科学者としての働き方。現場で生きる9人のキャリアモデルファイル

自分の研究と向き合い、
プロセスを楽しもう
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岡田 由紀
東京大学 分子細胞生物学研究所
病態発生制御研究分野 特任准教授

岡田 由紀さん

周囲の力を借りながら、
研究を進める

6年ぶりに戻った日本での新しい研究環境は、一風変わったものだった。生命科学系キャリアパス形成ユニットと名づけられたその組織では、10人ほどの独立したてのPIが、ひとつの建物の中でみんながバラバラに、生命科学という大きな括りの中で多様な研究を行うというスタイルがとられていた。「ちょっとしたルールなど、いろいろなことを民主主義的に自分たちで話し合って自分たちで決めていました。アメリカとも違う、ちょっと不思議な雰囲気でしたね」。ここで研究を行った3年間、同じように独立したての研究者仲間が常に周囲にいたことは、研究を進めて行くうえでも大きな助けになったと岡田さんは話す。

日本に戻ってからは、生殖細胞を中心としたテーマで研究を行っている。ザン研究室時代から少しずつ始めていたテーマだが、独立するにあたって、ボスとは少し分野を分けて、自分なりのテーマを開拓したい気持ちがあった。また、世の中の動きとしても、2006年に登場したiPS細胞をはじめとして、幹細胞や受精卵に世の中の注目が集まっていた。日本には発生や受精の分野で活躍する研究者が多く、彼らがエピジェネティクス分野に参入し始めていたため、先達の力もうまく借りながら、自分の研究を進めていけるのでは、という可能性を感じたことも大きな理由だ。

現在所属する東京大学の分子細胞生物学研究所では、精子が形成される過程で起こる、細胞のかたちや染色体の構造変化に関係するエピジェネティックイベントは何か、といったことを中心に研究している。「他にも顕微鏡観察下で受精卵にRNAや阻害薬を注入して、何が起こるか調べています」。岡田さんが研究を進める中で活用している技術の多くは、日本人研究者が開発したり、第一線で研究を進めてきたりしたものだそうだ。そういった最先端の技術を気軽に教えてもらえる環境があることを、岡田さんは素直に喜んでいる。また、京都大学のときと同様に研究室間の垣根が低く、相談したいときなどに同じ建物のいろいろな研究室に出入りできる環境も、岡田さんの研究を加速させている。

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受精卵にRNAや薬剤を導入する装置。顕微鏡をのぞきながら微細な操作を行う。

先達としての自分が
できることを探す

「研究していて一番楽しいと思うのは、やっぱり自分で考えて期待していた成果が出るとき。でも、自分が思っていたものとまったく逆の結果ならもっと楽しい。とにかく、『あぁ、そうだったんだ』と目の前の雲が晴れるような瞬間がいいですね」。岡田さんは、結果を急ぎすぎず、失敗も貴重な情報としてプロセスを楽しむようにしている。留学していたポスドク時代、自分の研究としっかり向き合って実験を進めていく時間をもてたことが本当によい経験になったと、当時を振り返る。

とはいえ、独立して学生を指導する立場となった今、研究だけを考えていればいいという状況ではないのも事実だ。研究結果を出すサイエンティストとしての能力以外にも、研究費獲得のための申請書を書くライティング能力や、研究室を運営していくためのマネージャーとしての能力、学生指導の際にはコミュニケーション能力も必要とされる。「マルチタレントですよね。どちらかというとひとりで黙々とやるのが好きだったので、今、ジレンマを感じています」。

留学先のザン教授は、研究室の実験台で動いている機材を、誰が何の実験に使っていて、今どこまで進んでいるのか、全部把握しているような人だったという。スタッフや学生が考えた研究計画を相談すると、コラボレーターや実験手法、使用する機械まで一緒に真剣に考えてくれた。「それこそがボスの仕事だな、と実感しました。これが今、自分が研究室のメンバーのためにやらなきゃいけない一番大事なことなんだと思います。ラボメンバーには、『私はみなさんのボスというよりは、最強(?!)のコラボレーターです』と伝えています」。

本当は、学生たちに負けないくらい、現場でバリバリ実験したい気持ちもあるけれど、一方でボスとして自分がやらなくてはいけない仕事の重要性も岡田さんは知っている。自分が指導を受けてきた上司たちのそれぞれのやり方を思い出し、ときには周りの研究仲間にも相談しながら、自分なりのやりかたを模索しているところだ。「学生さんたちには、自分で考えて自分で最終的に答えを見つける過程を楽しんでもらいたいですね」。自分がかつて経験し、教えてもらった研究の魅力。今度は、自分がそれを伝えていく番だ。

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【PDF版】 (5.7MB)

取材を終えて

岡田さんは、もの静かで落ち着いた雰囲気の方。質問のひとつひとつに、じっくり考えながら丁寧に答えてくださいました。研究内容のお話になると、静かな中にも熱意と真剣さがにじみ出ており、研究に真摯に向き合っていることがよく伝わってきました。取材を終えて、お写真を撮らせていただく際には、岡田さんを笑わせようと研究室の学生さんたちがかわるがわる声をかけてくれました。普段から話しかけやすいキャラクターなのかと思ったのですが、なんでも実験中の岡田さんは、気軽に声をかけられないくらい真剣な表情をしているのだとか。長い研究生活の中、実験中とその他の時間をきちんと分けて、日々を過ごしていらっしゃるんだなと感じました。
(取材・文 株式会社リバネス 2015年3月6日取材)