科学者としての働き方。現場で生きる9人のキャリアモデルファイル

流されてみる。それもひとつの道 (2)  

塩見 美喜子
東京大学 大学院理学系研究科
生物科学専攻 教授

塩見 美喜子さん

夫婦二人三脚。
いつでも議論できる環境は居心地がいい

1 〜2 年で留学から帰るつもりが9 年も同じラボで研究することになった塩見夫妻。その間、研究テーマが2 人で同じ時期も違う時期もあったが、どこででもすぐに研究についてディスカッションできることがとても居心地がよかったという。「たとえば、論文がなかなか通らないとか困難にぶち当たったとき、軽く話せる人が常にいるというのは、私はとてもいいなと思っています。彼に助けられたことはたくさんありました」。

研究室でも一緒。家に帰っても一緒。ずっと研究の話は嫌だという方もいる一方で、うまくやっている夫婦もある。「これは夫婦によりますよね」と塩見さん。ただ、ひとつの研究を2 つの脳で行うことはやはり難しい。多少の重なりはあるが、それぞれの分担、テリトリーと呼べるものが自然とつくられていったという。「ここは彼に任せましょう、ここは私に任せてください、みたいなことが、自ずとできてきたような気がします」。もしかしたらこれが、夫婦で研究を続けることができた秘訣かもしれない。

アメリカ留学中に自分の名前が載った論文がいくつか出たことで、京都大学で論文博士を取得したが、塩見さん自身はその後も独立する気はまったくなかった。夫の塩見氏が行く先について行って一緒に研究を続けられればよいと思っていた。

徳島大学で新しい研究センターを立ち上げるので教授を探しているという話があり、いよいよ日本に戻ることになった。脆弱X 症候群の原因遺伝子をショウジョウバエで研究しようと2 人で決め、同じラボでスタートさせた。

その後、塩見さん自身にも外部の大学のポストにアプライしないかという誘いがあったが、すべて断ってきたという。その理由は「当時、独立する気があまりなかったということもあるし、子どもが小さかったというのもあるんです」。たとえば、子どもが発熱したりすると保育園から電話がかかってくることがある。夫婦で同じラボにいれば、お互いにどのような状況なのかを把握でき、今ならどちらが仕事を抜けて迎えに行くかなどやりくりができるのだ。「午後2 時頃に電話がかかってきても、実験中だったりして困るじゃないですか。そういうときは、家ではなく大学の当時の私の居室に連れてきて寝かせていました。お布団を一式持ってきて。何かあれば彼も隣にいるし、大学敷地内に病院だってある。研究者夫婦だと持ちつ持たれつで子育てできるので、とてもよかったですよ」。夫の塩見氏が教授という独立したポジションにあったことも大きい。同じ研究室の上司の目を気にすることなくやりくりできる環境だったからだ。

研究も子育ても夫婦が協力し合って進めてきた姿は、近くで見ていた研究室のスタッフにも大きな影響を与えているはずだ。徳島大学時代から塩見夫妻と一緒に勤めているスタッフの中にも夫婦がおり、現在、小さな子どもを育てているところ。常識にとらわれずいろいろな方法でものごとに対処する塩見夫妻から学ぶことは多いことだろう。

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塩見夫婦への取材記事が雑誌に掲載された
(Nature DIGEST, DECEMBER 2007, VOLUME 4 NO 12, pp24-25)。

初めての独立。これからも柔軟に、
自分のスタイルで

夫婦で徳島大学から慶應義塾大学に籍を移した後、塩見さんは現在、夫の塩見氏の研究室から独立して東京大学で研究室を主宰している。これまで二人三脚で研究を進めてきたが、どんな心境の変化があったのだろうか。

「彼と定年まで一緒に研究してもいいかなと思っていたんですけど、年を重ねて研究費をそれぞれ取れるようなステージになってくると、独立した方がいいんじゃないかという意見もあって。絶対嫌だというわけでもなかったですし、ポンっと背中を押される感じでアプライしてみたんです」。

研究室内の設計は、夫からアドバイスをもらいながら、新しいラボのメンバーに手伝ってもらった。何といっても目を引くのは、腰よりも高い位置にある実験台だ。足元には個人所有の冷凍庫が置いてある。アメリカのラボのスタイルだという。研究室のメンバーがディスカッションをしたり食事をしたりするスペースや塩見さんの居室は、きちんと整頓されスッキリとした印象だ。ものをたくさん持つのがあまり好きではないという塩見さんらしい。留学時代や家族の話をしているときのやさしく穏やかな様子とは一変して、研究モードに入るとテキパキと動き指示を出す。

これまでの塩見さんは、いろいろな人に助けられ情報をもらいながら歩んできたと言う。しかし、それをうまく活かすことができたのはきっと、自分の考えや常識にとらわれることなく、周囲からの助言を受け入れ吸収することができる柔軟な姿勢があったからだ。今後は自身の研究室の新しいスタイルをつくり上げ、ますますpiRNA の世界を明らかにしていくことだろう。

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学生に「最近どう?」とメールをすることも。指導には熱が入る。

【PDF版】 (4.1MB)

取材を終えて

取材でおうかがいしたのはお昼過ぎ。ドアを開けると、塩見先生とスタッフや学生さんと思われる方々とひとつのテーブルを囲んで、楽しそうにお弁当を食べていらっしゃいました。塩見先生らしい、和やかな雰囲気の研究室なんだなということが伝わってきました。取材中には、身振り手振りをつけてお話しいただいたり、「アメリカの学生ってね、こーんなふうにして座るんですよ」なんて自ら実践して説明いただいたり。「研究のアイデアは明け方とかに突然ピュッと閃くことがあるんです。そのときは”天才ノート”にちゃちゃっと書いたりするんですよ」と、おちゃめな一面も見せていただけました。こんな塩見先生は、ラボの皆さんから愛されるボスなんだろうなと感じました。
(取材・文 株式会社リバネス 2015年2月26日取材)