科学者としての働き方。現場で生きる9人のキャリアモデルファイル

悩み続けろ、思考を止めるな (1)  

三浦 恭子
北海道大学 遺伝子病制御研究所
テニュアトラック講師

三浦 恭子さん

FOCUS POINT

「小学生のときの自由研究が、サイエンスとして一番純粋だ」。北海道大学遺伝子病制御研究所でテニュアトラック講師として研究を行う三浦恭子さんは、高校時代の恩師に言われたこの言葉を、今でも思い出す。「なぜ?」「どうやって?」という根本的で単純な問いに答えるサイエンスをやりたい。三浦さんがそう思って選んだ研究対象は、ちょっと変わった動物、ハダカデバネズミだ。
"One of the purest form of science comes from the summertime independent research projects done by Elementary school students.” Even as Dr Kyoko Miura continues with her work at Institute for Genetic Medicine in Hokkaido University, she remembered the fundamentals of the way she wants to do research: She seeks to answer the basics as "Whys?" and "Hows?" of her topic. As her searches continue, she started to work on a new project, the naked mole rat, after her PhD course. This animal is known for its longevity and age resistant features; hence she aims to uncover these secrets from the rat. Dr Miura felt as if she was being brought back to her elementary school days where she simply thinks that this is probably the most interesting theme in the world. Hence, even as she encounters problems during the project, she would not stop thinking and give up. This is her stance. She believes she would fi nd the answer at the end of the day as she continues her research journey.

PIECE OF FUTURE

今の三浦 恭子さんをつくっているもの・こと

  • 単純な問いに答えるサイエンスを教え、研究を支援してくれた、これまでの恩師たち
  • できないことがたくさんあっても、できるようになるまで努力し続けたこと
  • 研究テーマを考える際に、論文や総説を読むだけではなく、一般書自然観察から発想のヒントを得るようになったこと

iPS細胞研究の2人の恩師のもとで
研究スタイルを形成

大学卒業後、奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科に入学した三浦さんは、山中伸弥教授の研究室で胚性幹細胞(ES細胞)を材料として、DNAの中のメチル化部位を調べるエピジェネティクス研究に取り組み、多能性の維持や分化のしくみを調べていた。山中教授の異動に伴って博士課程から京都大学に籍を移した後の2006年、iPS細胞が発表された。三浦さんもテーマを変え、iPS細胞から分化誘導した神経細胞に関する研究を始めた。

京都に移って1年半ほど経ったある日、山中教授と慶應義塾大学の岡野栄之教授が共同研究をすることになった。三浦さんは、新しい分化誘導技術を習得すべく、iPS細胞を抱えて東京の慶應義塾大学に移った。結局そのまま、博士課程の間の約1年半は東京で過ごすことになった。

iPS細胞は、皮膚や血球など分化後の体細胞をリセットすることでつくられる、多様な細胞に分化する能力をもつ細胞だ。ここから神経幹細胞をつくるとき、iPS化した際の細胞株によって、分化誘導効率が大きく違ってくる。そして分化誘導の効率が違うと、移植した後に腫瘍化して奇形腫ができる確率、すなわち安全性が変わる。この原因が何なのか研究していくうちに、由来となる体細胞の種類が大きく影響するという非常に重要な現象が明らかになり、それが三浦さんの学位論文となった。また、安全性の高いクローンを使って、脊髄を損傷させたマウスの移植治療に関する研究を行い、大きな成果を出すことができた。

「iPS細胞ができたときに居合わせ、iPS研究分野が発展していく過程を見ることができ、しかもそこに貢献できたのは、ものすごく運がよかったと思います。この時代に山中先生、岡野先生の2人の恩師から学んだことが、今の私の研究スタイルをかたち作っているといっても過言ではありません」と三浦さんは語る。

博士課程を修了するとき、ちょうど京都大学にiPS細胞研究所が完成した。その頃、彼女が新しく取り組もうとしていたのは、世界でもあまり研究されていないハダカデバネズミだった。「周りにはとてもびっくりされましたね」と三浦さん。しかし、山中教授は三浦さんの提案を非常におもしろがり、旅立ちを後押ししてくれた。「もともと、めずらしい変な動物が好きだったんですね。いうなれば、アマゾンのジャングルにひとりでまさかりを持って突入するような、ちょっとへんてこな研究を始めてみたい、という気持ちがありました」。

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純粋に「ふしぎ、おもしろい」と
思える研究をしよう

三浦さんの心に深く刻まれているのは、高校時代の恩師、村上忠幸先生の言葉だ。「サイエンスとして一番純粋なのは、小学校の自由研究だ」。当時は意味がわからず聞いていたが、研究の世界に入ってから、たびたび思い出すようになった。「たとえば小さい頃に、どうして空が青いんだろうとか、どうしてこっちの木の葉は丸いけど、こっちはギザギザなんだろう、そのしくみはどうなっているんだろうとか、疑問に感じていましたよね。そういう子どものような気持ちで、根本的で単純な問いに答えるサイエンスというのがやっぱり楽しいと思うんですね」。

新しい研究テーマを模索するために、最初はさまざまな分野の論文や総説を読んでいたが、「それではだめだと気づいたんです。論文はすでに誰かが研究した結果。それだけを頼っているままでは、新規性があまり大きくないことも多い。もっと別の発想の導入が必要だ、と」。そして一般書を読んだり、道を歩きながら植物や昆虫を観察したりしながら考え続けた。

そんなときに、生命科学研究の世界に、次世代シーケンサーと呼ばれる最新のDNA配列解析装置が登場した。小さな研究グループでも比較的容易にゲノム解析ができるようになったのだ。これを使えば、今までやりたかった変な動物の研究ができる。では、今まであまり研究されてきておらず、わかりやすい身近なサイエンスとして扱える、おもしろい動物は何だろう。そして出会ったのが、ハダカデバネズミだった。

「デバの魅力はやっぱり、特徴が際立っているところです。まず、実験用のマウスくらいのサイズなのに、寿命は10倍あって、28年ぐらい生きるのです」。一般的に、動物の寿命は体が大きくなるほど延びていく傾向がある。しかし、ハダカデバネズミはげっ歯類の中でも最長寿で、さらに老化するのが非常に遅い。また、マウスでは生きているうちに約半分程度にがんが発生するのに対し、ハダカデバネズミでは未だにがんが確認されたことがないそうだ。さらには、アリやハチのような王と女王だけが生殖機能を担う社会性をもっており、野生では土中で集団生活をする。他の動物にはない特徴をいくつももつこのネズミを、「研究対象としてすごくおもしろい」と感じた三浦さんは、研究の準備を始めることにした。

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細胞培養実験の様子。ハダカデバネズミ研究も最初は細胞レベルで始まった。