資料4

開発課題名「透過型陽電子顕微鏡」

(機器開発プログラム:領域特定型「ナノレベル領域における微量元素・点欠陥の化学状態及び分布状態の定量分析(ナノキャラクタリゼーション)」)

開発実施期間 平成17年10月〜平成22年3月

チームリーダー :  藤浪 眞紀【千葉大学 大学院工学研究科 教授】
中核機関 :  千葉大学
参画機関 :  日本電子(株)
筑波大学
帝京科学大学
(独)産業技術総合研究所
高エネルギー加速器研究機構
T.開発の概要
 陽電子ビームを用いた透過型陽電子顕微鏡(TPM)、および金属材料などの原子空孔の分布画像を取得する陽電子プローブ・マイクロアナライザー(PPMA)を開発する。このため、線形加速器により発生した陽電子ビームの輸送方式、輝度増強光学システム、高効率減速材等の陽電子マイクロビーム発生・輸送技術を確立し、これを用いたTPMおよびPPMAを開発し、ナノメーター領域における微量元素・点欠陥の化学状態及び分布状態を定量分析し、新しい物質科学・材料開発を開拓する。
U.事後評価における評価項目
(1)陽電子マイクロビームの形成、透過型陽電子顕微鏡の開発
 陽電子ビームは、電子ビームに比べ、極めて微弱な線源しかなく、いかにしてビーム強度を高め微細ビームを得るかが最も重要な課題である。 本課題では、線形加速器を用いた低速陽電子源(高エネルギー加速器研究機構、KEK、および産業技術総合研究所)において,磁気輸送された陽電子ビームを非磁場中に引き出し、透過型再減速材を通過させることにより、ビーム径;100 μm(産総研ビームでは、30 μm),強度;1×105 e+/s,輝度;1.3×10−6 A/cm2sの静電系陽電子マイクロビーム(30 kV)を得ることに成功した。 このビーム光学系の開発では、特に、再減速材に膜厚150nmのニッケル薄膜を用い高効率で最もシンプルな陽電子光学系を開発し、今後の陽電子ビーム装置の標準仕様を獲得した点は、評価できる。 陽電子ビームの強度については、当初の目標値を達成できなかったが、線形加速器系の性能に起因する部分もあり、本チームの責任とは言えない。
(2)開発機器
@ 透過型陽電子顕微鏡開発 (Transmission positron microsope, TPM)
 KEKに設置されている線形加速器を用いた低速陽電子実験施設において,30 kV TPMを完成させ、 Au(100)薄膜(10 nm厚)を試料として10,000倍の透過陽電子像および回折パターンの取得に成功した。 金薄膜の他、炭素膜など8種類の薄膜試料に関して陽電子透過像や回折像を取得し、電子像との定量的な比較を行い、多数の新規な透過・散乱実験データを取得した。その結果、透過像においては両者には本質的に大きな差異は観測されなかった。 今後、低速陽電子回折の精密基礎科学、および表面分析・解析などへの発展が期待される。
@ 陽電子プローブマイクロアナライザー (Positron probe microanalyzer, PPMA)
 産業技術総合研究所の低速陽電子実験施設において、線形加速器を用いた高強度パルス陽電子源に上述のマイクロビーム形成装置を接続し、陽電子寿命の三次元マップを測定するPPMAを完成させた。陽電子ビーム径は30 μm、エネルギーは5〜25 keVであり、測定時間は約1時間(3,500画素)で従来よりも大幅に短縮した。本装置の陽電子寿命の計測により、金属材料などの空孔型格子欠陥の三次元分布情報が得られることになり、他の手法では取得できない材料物性情報が得られることとなり、材料開発への寄与が期待できる。 一方、汎用性や市場化を考えて、加速器を用いず放射性同位元素22Naを使用したPPMAを開発した(千葉大学に設置)。産総研設置の装置と同様に空孔型欠陥量やその化学状態の三次元分布に関する情報が得られる。これらの装置により、高純度鉄試料の塑性変形の誘起欠陥分布を測定し、破断箇所の予測や破断部位の空孔クラスター検出、不純物銅と転位の相互作用など、従来得られなかった知見を、直接的実験結果として取得した。
V.評価
まず、陽電子マイクロビーム開発では、独自の高効率の集束光学系を開発し、今後の標準仕様とも考えられるビームシステムの基礎を築いた点は高く評価できる。
透過型陽電子顕微鏡は、電子顕微鏡と基本原理は同じであるが、陽電子ビームを用いる点が極めて新奇であり、学術的な側面で評価できると同時に、世界初のオンリーワンの装置を完成させた点で評価できる。なお、本装置では、マイクロビームの強度で目標値を達成できなかったが、システムとして開発目標をほぼ達成していると判断する。 陽電子プローブマイクロアナライザー(PPMA)については、加速器ビームラインに設置するタイプと放射性同位体を利用したタイプの2種類を開発し、空孔型欠陥の三次元分布等、従来の装置では得られない物質情報を短時間に取得することに成功した。 今後は、これらのユニークな装置を有効活用するために、KEKおよび産総研における共同利用制度を活用するなど先端計測事業以外の他制度も含め多くの研究者に開放し、陽電子利用科学の確立に努力していくことが重要である。
本開発は当初の開発目標を達成し、本事業の趣旨に相応しい成果が得られたと評価する[A]。


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