科学者としての働き方。現場で生きる9人のキャリアモデルファイル

研究成果を世に出すため、
フルスピードで走り続ける
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武田 泉穂
MVP株式会社 専務取締役

武田 泉穂さん

FOCUS POINT

大学にある技術の事業化や製品化に携わる仕事をしているMVP株式会社の武田泉穂さんは、5つもの会社に所属し、株主と役員を兼ねている。そのうちのひとつは自身で起こした会社で、代表取締役を務める。もともと生物物理学の研究者で、研究の道を突き進んでいくと心に決めていたはずの武田さんが今に至るまでには、どのような心境の変化があったのだろうか。
Mizuho Takeda from MVP, Inc. works on technology transfer from universities. Initially she planned to be a biophysics researcher, however, when she found out about the Tokyo Institute of Technology internship program which has attractive remunerations and applied for it. That paved the path for her to enter the world of business. Under this program, she interned for a MPO company that acts as a TLO, patent or grant application consultant to researchers and medical doctors. Through the program, she enjoyed the process of putting research work to actual use and consequently, she joined the company. Now, the most exciting aspect of her job is to pick up business ideas in research that has not been noticed by scientists themselves. She continued to work hard in this fi eld also for herself and her family where she aims to be part of the management team. This would give her more freedom to manage between her interesting job and personal life. Hence, she is now striving to be a businessperson by improving both her perspective from the research and management point of view.

PIECE OF FUTURE

今の武田 泉穂さんをつくっているもの・こと

  • 医科大学TLOへのインターンシップでビジネスの世界に足を踏み入れたこと
  • MVP株式会社の経営に参画し、自らが発掘したシーズを製品化し、研究成果で社会の役に立つことを経験したこと
  • ライフワークバランスを重視し、労働時間ではなく成果主義である経営者の道を選んだこと

思いがけないところで、研究の外の世界を知る

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東京工業大学大学院の博士課程在籍時に所属していたのは、いわゆるビッグラボといわれる研究室で、JST のERATO プロジェクトにも参加していた。博士号取得後もポスドクとして同じ研究室で研究を続けていたが、自身の研究費を取得するため科研費などの申請をしていく中で、新しいプログラムの公募をたまたま目にしたのがすべての始まりだった。

それは、東京工業大学に新しくできたプロダクティブリーダー養成機構のインターンシップ・プログラムだった。企業等で活躍するための人材としてのキャリア能力を養成することを目的とした機構で、ポスドクとして採用されると、給与が支払われることに加え、期間内に希望する企業でインターンシップできることになっていた。そこで、武田さんは、あくまで研究を続けるための資金を獲得するという目的で応募してみることにした。

面接に行ってみると、会場には企業の方がおよそ30人ずらっと並んで応募者を待ち構えていた。この「研究者ではない人々」に向けて、自分の研究を発表しなくてはならなくなってしまったのだ。「『この研究は将来、世の中に出ていくと思いますか』といった内容ばかりで、研究者から出る質問とは全然違っていました。基礎研究をしていた私にとっては、とても刺激的でしたね」と武田さんは当時を振り返る。 研究をしていると、ふとこれは何の役に立つのだろうと思うことがある。この疑問に対する答えを、「大風呂敷を広げてでもいいから、こういう夢に向かってやっているのだということを明示しなければならない場がある」ということを実感したという。

「これは落ちたな」という武田さん自身の感触とは異なり、無事に採用が決まった。企業へのインターンシップはさっさと済ませて研究室に戻り、論文を書きたいと考えていたというが、実はこれが、現在の仕事につながる扉を開く瞬間だったのだ。

運命を変えた仕事との出会い

採用が決まると早速、インターンシップ先の選定に取りかかることになった。このとき武田さんは、なんと乳児を抱えていた。「ですから、なるべく家の近くの企業で、しかも時間にちょっと融通が利くところを希望しました。研究だったら自分でスケジュールをデザインできるけれども、企業では時間で区切られてしまうので。今となっては反省点ですけれど、当時はそういった条件ばかりに目がいっていましたね」と武田さんは苦笑いする。

他の採用者たちは、自分の研究と関連のある大手製薬企業や医療機器メーカーなどを選ぶ中、武田さんは、プロダクティブリーダー養成機構の担当者が紹介してくれた、今も連携パートナーとして所属するMPO 株式会社というベンチャー企業に行くことになった。MPO は聖マリアンナ医科大学の指定技術移転機関だ。医師の研究成果を世の中に出していくのがMPO の役割といえる。

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MVP株式会社のオフィス。大学の基礎研究が具現化されていく場所だ。

突然、これまでの研究とはまったく異なる仕事に飛び込むことになり、戸惑うことはなかっただろうか。武田さんは、「視野が広がってすごく楽しかったですね。研究を具現化していくところのおもしろさを実感したんです」と、目を輝かせながら当時を思い出す。研究では誰ともしゃべらず黙々とやらなければならない時間も長いが、MPO では医師と研究の話で盛り上がったり、一緒にグラントの申請書を書いたり、特許のコンサルテーションをしたりすることがとにかくおもしろかった。自分も知らなかった一面が引き出されるようで、「この仕事が私の天職かもしれない」と思ったという。

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1か月間だけのつもりで始めたMPO でのインターンシップは、結局期間いっぱいの1年間継続し、最終的には就職するに至った。「いろいろ迷いつつも、研究に戻らずにこちらに飛び込むことにしたんです」。就職の際、代表からは、武田さんの分の給料はグラントの申請書を一緒に書いて取ろうという話をされたが、「研究者じゃなかったら戸惑っていたかもしれませんよね。自分の分は自分で稼ぐというところが研究の世界と一緒だったので、特に驚きもなく、受け入れられました」。

MPO のインターンシップでは、業務を細かく教えられることはなかった。「何かを教えてもらうのを待つというよりは、自分でどんどん業務を遂行させていただける環境だったんですね、それを当時の代表でもある今のボスが優しく厳しく見守ってくれていたというところが、私にフィットしていたんだと思います」。そうでなければ就職していなかったかもしれない、と武田さん。それまでの研究生活で身につけてきた、人から習うのではなく自分で何でもやるというスタイルが活かされている。

東京工業大学での研究生活で
培われた知識やスキルは
ビジネスでも活かされている。