科学者としての働き方。現場で生きる9人のキャリアモデルファイル

自分の研究と向き合い、
プロセスを楽しもう
(1)  

岡田 由紀
東京大学 分子細胞生物学研究所
病態発生制御研究分野 特任准教授

岡田 由紀さん

FOCUS POINT

北海道大学大学院で博士号を取得し、その後アメリカに留学して6年間のポスドク生活を送った岡田由紀さん。周囲の助けを得ながらステップアップを果たし、現在は東京大学分子細胞生物学研究所で学生の指導をしている。研究者としての考え方の基盤は、これまでの恩師たち、そして周りの研究仲間たちによってつくられてきた。
Dr. Yuki Okada who graduated from Hokkaido University with a PhD degree went to the United States for 6 years to do her postdoctoral research on her mentor’s recommendation. Her research fi eld during the PhD course was virus, but she changed it to a popular topic at that time, epigenetics. She studied in depth and enjoyed this hot area of science, and currently, her discovery is being applied in clinical leukemia treatment. This success infused her with confi dence. She learnt the joyment of research from academic advisors who value ideas from students. While she had gained help from the mentors and colleagues, it is now her turn to share the joy of research and what she has learnt with the next generation.

PIECE OF FUTURE

今の岡田 由紀さんをつくっているもの・こと

  • 博士課程の指導教員の勧めで海外留学したこと
  • ウイルス研究から分野を変えて、当時まだ興り始めだったエピジェネティクスを研究テーマとしたこと
  • 北海道大学とノースカロライナ大学とで、学生の考えを重視してくれる指導教員に出会えたこと

恩師の勧めで、
分野と国境を越えて留学へ

北海道大学の獣医学部で学び、獣医師となった岡田さん。獣医学部出身者の進路は、臨床獣医師をはじめさまざまあったが、「特になりたい職業がなかった」。そんな最終学年の夏のある日、所属研究室の高額機器を壊してしまった。先生に謝ると笑顔で許してくださり、不審に感じていたところ、翌朝机の上に大学院の願書が置かれていて……それで岡田さんは、大学院に進学することにしたのだという。

進学を機に医学部にも足を運んで基礎研究に携わるようになり、長嶋和郎教授のもとでJCウイルスと呼ばれる、ほとんどの健常人に無症状に感染しており免疫不全状態で脳症を引き起こすウイルスの研究に取り組んだ。「長嶋先生は不思議でおおらかな人。自身はお医者さんなのに、『臨床なんかやっていたらだめだ、研究しなよ』と言って、研究が楽しいということを教えてくださった人ですね」。やりたいことは、予算が許せば何でもやっていいと、本当に好きなようにやらせてくれた。

長嶋教授のもとで研究に取り組むうち、岡田さんの心の中では、研究者として生きていこうという将来の方針が次第に固まっていった。学位を取ったら国内の研究所でポスドクになろうと考えていたのだが、長嶋教授に推薦状を書いてもらいたいと相談に行ったところ、研究者として生きていくなら海外留学をすべきだと、初めて反対されてしまった。

その助言に促されるかたちで、留学先を検討することにした岡田さん。学会や研究会に行ったときに他の分野を見て、まったく違うことをやってみるのもおもしろそうだと考えていたことから、獣医学でもウイルスでもない分野を探すことにした。行き先のヒントを得たのは、大学院で行っていたJCウイルス研究だ。JCウイルスのタンパク質のひとつがエピジェネティック因子と結合してその核外放出を助けるということを見出し、エピジェネティクスに興味がわいた。

DNAの化学修飾や、DNAが巻き付いているヒストンというタンパク質の修飾の制御によって遺伝子発現を調節する機構を研究するエピジェネティクスという学問分野は、当時は海外では大きな分野になりつつあったが、日本ではまだ黎明期であり、エピジェネティクスを謳っている研究室も少ない印象だった。

このキーワードでインターネット上を探すと、アメリカのノースカロライナ大学から出ていた、日本人ポスドクの求人を見つけることができた。「メールを送ったら、すごく好意的な返事が来て、1週間くらいであっさり決まってしまいました」。電話インタビューもあったのだが、「私は英語があまりできなかったので、先方がほぼ一方的に話して終わりました。『イエス』しか言ってなかったような気がします」。

こうして岡田さんは、トントン拍子でポスドク2年目からイー・ザン教授のもとに留学することになった。エピジェネティクスはその後、学問分野として拡大し、今では生命科学の大潮流となっている。

pic_okada_03.jpg

留学中に発表した論文。このときのデータが臨床応用につながる大きな仕事になった。

エピジェネティクスの分野に
飛び込んで

当時のザン研究室は、生化学的精製手法で新規のヒストンメチル化酵素を次々に同定しており、朝から晩までFPLCが稼働している激しい競争の中にいた。岡田さんもそのチームに参加するのかと思っていたところ、「それは他の人がやるから」と、ウイルスを使ってマウス初代培養細胞に遺伝子導入する実験系を立ち上げることを指示された。その時点で、ザン研究室ではようやくネズミ部屋が割り当てられたところで、P2実験室もウイルスベクターも何もない。「英語で申請書を書いたり、他のラボに行って手技を習ったり、自分の席にいるよりラボの外にいる時間の方が長かったですね」と岡田さんは留学当初を振り返る。

ようやく実験系を立ち上げ、手をつけた研究テーマは、DOT1Lというヒストンの修飾酵素と白血病との関連を調べるものだ。白血病にはさまざまな種類が存在する。岡田さんは、その中でMLLという遺伝子が他の遺伝子と融合して起こるMLL融合白血病にDOT1Lが関与するのではという仮説を検証した。その結果、DOT1Lが仲介分子への結合を介してMLL標的遺伝子上に誤ってリクルートされ、その発現を異常に高めることで、骨髄細胞をがん化させることを発見した。

その後、この現象はヒト白血病患者細胞においても確認され、さらに米国の創薬ベンチャーがDOT1Lの酵素活性阻害化合物を白血病治療薬として開発した。現在は、すでに治験段階にまで進んでいるという。岡田さん自身は、「自分が知りたいことを世界で最初に知ることができるのが研究の魅力」と話すように、あくまで基礎研究に重きを置いており、臨床での応用を明確に思い描いて研究を進めていたわけではなかったようだ。「でも実際にこういうかたちになったのを見てみると、よかったなと思います。基礎研究でも人の役に立つ可能性がある。こういった体験を自分がすると思ってなかったので、ちょっとびっくりしました」。

その後も楽しく研究を続け、留学も7年目を迎えようとしていた2009年に京都大学の独立ポジションに応募し、日本でPI(Principal Investigator)として研究をスタートすることになった。

pic_okada_01.jpg