科学者としての働き方。現場で生きる9人のキャリアモデルファイル

悩み続けろ、思考を止めるな (2)  

三浦 恭子
北海道大学 遺伝子病制御研究所
テニュアトラック講師

三浦 恭子さん

苦労続きの研究スタート

日本では当時、理化学研究所に所属していた岡ノ谷一夫リーダーが、ハダカデバネズミの音声コミュニケーションの研究を行っていた。その研究室で研究したいと思いコンタクトを取ってみると、「東京大学に異動してハダカデバネズミ研究はストップするので、ハダカデバネズミはあなたにあげましょう」とのお言葉。いただけるのは大変うれしい、しかし、飼育室も何もない状態でもらうことはできない。どうしようかと博士時代にお世話になった慶應義塾大学の岡野教授に相談したところ、なんと岡野研で部屋をつくってくれるという話になった。「岡野先生と岡ノ谷先生の多大なご支援のおかげで、ハダカデバネズミ研究を立ち上げることができました」。

その後、実験室や飼育室を1から設計し、岡ノ谷研で飼育のノウハウを学んで、動物を移動させて研究をスタートさせるのに丸1年かかった。しかし、本当に大変なのはその後だった。もともと野生の動物であるハダカデバネズミの飼育はマウスとは勝手が違い、移設時のストレスや飼育環境の変化のためか1年半の間1匹も子どもが産まれなかったのだ。「当時は悲惨でしたね。岡野先生とすれ違うたびに、『産みましたか?』『すみません、まだです』っていうやりとりが続いて。あと半年経っても生まれなかったら、教授室に書き置きを残して、ギター抱えてハワイにでも逃亡しようかなと思っていました。……冗談ですけどね」。

ハダカデバネズミが無事に子どもを産むようになるまでの間は、細胞を使ってできるところから研究を進めようと、海外のグループの論文を参考に試行錯誤を繰り返した。しかし、研究人口が少ないため、当時は細胞の培養条件ひとつとっても固まっておらず、なかなか簡単にはいかない。悩みながらも少しずつ実験系を確立し、2014年からはテニュアトラック制度を利用して、北海道大学遺伝子病制御研究所に赴任。それまでに学んだiPS細胞技術や分子生物学・発生工学的手法を駆使して、ハダカデバネズミ研究に邁進している。

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飼育部屋のハダカデバネズミ。三浦さんにとって興味が尽きない魅力ある研究対象。

努力の積み重ねが
前へ進む力になる

「いつも楽しそうやねって、よく言われるんですけど、今もずっと悩んでいます。たぶん、研究やっている人はみんなそうだと思うんですよね」。学生の頃の三浦さんは、アカデミアに本当に進んでいいものか、ずっと悩んでいた。「修士の頃は、先輩から山中研で一番運が悪い女って呼ばれていました。2年間で3つ研究テーマがあったんですが、少し条件を変えると再現性がとれなくなるとか、始めて半年後くらいに同じテーマで他のラボがよい雑誌に論文を出してしまうとか、結局どれもうまくいかなかった」。その横でよい成果を出している先輩たちもいて、果たして運が悪いだけなのか、自分の実力が不足しているのかわからなくなり、まったく自信をもてない時期が続いたという。「修士課程にいるときも博士課程にいるときも、ひっそりと就職活動をした方がいいのかと悩み、3か月に1回くらい先輩たちに相談していました。最後の頃は、『もう悩みを聞くのに飽きたから、黙って実験しろ』って言われていました」。

そんな状態から吹っ切れたのは博士3年の頃。「今思うと、論文を書けるだろうかとか、自分でおもしろい研究テーマを考えられるだろうかとか、ただ先が見えなくて不安だったんですね。でもそれは、きちんと実験を進めていけば、解消することだったんです」。実験がうまくいかない、論文を読んでも理解できない、先生に言われたことはできても自分の考えはトンチンカンで怒られる……、研究生活はいつもできないことだらけだったと話す三浦さん。「でも、できないことを意識して、努力し続けたらいつかは改善できる。発想が足りないとか、新しいテーマを思いつけないとか、それは誰しも抱えている悩みです。考えつけないからもういいや、で終わってしまったらそこまで。それを考えつくまで努力できるかどうかが重要だと思うんです。そして、考えついただけで終わらずに、必ず死ぬ気で実行する。ビジョンと気合の入った実行力が、研究ではとても大事だと思います」。絶対に思考を止めないこと。それが、彼女の研究スタイルだ。

高校生の頃、何のために勉強をするのか、何のために大学に行くのかについて「人生で一番悩んだ時期だったかもしれない」というほど考えた。そこから、頭の中がクリアになったことはないけれど、恩師たちに支えてもらいながら、考え抜いて自分の意思で道を決めてきた。独立して学生を指導する立場になった今、純粋にサイエンスを好きで研究を楽しめる学生を育てたいと未来を見据える三浦さん。新たな困難が待ち受けていたとしても、悩み抜いた末にきっと彼女なりの答えをもって進んでいくのだろう。

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学生時代の思い出。「身近な問い」に答えるサイエンスの素晴らしさを教えてくれた高校時代の恩師と(左)。
大学時代は、髪を真っ赤に染めてバンド活動に明け暮れていた(右)。

【PDF版】 (5.8MB)

取材を終えて

元気で気さくな人柄の三浦さん。高校時代は髪を真っ赤に染めて、バンド活動に勤しんでいたそうです。写真を見せてもらったときは思わず「地毛ですか?」と聞いてしまいました。バンド活動時代にも曲作りでよく悩んだそうで、人生悩みっぱなしだと言いながらも明るく笑う三浦さんは、これまでに得たあらゆる経験を活かして今の研究生活に取り組んでいるようです。写真撮影のために、ラボに併設されたハダカデバネズミ専用の飼育室にも入らせていただきました。湿度も気温も高くて汗だくになりましたが、近くで見る”デバ”は愛嬌があって、その魅力を本当に楽しそうに話す三浦さんの気持ちが少しだけわかりました。
(取材・文 株式会社リバネス 2015年2月25日取材)