科学者としての働き方。現場で生きる9人のキャリアモデルファイル

博士課程での経験が、
ものづくりの現場で活きている
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植田 直樹
株式会社日本製鋼所 研究開発本部
広島研究所 材料・分析グループ 研究員

植田 直樹さん

企業でのインターンシップで
視野が広がった

しかし、博士課程修了時、植田さんの頭にはすでにアカデミアの道に進むという選択肢はなくなっていた。その考えの転換のきっかけとなったのは、博士課程2年生のときに参加した、ポストドクター・キャリア開発事業による企業へのインターンシップだった。「最初は深く考えていなくて、ほんの好奇心で参加したような感じでした」。企業関係者が出席する場で研究に関するプレゼンテーションを行い、企業側が興味ある大学院生やポスドクを選ぶというマッチング会のようなものがあり、そこで出会ったのが日本製鋼所だったのだ。

インターンシップに参加するまで、植田さんは「大学の研究は自由度が高いが、企業はコストなどを重視して研究に制約がある」というイメージをもっていた。学会等で企業の研究者とディスカッションしたときにも、「コストと効果の兼ね合い」といった助言を受けていたことも、そのイメージを助長していた。

ところが、このインターンシップを経て、その考えは大きく変わることになる。確かに、企業の中での研究開発には、コストや生産性、製品としての実現性など、いくつかの条件がある。その中で、さらに最終的に製品とするには、必要な特性が一定基準を超えていかなければならない。「思いついたままトライできた大学での研究よりも、条件に即した中で最高の品をつくるためのアイデアや工夫が求められる感じがして、非常に難しいけどおもしろいなと感じました」。研究の自由度がないわけでは決してなく、どう機転を利かせるか、会社が得意とする技術やノウハウをどう活かし、どう新しいものを生み出していくか、という考え方のおもしろさに気づいたのだ。

3か月間におよぶインターンシップの経験は、大学に戻った植田さんの考え方と行動に影響を与えた。たとえば学会に参加した際、以前なら自分が専門とするセラミックスの材料開発に関連するテーマばかりを追っていたが、直接的には関係のない技術の発表も見に行くようになった。視野を広げてさまざまなことを学ぶことで、自分の研究が行き詰まったときに「あのときに聞いたことが使えないだろうか」と考えるようになったという。入社してからも、「あるひとつのテーマを達成することは、自分ひとりでは当然無理なわけです。いろいろな部署の人と連携しながら進めていくのですが、そういう人からもらえるアドバイスやアイデアが、研究を前に進める力になります。あるいは逆に、自分がもっている知識を人に役立ててもらうこともありますね」。得意分野にとらわれずに視野を広げ、他者とコミュニケーションを取りながら、ものづくりを進める。そのような考え方の重要性こそ、植田さんがインターンシップで得たものなのだ。

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インターンシップのときにも、そして現在もお世話になっている上司と。

博士人材として、
企業経営に貢献できること

植田さんは、新製品の研究開発だけでなく、製造生産技術の改善・開発というプロジェクトにも携わっている。いくつもの広い工場の中を行ったり来たりしながら、さまざまな製品が組み上がるまでの工程をひとつずつ追う。たとえば、製造工程のうちどれか一部を別のやり方に変えれば、生産のコストが下がる、製品の品質が上がる、納期が短縮するなど、製法の改良につながる提案をしていく。「現場で作業に携わる人たちは、普段から何かしら気づいているんですよ。これ、もう少しよくならないかなあ、と。それを現場の人たちと一緒に実現していくのが私の仕事なのですが、ものづくりは現場から始まるということを、すごく実感しています」。

大学の実験室でいろいろな材料をつくっていた頃は、「これが将来のものづくりにつながれば」と思っていた。しかし、「ものづくりの最前線は企業の現場の中にもあって、そこでのひとつひとつの積み重ねが、大きな目で見て将来のものづくりを支えるのかもしれない」と考えるようになった。

会社の中で博士人材としてできることは多い、と植田さんは言う。専門知識を収集してつなげる力、人に説明する力、そして先を見通す力を活かすのだ。「製造の各工程の狙いを明確にしていくと、いま困っていることの原因が見つかって、こんな感じの技術を使って改善できないかという解決案にたどり着くことがあります」。専門書や学術論文に載っている技術や知識は内容が難しいが、その中の要点を必要な分だけわかりやすく現場の作業者に展開することが、会社の技術力の底上げにつながるのだ。

博士号を取得するまでに、国内外の学会でのプレゼンテーション、論文執筆、研究指導などアウトプットの機会はたくさんある。「それはつまり、何かを人に説明、解説する経験が多いということで、博士人材はそれが得意なはずなんです」。そうした力が、新しいアイデアを具体的な技術として現場に伝える際に役立つのだという。

さらに、研究発表を行う際、今後の展望について述べることが多いだろう。研究者がビジネスを学ぶことで、「先のことを考える力」を企業の経営に活かせるのではないかと植田さんは考えている。「方向性を間違えれば、時間もコストも無駄になってしまいます。会社として目指すべき発展の方向性を考えて、どうすれば無駄を少なく、利益につなげていけるかというビジョンをきちんと意識して、ゆくゆくはもっと広い視野で見られるようになりたいと思っています」。

世の中に流通する膨大な知識から、自らの取り組みに関係するものを見つけ出し、そこに自分のアイデアを足して新たな仮説を構築する。その検証結果から、先々の発展を考える。大学での研究で築いてきた経験は、企業のものづくり現場の最前線で活きるのだ。

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インターンシップの報告会。インターンシップをきっかけに視野が広がった。

【PDF版】 (4.2MB)

取材を終えて

取材の前に、工場を見学させていただきました。製鋼所の工場ということで、熱く溶けた鉄がドロドロする様を見られるのだろうかとか、いやいや広島工場は樹脂材料が中心だから、プラスチックが山ほど積まれているだろうかとか想像を膨らませていったのですが、実態はその両方。広い敷地の中に工場の建物がいくつも並び、ある建物の中では数十トンもある鉄の塊のような部品をつくっていたり、ある建物では射出成形機のテストでつくられた、さまざまな色とかたちの樹脂が積まれていたりと、ワクワクしっぱなしでした。広い現場で、さまざまな専門性を持つ人たちが働く中で、植田さんは持ち前の明るさでコミュニケーションを取りながら仕事を進めているそうです。
(取材・文 株式会社リバネス 2015年3月6日取材)