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社会技術・社会基盤

自然災害による犠牲者ゼロを目指して

「動くハザードマップ」と防災教育

片田
片田 敏孝(株式会社アイ・ディー・エー社会技術研究所 取締役研究所長/群馬大学 大学院工学研究科 教授)
RISTEX
研究開発成果実装支援プログラム
「津波災害総合シナリオ・シミュレータを活用した津波防災啓発活動の全国拠点整備」実装責任者(H19-23)

“奇跡”の背景にあった科学的な根拠に裏打ちされた防災教育活動

“釜石の奇跡”――。2011年3月11日、東日本大震災のなかで、多くの人命が救われた“奇跡”として、1つの出来事がクローズアップされた。津波に襲われた岩手県釜石市で、市内14校約3,000人の小中学生のうち99.8%の子どもが生き延びたのだ。なかでも賞賛されたのが、釜石東中学校の生徒たちの行動だった。地震が発生すると、隣の鵜住居小学校の児童たちを率いて避難場所である高台の施設に避難した後、裏手のがけが崩れかけていることや空に津波による土煙が上がっているのを見て危険を察知し、自らの判断で高台施設を離れ、さらに高台へと避難したのだ。わずか30秒後、高台の施設は津波にさらわれた。とても中学生とは思えない的確な判断と行動が、自らの命を救った。その事実は確かに“奇跡”と呼ぶにふさわしいように思えるが、それはただの奇跡ではない。その裏には、片田敏孝教授の、科学的な根拠に裏打ちされた防災教育活動があった。

小中学生が避難している様子
小中学生が避難している様子(提供:片田敏孝教授)

予想される津波災害を動画で確認できる「動くハザードマップ」を開発

片田教授の専門は災害社会工学。防災技術開発などの研究活動を通じて、自然災害による犠牲者ゼロの社会づくりに貢献することを目指す。その一環として開発したのが、津波災害の「動くハザードマップ」だ。予測される津波の様子や被害範囲を、発生からの時間経過に合わせて地図上の動画で確認できるもので、紙のハザードマップと異なり、時間の経過とともにリアルに災害をシミュレーションできる。

大学の研究室での活動は、防災技術のように社会に役立つ「社会技術」を開発するところまでで終わり、その技術を活用した実社会への「実装」は、自治体などにゆだねるのが一般的だろう。しかし、片田教授は実装も研究活動の一環と考え、全国各地を飛びまわり、防災教育に尽力。大学発のベンチャー企業も設立し、所長も務めている。動くハザードマップに関しては、RISTEXの研究開発成果実装支援プログラム「津波災害総合シナリオ・シミュレータを活用した津波防災啓発活動の全国拠点整備」などを通じて、全国各地の自治体と連携して防災教育活動に取り組んできた。釜石市もその1つだったのだ。

例
「動くハザードマップ」の例

「ハザードマップは信じるな」自分で自分の命を守る力を育てる

防災教育というと、災害が起きた場合、どう行動すべきかを具体的に教える、マニュアル的なものを思い浮かべるかもしれない。しかし、片田教授の防災理論は、それとは一線を画し、「自分の命を自分で守る力」の育成を目指している。

釜石市でも、この理論に基づき、防災教育に取り組んできた。その内容を端的に示すのが、「ハザードマップは信じるな」という方針だ。自然は時に人間の予測を超えた力で襲いかかる。その事実を、過去の自然災害による被害から学んでいる片田教授は、子どもたちにハザードマップを見せて災害の様子をイメージさせたうえで、「実際には、これ以上のことが起こるかもしれない。その時、どうすればいい?」と問いかけ続けた。こうした取り組みを通じて、「自分の命を自分で守る力」を育てたからこそ、子どもたちは実際に津波に襲われた際、あらかじめ定められた避難所に迅速に避難するのみならず、周囲の状況から「この避難所にいても安全ではないかもしれない」と判断し、さらに安全な場所へと避難をすることができたのだ。

社会技術と実装を結びつける取り組みは今後もますます重要に

こうして多くの命が救われたにもかかわらず、片田教授は釜石市での取り組みが失敗だったとの思いをぬぐえない。子どもたちが自ら命を守れた一方で、多くの一般市民が命を落としたからだ。片田教授は、一般市民に向けても「自分の命を自分で守る」防災教育を行うことを試みている最中に、その道半ばで東日本大震災が起こってしまった。

津波のような災害は、めったに起こらないがゆえに、私企業の活動の対象となりづらい。だからこそ、公的機関によるその解決に向けた試みが欠かせない。現状では、社会技術の開発は大学などの教育・研究機関に、実装は国や地方自治体にと、役割が分かれてしまいがちだ。しかし、“釜石の奇跡”のように両者を結び付ける取り組みが不可欠であり、今後のさらなる発展が期待される。


「津波防災講習会」の様子
新潟県上越市で行われた「津波防災講習会」の様子
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