され、火炎伝播にいたる過程を再現することができる。
点火後の火炎伝播を表現する。化学方程式を解くのではなく、火炎の流体に対する移動速度をモデル化し、火炎面の移動を追従することにより、小さい計算負荷で火炎伝播の表現が可能である。さらにチーム間連携により、火炎面のフラクタル性をモデルに取り入れることにより更なる高精度化を見込んでいる。
シリンダー壁面から外に逃げていく熱量を表現する。従来考慮されていなかった壁面接線方向の流れの勾配の影響や圧縮性の効果をモデルに取り入れることで、複雑なエンジン内部流れの影響を考慮した冷却損失の分布を再現することができる。
ノックと呼ばれる、エンジン内で自着火が起こることにより発生する大きな圧力振動を表現する。新しく開発したガソリン燃焼用の化学反応モデルによって得られた着火遅れ時間から自着火発生の指標を計算し、ノック発生の有無を再現している。