科学者としての働き方。現場で生きる9人のキャリアモデルファイル

行きたい道を行く、
やりたいことをやる
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杉本 亜砂子
東北大学 大学院生命科学研究科
生命機能科学専攻 発生ダイナミクス分野 教授

杉本 亜砂子さん

FOCUS POINT

博士号を取得後すぐに留学し、アメリカでの4年間のポスドク経験を経て帰国。出身研究室の助手、理化学研究所のチームリーダーを経て、現在の職に至った。そのキャリアパスのひとつひとつで重視してきたのは、自分の興味を追求すること。研究者を志した高校生の頃から変わらずに、杉本さんはその姿勢を貫いてきた。
Dr. Sugimoto did her PhD research on the study of yeast at the University of Tokyo. She then continued her research at University of Wisconsin-Madison in the United States where she focused on a multi-cellular organism, the nematode C.elegans. During her study abroad, she also gained close guidance on establishing a lab which further enriched her experience as a researcher. Dr. Sugimoto who has experiences as a assistant professor at her former laboratory and a team leader at RIKEN, emphasizes that recognizing one’s own interest is the most crucial. This attitude has remained unchanged since her high school days when she decided to be a researcher. As long as she has interest and passion to the new things, it doesn’t matter what other people says; she will continue to actively utilize new technology to make new discoveries. This is because she truly loves her own research projects.

PIECE OF FUTURE

今の杉本 亜砂子さんをつくっているもの・こと

  • 興味に従って、研究対象を単細胞生物から多細胞生物へと変えたこと
  • 留学先でラボ立ち上げに関わり、濃密な指導を受けたこと
  • 世に出始めたばかりの技術を積極的に活用してきたこと

遺伝のしくみに魅せられて
研究の世界へ

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高校生の頃、生物の授業は暗記科目というイメージで、あまり好きではなかった。しかしメンデルの遺伝学を習ったとき、その印象ががらりと変わった。先生が見せてくれた教育用映画の中には、DNAの二重らせんが分かれて、半保存的複製をするしくみが描かれていた。「だから親と子どもはちゃんと似ることができる。子孫にDNAを渡すことで生物は成り立ってきたんだっていうのが、すごく腑に落ちたんです」。

当時、まだ教科書には載っていなかったDNAや遺伝子について興味をもつようになり、もっと深く理解したいと思った。時代は1980年代の初頭。1973年にアメリカで遺伝子組換え技術が確立されたことでバイオベンチャーが次々と立ち上がり、その波が日本にも押し寄せた時期だった。大学でもまだ分子生物学を取り入れている学部は多くはなく、自分なりに調べていく中で、東京大学の生物化学科に行き着いた。

大学院では山本正幸教授の研究室に所属。そこで取り組んだのは、分裂酵母を使った研究だ。酵母は単細胞の真核生物で、栄養があるときには細胞分裂で増えるが、栄養がなくなると接合し、減数分裂して胞子をつくる。体細胞分裂と減数分裂、有性生殖と無性生殖のステージをどのように切り替えているのか、それらの機能に異常が起きた変異体を解析して関連遺伝子を探るという遺伝学的アプローチで研究を行い、博士号を取得した。ただ、博士課程の後半から、新たな興味が湧いてきた。

「酵母の研究は非常に楽しかったけれど、栄養状態によって分裂するか胞子をつくるかを切り替えるという単純なしくみなんですよ」。一方、私たちヒトの生殖においては、精子、卵子をつくる時期や、つくれる場所が決まっている。さらに、そのようなしくみをもつ体をつくるのは、もとはひとつの細胞である受精卵だ。どうやって細胞の多様性が生み出されるのか。あるいは、精子や卵子といった生殖細胞と、それ以外の体細胞との違いは何だろうかという疑問に惹き寄せられていったのだ。

センチュウ研究のメッカで、
細胞の多様性にせまりたい

そこで杉本さんは、博士号の取得を区切りに細胞の多様性の謎にアプローチできる多細胞生物を研究しようと考えた。何を使うのがよいだろうか。細胞性粘菌、ボルボックス、センチュウ、ショウジョウバエ……いくつかの候補の中から、遺伝子操作をしやすいセンチュウ(C. elegans)を選んだ。酵母研究の際に体感した、遺伝学という研究手法のパワフルさを活かして個体発生の解析ができると考えたからだ。

その頃、センチュウに興味をもち始めた研究仲間が周りにも何人かおり、一緒に勉強会を始めた。そのときに使っていた教科書『The nematode Caenorhabditis elegans』は、ポスドクとしての海外留学先の絞り込みにも活用した「センチュウ研究のバイブル」だ。

当時一番行きたかった研究室は、ウィスコンシン大学マディソン校にあったジュディス・キンブル氏の研究室。センチュウの体細胞分裂から減数分裂の移行メカニズムについて研究しており、それまで酵母を使って研究してきたことを活かせると思った。しかし、人気ラボだったために応募者が多く、最終選考の2 人にまで残ったものの、残念ながら不採用となってしまった。

望んでいた研究室への採用がなくなり、どうしようかと悩んでいた杉本さんに、キンブル氏は同じキャンパスでこれから立ち上がるラボを紹介してくれた。PI(Principal Investigator)のジョエル・ロスマン氏は、イギリスでセンチュウの研究をしていた、新進気鋭の研究者だという。彼の研究内容は、生殖細胞ではなく胚発生を切り口としたものだった。受精卵からさまざまなタイプの細胞ができる過程に注目し、どのような遺伝子が関わるのかを調べるというもので、研究の広がりや可能性がありそうな気がした。憧れのジュディス・キンブル氏の隣のビルで働けることも魅力的だ。また、同じ大学に他にもセンチュウを扱う研究室が3つあり、国際ミーティングも開催される、「センチュウ研究のメッカ」といえる環境だった。この場所でなら自分がやりたいことができそうだと感じ、杉本さんの気持ちはすんなりと決まった。

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留学先の選定にも活躍した、センチュウ研究のバイブル。