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メタン生成菌では、知られていなかった、二酸化炭素を取り込み、炭水化物を生成する仕組みを作り上げていた。一部の反応は、光合成の仕組みと共通していた。

謎に包まれた光合成の起源 太古の生物から代謝の仕組みを発見

戦略的創造研究推進事業 CREST

JSTnews 2017年3月号掲載

地球が誕生した約46億年前、大気中に酸素はなく、二酸化炭素と窒素が大半を占めていました。約32億年前、光合成で自らエネルギーを作り出す生物が生まれたことをきっかけに、生命が進化したといわれています。しかし、地球上に生命が誕生してからどうのように光合成の能力を獲得したのか、その進化の起源や過程は謎に包まれていました。

光合成は、太陽の光を使って、水と二酸化炭素から糖などの炭水化物を作るとともに、水を分解する過程で発生した酸素を大気中に放出する反応で、生物が生きていくのに欠かせない仕組みです。

神戸大学大学院人間発達環境学研究科の蘆田弘樹准教授らは、太古の地球に存在した光合成を行わないメタン生成菌が光合成で働く遺伝子とよく似た遺伝子をもつことを発見しました。この遺伝子から合成した酵素とメタン生成菌の体内の代謝物質を調べ、取り込まれた二酸化炭素の代謝経路を解析することで、メタン生成菌は光合成の原型となる原始的な代謝経路を利用していることを明らかにしました。

光合成の原始的な代謝の仕組み(原始カルビン回路)の一部がわかったことから、今後、進化の過程でどのように光合成システムが完成されたかという科学が立ち入ることのできなかった謎を明らかにし、植物や藻類の光合成機能の改良や利用を通じて食糧やバイオ燃料の増産に貢献することが期待されます。


ヘッドフォン付き脳波センサー

自分のためだけの曲を作ってくれる人工知能を開発

研究成果展開事業 センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム

JSTnews 2017年3月号掲載

勉強、仕事、スポーツ競技など集中したいとき、リラックスしたいとき、気分を変えたいときなどによく音楽を聴いたりします。

普段は集中できる曲でも、その日によって感じ方が違い、全く集中できないこともあるでしょう。そんなとき、何を聴けば集中できるのか、ゼロから探すのは大変です。

大阪大学産業科学研究所の沼尾正行教授と東京都市大学メディア情報学部の大谷紀子教授、クリムゾンテクノロジー(株)、imecらの研究チームは、聴いた音楽と脳波の関係を人工知能(AI)が学習して、人の集中力を高めたり、明るい気分にさせたりする音楽を自動で作曲するシステムを開発しました。

脳波は脳電図ともいい、脳内のあらゆる所で、絶えず発生している無数の電気活動を記録したものです。従来は、頭皮上に電極を付けて脳波を検出していました。研究チームでは、ヘッドフォンと一体化した脳波センサーを開発したことで、音楽を聴きながら脳波の測定ができ、その収集したデータをもとに「心地よい」などの状態が生じているかを個人ごとに推定します。

今までの自動作曲は、過去に聴いた曲の類似曲を推薦するか、作りたい曲の特徴を人が細かく指定する必要がありました。新しいシステムでは、聴いた曲と脳波の関係を機械学習した人工知能が、利用者のメンタル状態に合わせて、気持ちを活性化するオリジナルの音楽を簡単に作曲することが可能になりました。曲は1分程度で作曲でき、シンセサイザーの音色で再生されます。

将来、個人だけでなく聴衆の測定が可能になり、その脳波に基づいた作曲や音楽で気分を改善する音楽療法にも応用できると期待されています。

約150度の低温下で水素生成に成功 自動車のエネルギー効率の向上へ期待

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

JSTnews 2017年2月号掲載

世界のエネルギー需要の約85%が石炭や石油、天然ガスなどの化石燃料です。しかし、これらの燃料を燃やすと二酸化炭素や窒素酸化物などが発生するため、地球温暖化や大気汚染による酸性雨、呼吸器疾患などの公害をおこす環境問題が深刻化しています。そこで、宇宙で最も豊富な元素である水素をエネルギーとして使用することで、エネルギーの多様化と低炭素化に貢献すると期待されています。

エネルギー源となる水素は、これまで700度以上の高温下でメタンと水蒸気を触媒反応させて製造していました。このため、高い耐熱性を持つ材料や、高温の熱を使い切るための熱交換器が必要で、高温によって触媒が劣化するなど多くの問題がありました。

早稲田大学理工学術院の関根泰教授らの研究グループは、触媒としてパラジウムを使い、弱い電場をかけることによって、150度程度の低い温度で、天然ガスのメタンと水蒸気を用い速い反応速度で簡単に水素を作り出すことに成功しました。

研究グループでは、以前から弱い電場をかけて触媒反応を行うと、150〜200度という低温でも、十分速い速度で水素を作れることを発見していましたが、なぜ電場を加えると低温で十分な速度が得られるのかはわかっていませんでした。

今回、電場中の触媒の反応中の状態を直接観察することによって、プロトン(H+)が、触媒表面に吸着した水を介して速やかに動き、表面でホッピングすることで反応を促進していることや、プロトンとの衝突で逆反応が抑制されていることを発見し、新しい触媒反応メカニズムの立証に成功しました。

このメカニズムを使うと、水素製造だけでなく、水素や水が絡む反応を低温化できる可能性があり、応用範囲が広がってきます。研究グループでは、排気ガスと燃料を低温で反応させ、自動車の総合エネルギー効率の向上を狙った研究を進めています。

緑色と赤色を加え細胞内を5色で観察 高光度マルチカラー化学発光たんぱく質を開発

研究成果展開事業

JSTnews 2017年2月号掲載

1960年代にオワンクラゲから緑色蛍光たんぱく質(GFP)を下村脩博士らが発見し、ノーベル化学賞を受賞しました。これによって、細胞の動きや、神経がどのように張り巡らされているのか、さなぎから成虫になるまでの成長過程など、それまで目で見ることのできなかったものを、生きたまま観察できるようになりました。

しかし、観察したい生体分子が微量にしか存在しない場合は、細胞が持つ自家蛍光によってシグナルが覆い隠されてしまうため、観察が困難になることがあります。また、強力な光を細胞に照射するため、細胞が損傷されるという問題もありました。

一方、酸化反応で光る化学発光たんぱく質は、光を細胞に照射しなくても光るため、蛍光たんぱく質の問題点は克服できますが、従来の化学発光たんぱく質は明るさが十分ではなく、また色のバリエーションが少ないなどの問題を抱えていました。

大阪大学産業科学研究所の永井健治教授らの研究グループは、2012年と15年に開発した黄緑色、水色、橙色の「高光度化学発光たんぱく質ナノ・ランタン」に改良を加え、新たに緑色と赤色を作り、明るさも2倍〜 10倍増強した「増強型ナノ・ランタン」の開発に成功しました。これにより、細胞内の5つの微細な構造を同時に観測することに成功しました。また、世界で初めて1個単位のたんぱく質分子の結合や解離を化学発光で検出することにも成功しました。

今回開発した増強型ナノ・ランタンのうち、特に赤色のものは細胞透過性も優れることから、体の深部にあるシグナルを体外から感度良く観察することができます。小動物を用いたイメージング解析が可能になることから、多くの疾病の原因究明やより効果的な薬の開発などが期待されます。

30センチメートル奥にある水も検知 老朽化した橋、高速道路、トンネルなどコンクリート構造物の損傷の検査に活用

戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)

JSTnews 2017年1月号掲載

コンクリートは強度が高い構造材料として、橋やトンネルなどさまざまな構造物に使われていますが、その多くが高度経済成長期に多く造られており、老朽化が進んでいます。例えば、橋を渡る自動車や人などの荷重を直接受け止める床版では、雨水などの浸入でアスファルト舗装の下のコンクリートの劣化が促され、コンクリート塊が抜け落ちるまで対策できなかったケースも報告されており、事故を未然に防ぐための技術の開発が求められていました。

理化学研究所光量子工学研究領域中性子ビーム技術開発チームの大竹淑恵チームリーダー、土木研究所構造物メンテナンス研究センターの石田雅愽上席研究員らの共同チームは、中性子の反射(後方散乱)を用いて、舗装下のコンクリートの劣化につながるひび割れや滞水を検出できる新たな手法を開発しました。

中性子線はコンクリートに対して透過力が大きく、水を構成する水素に対して感度が高いので容易に水を検出できます。中性子線を照射すると、その内部にある穴(空隙)や水分の位置、深さをコンクリート表面に戻るタイミングや量から可視化できます。これにより、表面からは見えない厚いコンクリート内部の空隙や水分の分布を知り、劣化した場所を特定することができます。

これまでは、レントゲン撮影のように中性子源と検出器で対象物を挟み込む必要があり、利用可能な対象が地面と接していない橋などに限られていました。しかし、今回開発した中性子の反射を検出する検査法では、後ろに検出器を置く必要がなくなり、空港の滑走路や道路の路面、トンネル壁などこれまで困難であった多くの対象を測定できるようになります。

開発した装置は全長15メートルありますが、今後は、インフラ構造物付近への持ち込みが可能な小型の中性子源や測定装置を開発するとともに、検出器の高度化や計測の最適化をして測定時間の短縮を図ることにより、コンクリート内部の劣化損傷の早期発見をめざします。

内臓脂肪型肥満が免疫細胞の老化も加速させることをマウスで解明

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

JSTnews 2017年1月号掲載

太った人を「メタボ」と言うようになりました。メタボとはメタボリックシンドローム(内臓脂肪型肥満)の略で、厚生労働省によると、40 〜 74歳の中老年の男性の2人に1人、女性では5人に1人が予備軍だといわれています。若い時から糖尿病や心血管疾患の発症リスクを高めるため、世界中で社会問題となっています。

慶應義塾大学医学部内科学教室(循環器)の佐野元昭准教授、白川公亮助教授らは、内臓脂肪型肥満には、免疫細胞の老化が深く関与している仕組みを初めてマウスで明らかにしました。

内臓脂肪型肥満と免疫老化の関係について検討するため、高脂肪食を食べさせて太らせた若いマウスの内臓脂肪のTリンパ球を調べました。すると、老化したマウスで増えてくる細胞表面にCD153とPD-1を発現するTリンパ球(CD153陽性PD-1陽性Tリンパ球)が、数カ月足らずの間に増加していることが分かりました。

このリンパ球は正常なTリンパ球の機能とは大きく異なり、正常のTリンパ球としての性質を失い、かわりに、オステオポンチンという機能障害や細胞・組織を壊してしまう強力な炎症性たんぱく質を大量に作ることも分かりました。このオステオポンチンの分泌には、免疫のブレーキ役であるPD-1が全く機能せず、脂肪組織内の免疫系全体にわたって悪影響を及ぼしていたのです。

このリンパ球をやせた若いマウスの内臓脂肪に移植するだけで、太らせたマウスと同様に脂肪組織内に炎症が起きて糖尿病が発症することが分かりました。

今後は、老化したTリンパ球集団を標的とした免疫機能の回復により、内臓脂肪型肥満や老化に関係する生活習慣病の予防法の開発につながることが期待されます。

細胞内のカルシウム濃度を一定に保つメカニズムを解明

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

JSTnews 2016年12月号掲載

カルシウムは骨や、市販の健康サプリメントを連想する人が多いかもしれませんが、血液や細胞内にも溶け込んでいます。こうした溶液中ではカルシウムはイオンになっていて、私たちが生きていくために重要な物質の1つです。この細胞内のカルシウムイオン濃度が一定に維持されないと、細胞が正常に働かなくなり、心疾患や一部のがん、皮膚の異常、精神疾患につながることもあります。

京都産業大学の永田和宏教授、潮田亮助教、理化学研究所の御子柴克彦チームリーダー、宮本章歳研究員、東北大学の稲葉謙次教授らのグループは、カルシウムの貯蔵庫である小胞体内に存在しているジスルフィド還元酵素ERdj5分子がカルシウム濃度センサーとして機能し、カルシウム濃度を一定に維持することを発見しました。

小胞体の内側と外側は膜で隔てられており、カルシウム濃度の差はおよそ1万倍。この膜上にあるカルシウムポンプによって、速やかに小胞体の内側へカルシウムを取り込み、細胞内のカルシウム濃度が一定に保たれます。小胞体内のカルシウムイオン濃度が低いときERdj5は活性化し、濃度が十分高くなると不活性化します。

細胞内カルシウムの恒常性維持機構の解明は、カルシウムの恒常性が破綻することで引き起こされるさまざまな病気の治療法開発に役立つと期待されます。

天候に左右されない穀物生産に期待

戦略的創造研究推進事業 個人型研究 さきがけ

JSTnews 2016年12月号掲載

「日照りの時は涙を流し、寒さの夏はおろおろ歩き」――。農業技師でもあった宮沢賢治は「雨ニモ負ケズ」の一節で、厳しい自然に悩まされる苦悩を書きました。人類は主に、イネ、トウモロコシ、コムギを主食として生活していますが、これらの作物の収穫は気象条件によって左右されてきました。

被子植物は雄しべで作られた花粉を雌しべの先端に付着させて受粉します。受粉した花粉は花粉管を伸ばし、雌しべの中にある胚珠(種子の元になる部分)に2つの精細胞を送り届けて、受精を完了します。この時、2つの精細胞とともに花粉管内容物も胚珠内に届けられますが、この内容物の機能は全く明らかにされていませんでした。

JSTの笠原竜四郎さきがけ研究員らは、種子を大きくするのに花粉管内容物が関係しているのではないかと注目し、受精に失敗しても胚珠の中で花粉管内容物を放出するシロイヌナズナの変異体を用いて交配実験を行いました。その結果、花粉管内容物が放出された胚珠は受精していなくも細胞分裂をし、種子を大きくさせることを発見しました。さらに、種皮や胚乳も形成することがわかり、「胚珠は受精しなければ大きくならない」という植物界の常識を覆しました。

花粉管内容物のカギとなる因子が見つかれば、受精しなくても種子を育てられる可能性が高まり、気象条件に左右されずに穀物を生産できるようになると期待されています。賢治をはじめ、農作業に携わる多くの人が悩まされた、穀物の不作を解消してくれる発見につながるかもしれません。

ダイヤモンドが省エネに貢献!究極のパワーデバイスの実現へ

戦略的創造研究推進事業 CREST

JSTnews 2016年10月号掲載

キラキラと輝き、いつの時代も人間を魅了してきた宝石の王者ダイヤモンド――。

地球内部の非常に高温高圧な環境で生成され、人の手により形を整えられきらびやかな姿へと変貌します。このダイヤモンドが装飾品としてではなく、私たちに身近なエネルギーの場で使われようとしています。

持続可能な社会の実現のため太陽光や風力など再生可能エネルギーの利用が求められていますが、その制御のための電子装置に広く利用されているシリコン半導体は性能限界が近づいています。シリコンに代わる半導体材料の1つとしてダイヤモンドが注目されています。ダイヤモンドは半導体の中で最も高い熱伝導率(シリコンの14倍)と高い絶縁破壊電界(シリコンの100倍)を持ち、省エネルギー化につながるものと期待されています。

産業技術総合研究所の山崎聡招へい研究員、加藤宙光主任研究員らの研究グループは、金沢大学理工研究域電子情報学系の松本翼助教、徳田規夫准教授、株式会社デンソー小山和博研究課長らとの共同研究により、世界で初めてダイヤモンドを用いた反転層MOSFETを開発し、その動作を確かめました。MOSFETとは、流れる電流のオンとオフを電界で制御するトランジスターで、ゲート金属・酸化膜・半導体からなる構造を持ち、低電力で安全に駆動できるのが特徴です。これまで、ダイヤモンドで良好な素子構造を作ることは困難とされてきました。山崎招へい研究員らは、高品質のダイヤモンド層と酸化膜を蓄積させることで、界面に良好なpn反転層をもつダイヤモンドMOSFETの作製に成功しました。

将来、ダイヤモンド半導体が自動車や新幹線、飛行機、ロボット、人工衛星、送配電システムなどに使われることで、省エネルギーや低炭素社会に貢献することが期待されます。

超高精度の光格子時計で東京と埼玉の標高差を測定地震や火山活動による地殻変動監視など、時計の新たな応用に期待

戦略的創造研究推進事業 ERATO

JSTnews 2016年10月号掲載

ダリの代表作「記憶の固執」に描かれた3つの柔らかい時計は、オリーブの木の枝など異なる高さに置かれ、それぞれ異なる時刻を指しています。単なる空想ではなく、アインシュタインの一般相対性理論では、地球の中心に近く重力が強い場所ほど、時計は遅れて時を刻みます。

東京大学大学院工学系研究科の香取秀俊教授らが開発した低温動作ストロンチウム光格子時計は、160億年に1秒しかずれない超高精度な時計で、極めてわずかな時間の遅れを捉えられます。国土地理院と共同し、光格子時計で標高差をセンチ単位で測定することに成功しました。

15キロ離れた理化学研究所(埼玉県和光市)と東京大学(東京都文京区)に設置した光格子時計の振り子の振動数を比べたところ、東大の時計は約0.7ヘルツゆっくり振動しました。これを標高差に換算すると東大が約1516センチ低く、国土地理院が水準測量で測った約1512センチと、時計の誤差である5センチの範囲内で一致しました。

短い区間の測定を繰り返しながら標高差を求める水準測量は、測定距離が長くなるほど観測に時間がかかり、誤差も累積していきます。光格子時計ならば、距離にかかわらず、短時間で正確に測れます。さらに測定精度を高めて全国各地に設置すれば、地震や火山活動に伴う標高変化(地殻変動)をすぐに把握できると期待されます。

時計の研究はこれまで欧米がリードし、あらゆる科学の礎となってきました。「日本のアイデアで生まれた光格子時計で、日本の国土に合わせた時計の新しい応用を考え、科学に貢献したい」と香取教授は力を込めます。時計の常識をはるかに超えた未来へと、「時計の針」は進もうとしています。

ささいな出来事が長く記憶される仕組みを解明 PTSDなどの精神疾患の治療法に期待

戦略的創造研究推進事業 CREST

JSTnews 2016年9月号掲載

脳は常に経験したことを記憶しますが、時間の経過とともに記憶は薄れてしまいます。ただ、とても辛い出来事や大きな事件に遭遇した前後のささいな記憶を、妙に鮮明に覚えていることがあります。

富山大学大学院医学薬学研究部の井ノ口馨教授らは、マウスを使い、通常ならすぐに忘れてしまうようなささいな出来事でも、その前後に強烈な体験をした場合、ささいな出来事が長く記憶される、そんなメカニズムを解明しました。

マウスにささいな出来事(弱い学習課題)と強烈な体験(新規環境の経験)の両方を与え、いつまで記憶が保存されているか調べた結果、30分後までは覚えているのに24時間後には忘れてしまうようなささいな出来事の場合でも、その弱い学習課題を行う前後1時間以内に強烈な体験を経験したマウスでは、24時間後のテストでもささいな出来事を覚えていました。それぞれの学習時に共通の神経細胞が働くことで、ささいな出来事の記憶と強烈な体験の記憶が相互作用し、ささいな出来事が長時間記憶される行動タグが成立することを見いだしました。

人間は脳に蓄えられているさまざまな記憶情報を関連付けることで知識を得ています。記憶が関連付けられる仕組みが解明されることで、トラウマの記憶から起きるPTSDなどの精神疾患の治療につながることが期待されています。

自由に切って、表示できるディスプレイを開発

戦略的創造研究推進事業 CREST

JSTnews 2016年9月号掲載

文字や絵を表示できる一般的なディスプレイは、スマートフォンなどの電子機器をはじめ、私たちの身の回りで幅広く使用されています。

柔らかいものや薄いものなど、ディスプレイの多様化が進む中で「液晶」と「有機EL」がよく知られていますが、どちらも完成後にディスプレイを切って再度使用することはできません。また、「不揮発性」であるエレクトロクロミックディスプレイは、酸化還元状態を維持することにより外部からの電力供給がなくても継続表示が可能ですが、実用化に耐えられる材料が少ないため、応用箇所は限られていました。

物質・材料研究機構の樋口昌芳グループリーダーの研究グループは、電気をかけることで色が変わるエレクトロクロミック特性を持つポリマー材料を使用して、ハサミで好きな形に切れる新しいディスプレイシートを開発しました。

このディスプレイシートは、回路全体を曲げて使うことのできるフレキシブル基盤を使います。透明電極を付けた基盤に、ポリマーをスプレーでコートして製膜したものと、固体電解質層を取り付けたものとを合わせて作製します。このポリマーの、湿気や酸素に対する高い安定性により、ハサミで切っても電圧を加えることにより繰り返し表示させることができます。また、電源を切っても表示が保持されるため、表示を変えた後は電源ユニットからディスプレイを取り外すこともできます。

エレクトロクロミックは近年世界的に研究が盛んになっていますが、このシートの作製に成功したことから、今後は乗り物や建物、サングラス、レインコートなどさまざまなものを透明にしたり着色させたりできる、「色の着替えを楽しむ新しいライフスタイル」を提案していく予定です。

ボクらとおしゃべりしませんか ロボットと暮らそう 未来館で社会実験

戦略的創造研究推進事業 ERATO

JSTnews 2016年8月号掲載

「あのさ、ボク思うんだけど」「ねぇねぇ、ロボットが『人権』を持ったら、どうなるの?」「えー、なんでー?」 日本科学未来館の「ロボット談話室」では、身長約30センチメートルのかわいいロボットたちが楽しくおしゃべりしています。

ロボットの名前は、CommU(コミュー)。大阪大学大学院基礎工学研究科の石黒浩教授と吉川雄一郎准教授らが開発した、卓上型の対話ロボットです。

少子高齢化が進んだ未来社会では、人々の日常生活をロボットが支えているかもしれません。高齢者の介護には、入浴など物理的な支援だけでなく、話しかけも大切です。そこで、人と自然な対話ができるロボットが期待されています。

従来のロボット研究は、1対1で対話するための音声認識と人工知能技術が中心でした。しかし、それだけで「対話に参加している感覚(対話感)」を人が持つことは容易ではありません。

もし、複数のロボット同士の対話に、人が入っていくのだとしたら――? 他のロボットと話しながらも人に視線を向けたり、同意を求めたりする機能があれば、十分な対話感を持てるかもしれません。石黒教授らは、頭や目、腕を自在に動かして豊かな身体表現ができるコミューを開発しました。

実は「ロボット談話室」は、来館者参加型の社会実験です。ロボットに「人権」を与えてもいいですか。人より賢くなってもよいのでしょうか。ロボット技術の発展について、ちょっと考えてみたくなるテーマで、コミューと話してみませんか。来館者の音声や映像の記録、対話感の評価結果をもとに、対話ロボットの改良と普及をめざします。

あなたとコミューとのおしゃべりが、人とロボットが共に暮らせる社会をつくります。

●メディアラボ第16期展示「ロボット談話室」7月13日(水)〜 10月10日(月・祝)


温めた上で紫外光を数秒間当てれば簡単に剥がせる様子が動画でも確認できる。

光で簡単に剥がせる液晶接着材料を開発 100度の高温でも強い接着力

戦略的創造研究推進事業 さきがけ

JSTnews 2016年8月号掲載

接着の歴史は古く、人類が道具を使い始めた石器時代までさかのぼります。物と物とをつなぐことで、全く新しい物や価値が生み出され、現代の日常生活は接着材料を使用した製品であふれています。

京都大学大学院理学研究科の齊藤尚平准教授らは、高温の環境でも接着力が強く、光を当てると数秒で剥がせる液晶(液体と固体の中間状態)材料を開発し、「ライトメルト型接着材料」と名付けました。

パソコンやゲーム機、スマートフォンに使われる半導体の製造工程では、部品を仮固定する接着材料が欠かせません。従来のホットメルト型接着材料(熱で剥がす接着材料)は、高温になると接着力が失われるため、使用できる環境が限られていました。

齊藤准教授らは、紫外光によって形を変えるV字型の分子を合成し、この分子同士がぴったりとくっついた液晶材料を開発して、接着力を強くしました。70〜135度の範囲で液晶状態になるように設計したことで、高温でも接着力を維持できました。2枚のガラス板を接着したところ、100度でも接着面1平方センチメートルで約12キログラムの重さまで耐えられました。

液晶状態になる温度範囲で紫外光をわずか数秒間当てるだけで、一部のV字型の分子が平面型に形を変えて反応し、不純物ができることで接着力の強い液晶状態が崩れて液化します。液化に伴って接着力は85パーセントも低下し、簡単に剥がすことができました。

160度の熱を加えれば接着力を取り戻すリサイクル機能と、接着状態と非接着状態を蛍光色の違いで見分ける蛍光機能も備えています。

新しいタイプの接着材料が開発されるたびに、生活や産業は変化してきました。ライトメルト型接着材料をきっかけに、新しい技術や製品が生まれる予感がします。

がんになりにくい長寿ネズミからiPS細胞を作製腫瘍形成を防ぐ遺伝子の働きを明らかに

戦略的創造研究推進事業 PRESTO

JSTnews 2016年7月号掲載

マウスと同じ大きさなのに、その10倍も長生きするげっ歯類、ハダカデバネズミを知っていますか。その名の通り、体毛がほとんどなく、前歯が口から飛び出しています。平均28歳という寿命の長さと、がんになりにくい体質に、世界の研究者が注目しています。

北海道大学遺伝子病制御研究所の三浦恭子講師、慶應義塾大学医学部の岡野栄之教授らの研究グループは、ハダカデバネズミの皮膚からiPS細胞を作製することに初めて成功しました。

細胞移植治療への応用が期待されるiPS細胞ですが、腫瘍ができるリスクが課題です。腫瘍形成は大きく2つに分けられ、神経や心筋などに分化させた細胞が移植後に腫瘍化する場合と、未分化のiPS細胞が残っていて腫瘍(奇形腫)となる場合があります。

ハダカデバネズミから作製したiPS細胞は、未分化の状態で移植しても、奇形腫を作りませんでした。遺伝子を解析したところ、人間やマウスのiPS細胞では、がん化を抑制する遺伝子ARFの働きが弱まりますが、ハダカデバネズミのiPS細胞では活性化していました。同時に、がん化を促す遺伝子ERASの働きも失われていました。

ハダカデバネズミの細胞では、がん化抑制遺伝子ARFの働きを妨げると、細胞の増殖が止まってiPS細胞ができないことを発見しました。このハダカデバネズミ特有のがん化抑制メカニズムASIS(ARF抑制時細胞老化)により、ARFが活性化したiPS細胞だけができて、奇形腫を作らないと考えられます。

ハダカデバネズミの「長寿の秘訣」は、がんの予防技術や安全なiPS細胞など、人間が健康で長生きするためのヒントになりそうです。

コウモリがドローンのモデルに? 獲物の位置を先読みして飛行ルートを決定

戦略的創造研究推進事業 さきがけ

JSTnews 2016年6月号掲載

夜空を自在に飛び回るコウモリ。口から超音波を発信し、それが物に当たって戻ってくる時間や音の大きさで、対象物までの距離や位置を正確に探知しています。暗闇の中、体長がたった数ミリメートルの小さな昆虫も見つけて逃さず、一晩に数百匹を捕食するコウモリもいます。狙った獲物を逃さない秘訣は、その絶妙な飛行ルートにありました。

同志社大学生命医科学部の飛龍志津子准教授は藤岡慧明研究員らとともに、コウモリが2匹の昆虫の位置を同時に探知して、双方を確実に捕えられる飛行ルートを設定していることを発見しました。

コウモリの軌道を表現する数学的なモデルをつくり、数値シミュレーション(計算により現象を再現する方法)を行ったところ、目の前にいる獲物に一直線に向かうのではなく、2匹目を見失わないように飛ぶ方が、2匹とも捕らえる確率が高いことがわかりました。

これを実証するため、京都府内の川沿いに多数のマイクを並べ、野生のアブラコウモリが獲物を探る超音波の方向やコウモリと昆虫の位置を計測し、飛行や補食の様子を観測しました。1.5秒未満の短い間隔で、蚊などの昆虫2匹を連続して捕らえた時は、モデルと一致して、両方の獲物に注意を分散し、2匹目の位置を先読みしながら飛ぶことがわかりました。1匹目だけに向けて真っ直ぐに飛ぶと、超音波の当たる範囲から2匹目が外れてしまうためと考えられます。

コウモリの高い捕食能力を解明するとともに、複数の対象を把握しながら、効率的に動く仕組みは、ドローンのように自律移動する高機能ロボットの開発にも役立つと期待されます。出産を迎える夏は、アブラコウモリが1年で最も活動的な時期です。日没前後には、コウモリの狩りの達人技が繰り広げられることでしょう。


芳香族ポリアミドから作製した透明フィルム(上)と繊維(下)。透明フィルムには芳香族ポリアミドの分子式が書かれている。

シナモン系分子からガラスの強度を超える透明プラスチックを作製自動車の軽量化や温室効果ガス抑制に期待

戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)

JSTnews 2016年6月号掲載

世界最古のスパイスといわれるシナモンからアイデアを得た、最先端のバイオプラスチックが誕生しました。植物や微生物など生物資源が原料のバイオプラスチックは壊れやすく、ペットボトルのラベルやポリ袋など、用途は使い捨て分野に限られていました。

北陸先端科学技術大学院大学マテリアルサイエンス研究科の金子達雄教授らは、堅い構造を持つシナモン系分子(アミノ桂皮酸)を原料として、世界最高強度の透明プラスチックを開発しました。

天然にほとんど存在しないアミノ桂皮酸は、石油から合成するには複数の工程が必要で、1キログラム当たり約100万円と高価です。金子教授らが開発した、遺伝子組み換え微生物で大量生産する手法を使えば、数千円に抑えられると予想されます。こうして得られたアミノ桂皮酸に光を当てることでプラスチックの原料を合成し、さらに化学反応を用いて、バイオ由来の芳香族ポリアミド(高強度プラスチック)の開発に世界で初めて成功しました。

一般的な透明プラスチックのポリカーボネートと比較すると、透明度は同等の高さで、力学(引っ張り)強度は約6倍の407メガパスカルでした。ガラスの力学強度(100 〜150メガパスカル)をはるかに超え、ガラス代替材料として実用化できるレベルです。溶液中で特殊な紫外線を当てれば分解するので、リサイクルも簡単です。

「天然物には秘めた機能がある。石油由来のプラスチックをすべてバイオプラスチックに置き換え、環境にやさしく、かつ超ハイテクの低炭素社会を実現したい」と金子教授。

耐熱温度は273度で、高耐熱プラスチックとしても利用できます。自動車のエンジン周りの耐用温度は250度です。自動車に使われている2万点以上もの金属部品を代替できれば、軽量化や燃費の向上、二酸化炭素の削減など、計り知れない効果が期待されます。

フラーレンC70に水分子を閉じ込める 生命現象の解明や医薬品開発に

戦略的創造研究推進事業 さきがけ

JSTnews 2016年5月号掲載

1985年に発見されたフラーレンは、90年代に大量合成できる方法が確立され、今では医薬、電子材料、化粧品など、さまざまな分野で注目されています。フラーレンの特徴は、炭素原子が球状に結合した空間に金属や分子を内包(内部の空間に閉じ込める)できることです。

京都大学化学研究所の村田靖次郎教授らは、70個の炭素原子がラグビーボール状に結合したフラーレンC70の内部に、水分子(H2O)を閉じ込めることに成功しました。村田教授らはすでに、60個の炭素原子がサッカーボール状に結合したフラーレンC60に水分子1個(単分子)を内包させていますが、より大きな空間を持つC70なら、結合した水分子2個(二量体)も入れられると考えました。化学反応でC70の結合の一部を切り、水分子が通る大きさの開口部を作ることで、水の単分子や二量体を挿入しました。

水の単分子や二量体は、他の物質と結合しやすいため、水分子そのものを観測することは困難でした。水分子を内包したC70を解析したところ、水分子単独では上下に素早く動いていました。二量体では、2つの分子間に存在する水素結合が切断と再生を繰り返す珍しい現象が観測されました。他の水分子から孤立した二量体の観測に成功したのは世界で初めてで、化学現象や生命活動の重要な物質である水の基礎的性質の解明が期待されます。

水分子と同じ大きさであれば、他の物質の単分子状態も実現できる可能性があり、新しい物性の解明につながります。内包された分子によってC70自体の物性も変えられるので、電子受容体として有機薄膜太陽電池の性能を向上させたり、医薬品のような生理活性素材を開発するなど、多彩な応用が期待されます。

取り除いてたんぱく質の働きを知る 人間の細胞のたんぱく質を短時間で分解除去

戦略的創造研究推進事業 さきがけ

JSTnews 2016年5月号掲載

生物の最小単位である細胞の分裂や増殖の仕組みを解明するには、たんぱく質の機能を探ることが必要です。

そのためには、細胞内の特定のたんぱく質が失われた場合の影響を観察することが有効ですが、これまでの目的のたんぱく質合成を抑える技術では、除去に数日間かかっていました。細胞の生存に必須で破壊できない遺伝子もあり、解明が難しいたんぱく質が数多く存在します。

国立遺伝学研究所の鐘巻将人教授と名古屋大学の清光智美助教らの研究グループは、人間の細胞内の特定のたんぱく質を短時間で分解除去することに成功しました。

鐘巻教授らは2009年に、植物ホルモンのオーキシンを加えることで、酵母の特定のたんぱく質を分解させる「オーキシンデグロン(AID)法」を開発しました。AID法では、オーキシンと結合して分解を引き起こすタグ(目印)となるペプチド配列をたんぱく質に加えることが必要です。人間の細胞でAID法を利用するため、ゲノム編集技術(クリスパー法)を応用して特定の遺伝子を簡単に変える方法を開発し、その遺伝子が作るたんぱく質に分解タグを加えました。

AID法ではわずか約1時間で除去でき、分裂や増殖など短時間で変化する現象に与える影響を直接観察することに成功しました。分解除去のタイミングも任意に設定可能で、破壊できない遺伝子から作られるたんぱく質の機能解析などに効果を発揮します。

細胞分裂や増殖の仕組みは、研究材料として扱いやすい酵母などのモデル生物で研究されてきましたが、生命医学には人間の細胞の研究が欠かせません。

人間を含む多様な生物種の細胞の仕組みやたんぱく質の役割の解明に役立てたいという願いを込めて、作成した材料はすべてナショナルバイオリソースで公開し、世界の研究者がアクセスできるようにしています。

イネの遺伝子を使ってポプラの木質を強化 バイオ燃料の生産効率向上や高強度木材の開発に期待

戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)

JSTnews 2016年4月号掲載

二酸化炭素の排出を削減して地球温暖化を緩和させるには、植物由来の燃料や材料を最大限に活用し、石油の消費を抑えることが重要です。植物由来の燃料としてはデンプンを原料としたバイオエタノールが最も一般的ですが、食糧生産との競合が懸念されています。そこで木質を原料としたバイオエタノール生産が注目されていますが、エネルギー収支やコスト面の観点から実用化は容易ではなく、植物を改変して木質の生産性を改善することが求められています。

産業技術総合研究所生物プロセス研究部門の光田展隆主任研究員らは、イネの木質生産を制御している遺伝子をポプラに導入することで、木質生産性を約4割向上させることに成功しました。

木質は木だけではなく、イネを含むあらゆる植物が大量に生産しています。光田主任研究員らは、さまざまな植物の木質生産を制御する遺伝子を研究する中で、イネの遺伝子が特に強い活性を持っていることを発見し、ポプラに導入しました。木質の蓄積が増加すると成長が阻害される事例が多いですが、木質を蓄積する細胞でのみ導入遺伝子が働くようにすることで、成長に悪影響を及ぼすことなく大幅に木質生産性を改善できました。遺伝子組換えポプラでは木質の蓄積が増えることで約4割密度が向上し、木材の強度も約6割向上していました。単に木質の生産性を改善しただけでなく、船舶での輸送コストを改善する効果も見込まれるほか、強度を向上させた新しい建築資材としての可能性も期待されます。

単子葉植物は木に比べて短期間で成長することから、強力な木質生産能力を持っていると考えられます。日本はイネをはじめとしてタケやススキなど多くのユニークな単子葉植物資源に恵まれています。また、国土の3分の2が森林で覆われている森林資源大国でもあります。日本独自の遺伝子資源と最先端技術を活用して世界中の木の木質生産能力を向上できるようになれば、面目躍如となるはずです。

シリセンの二層化に成功 大気中でも安定 超高速電子デバイスの新材料として期待

戦略的創造研究推進事業 さきがけ

JSTnews 2016年4月号掲載

グラフェンを超える新機能材料として注目されるシリセンが、化学的に安定したナノシリコン材料であることが明らかになりました。シリセンは、シリコン原子が蜂巣格子状に組まれた原子シートで、いわばグラフェンのシリコン版です。一層のシリセンは大気中で酸化分解してしまうため超高速電子デバイスへの応用が困難でしたが、豊田中央研究所の中野秀之主席研究員らは、大気中でも安定して取り扱うことのできる二層シリセンの合成に成功しました。

グラフェンは炭素原子がシート状に並んだ物質です。電子が非常に速く移動できる性質がありますが、半導体デバイス構築に必要なエネルギーバンドギャップがないため、応用が限定されています。エネルギーバンドギャップとは電子が存在できない領域のことで、半導体デバイスはこの領域にさまざまな機能を持たせます。炭素と同族元素であるシリコンを用いたシリセンは、グラフェンと同様に電子の移動が高速なうえ、グラフェンにはないエネルギーバンドギャップがありますが、一層のシリセンは大気中で酸化分解しやすいことが課題でした。

中野研究員らは、シリセンとカルシウムが交互に積み重なった二ケイ化カルシウム(CaSi2)をフッ素を含むイオン液体中で加熱処理することで、カルシウム層のみをフッ素化する合成手法を確立しました。カルシウム層がフッ素化すると、シリセンは一層では存在できなくなり、安定した二層構造として再配列しました。

一層シリセンの酸化分解の原因は、共有結合の手が空いている原子が多数存在するためでしたが、二層シリセンでは25パーセントまで減少し、大気中でも安定して扱えることがわかりました。

超高速電子デバイスや二次電池の電極材料への幅広い応用展開が期待されます。