科学者としての働き方。現場で生きる9人のキャリアモデルファイル

「触媒が働く」、
その様子を可視化したい
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唯 美津木
名古屋大学物質科学国際研究センター 教授
名古屋大学 大学院理学研究科 教授

唯 美津木さん

FOCUS POINT

化学反応を促進する物質「触媒」は、反応前後で自身は変化しないといわれるが、それは正しくない。本当は、化学反応中にとてつもないスピードでかたちを変えているのだ。その様子を「目に見えるかたちで捉えたい」。名古屋大学物質科学国際研究センター教授の唯美津木さんが学生の頃から掲げてきた目標は、いま叶いつつある。
During catalytic cycle, catalyst changes its structure at tremendous speed to transform reactants. Dr. Tada has interested in visualizing of the structure of catalyst in catalytic reaction. She contributed two different studies, which were preparation of new catalysts and characterization of dynamic structural changes in solid catalyst. The experiences of both studies expanded the research areas in her recent works. After the experience of an assistant professor, she became a principal investigator of a small lab and collaborated with postdocs with different research skills. Currently, she is a professor at Nagoya University and continues her research works with many students. She tries to start new projects every 5 years to expand her research areas. We cannot imagine her future activity after 5 to 10 years.

PIECE OF FUTURE

今の唯 美津木さんをつくっているもの・こと

  • 合成と解析という、分野の異なる2つのスキルを身につけたこと
  • 早いうちに独立し、自分で研究を進めていくおもしろさや大変さを知ったこと
  • 自由な発想と研究の芽となるアイデアが生まれやすい環境を求めて大学に籍を移したこと

学生生活の代わりに得た、
研究の幅を広げるスキル

高校のときから、化学と数学が好きだった。東京大学に進学した後、3年生になって化学科を選んだのは、「2年間通い続けた駒場キャンパスから外に出て、違うキャンパスに行けるから」。化学は好きだったけれど、立地の方が大きな理由だった。

4年生の卒業研究で、触媒の研究室を選んだ。触媒に対して漠然とした興味をもち始めたのは高校生のとき。それから時を経て、大学の1~2年生のときに授業で触れる機会があり、触媒への興味が再び顔をのぞかせるようになった。

化学反応が起こるとき、触媒があるだけで反応が起こりやすくなったり、まったく異なる化合物ができたりする。それがどんなしくみで起こっているのかがすごく不思議だったという唯さん。「できれば、そういうものを自分でつくってみたい」と思い、新しい触媒の合成をテーマに卒業研究を行った。

触媒は、自身は変化せずに化学反応を促進するといわれているが、実際には、反応中さまざまに形を変えている。反応の最後には、最初と同じ形に戻ってしまうから、一見変わらないように見えるだけだ。研究室では、反応中の触媒の変化を明らかにするための方法を勉強した。研究が楽しくて、就職を意識せずに博士課程まで進学した。

最初の転機は、博士課程2年の夏にやってきた。同じ研究室のスタッフが転出するタイミングで、助手にならないかと先生から誘いを受けたのだ。悩んだ末に博士課程を中退し、同じ研究室で学生からスタッフへと立場を変えて研究を続けることにした。

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同じ学年の友人たちが楽しく学生生活を送るのを横目に見ながら、唯さんは、慣れない仕事に追われていった。自分の研究も進めながら学生の面倒も見るという多忙な1年半を過ごした。「最初はだいぶ後悔しました」と唯さんは話す。「卒業したら、違う研究室で1から新しいテーマをやるのが普通。同じ学年のみんなは、そうやって環境を変えていろいろなことを吸収しているのに、自分はずっと同じことをやっていていいのかな、と迷いました」。しかし、後から振り返ってみると、同じ研究室で自分の研究を継続できたことが今のキャリアに活きているという。

唯さんが所属していた研究室では、触媒の合成と、物理化学的な構造解析法の開発や分光計測の大きく2つのテーマを柱としていた。唯さんは合成の研究をしていたが、助手になれば、計測をテーマにした学生の面倒も見なければならない。そのため、助手になってから初めて、分光などの計測法も必死に覚えた。触媒の研究者で合成と先端計測の両方を対象としている人はほとんどいない。「合成と計測では使う技術やスキルがまったく異なるため、学生のうちに最初からどちらもマスターするというのは不可能に近いですね」。ここで唯さんは、現在の研究の基盤となる「合成と計測の両方ができる」という強みを手に入れた。

その研究のおもしろさが
理解できなければ、人は動かない

愛知県岡崎市にある分子科学研究所に移ったのは、2008年秋のこと。「准教授としての採用でした。ここでは、准教授も独立して小さなラボを構えることができる。初めて、本当に自分ですべてを運営しないといけない立場になりました」。唯さんの他、研究所のスタッフとポスドクだけの小さなグループで研究を進めることになった。

学生の頃は、自分で実験をして、それが自分の成果になった。ラボをもつようになって感じたのは、「自分でできることなんて本当に微々たるもの」ということだった。一緒に研究をしてくれるポスドクやスタッフ、学生たちと一緒にどうやって成果を出していくか。この研究の何がおもしろいのか、彼らにそれを理解してもらわないことには始まらない。人を動かして成果を出すことの難しさが身にしみた。

スタッフの採用もすべて唯さんが行う。相性もあるし、人それぞれの興味もさまざまだ。そんな中で優秀な研究者に来てもらうためには、自分たちがおもしろい研究をしていなければならない。化学の分野では、人材が余っているということはない。優秀な人はすぐに就職してしまうし、アカデミアでも卒業後にすぐポストを得て活躍する人も多いため、海外まで視野に入れて人材を探す。いい人を採るために、唯さん自らが海外に行って面接をするということもあった。

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唯さんが初めてラボを構えた分子科学研究所。
自分で手を動かすだけではなく、いかに人を動かして成果を出してもらうか。その難しさを実感した。

唯さんが一緒に研究をしたいと思う人のポイントは2つ。ひとつは、ポジティブであること。研究は、自分でおもしろいと思って始めたテーマでも結果が出ないことも多く、どうなるか先が読めないもの。それを最初から「うまくいかないかもしれない」と尻込みする人は、何をやってもうまくいかない。一方、「やってみれば、何か見つかるに違いない」くらいポジティブな人は、どこに行っても伸びるというのが唯さんの意見だ。

もうひとつは、人とコミュニケーションがとれること。自分ひとりで考えつくことはたかが知れている。いろいろな人と話をして、これはおもしろそうだと思ったらすぐに動ける人は、どこに行っても何をやっても結果が出るだろう。唯さんも実際に、「分野を変えて新しいことをやってみたい」という人をこれまでにも何人か受け入れたことがある。4年半でのべ30人の学生・研究員と一緒に研究を進めてきた。