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環境エネルギー

高い能力と経済性

常温・常圧下で水素を活性化

研究者写真
小江おごう 誠司(九州大学 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所/大学院工学研究院 教授)
CREST
ナノ界面技術の基盤構築
「水素活性化アクア触媒界面による常温・常圧エネルギー変換」 研究代表者(H20-25)

エネルギーキャリアとしての「水素」を一貫して追究

近年、次世代を担うエネルギーキャリア(エネルギー貯蔵媒体)の代表として「水素」が注目され、官民でさまざまに議論されている。化石燃料の枯渇化が進行し、未曽有の事故を経験したいま、安全かつクリーンで、しかも持続可能なエネルギーの供給は21世紀の最も重要な課題の1つであるとの認識が、ようやく社会に定着してきたのである。

そんななかで、一貫してエネルギー源としての水素に着目し、酵素による水素活性化のメカニズムの解明、水素からの電子抽出、そしてエネルギー利用技術の開発に努めてきたのが、小江誠司教授の研究グループである。同グループは、すでに2007年、水素活性化酵素と同様の働きをする最初の「モデル化合物」を発表した。その後、2008年にCRESTに研究代表者として採択され、研究を重ねた結果、2013年2月には、ついに水素活性化酵素の「完全モデル化」に成功した。

写真
貴金属を使わない人工触媒の開発に成功(日刊工業新聞 2013年2月8日)

天然酵素をモデルに人工触媒の開発に乗り出す

小江教授らの研究は、天然の触媒作用を持つタンパク質、すなわち自然界の「酵素」への着目に始まる。「ニッケル–鉄ヒドロゲナーゼ」という水素活性化酵素である。この酵素は常温・常圧という温和な条件下に、「プロトン(H+)の還元」と「水素の酸化」を触媒するが、そのようにして、水素分子を燃やしてエネルギー源として利用するだけでなく、水素分子をヒドリドイオン(H-:マイナスの電荷を持つ水素イオン)、または電子として、自由自在に利用していることも知られていた。

そこで、水素エネルギー研究開発への応用という観点からこれに注目した研究グループが、それをモデルとした人工触媒の合成に成功したのが、鉄(Fe)の代わりに貴金属のルテニウム(Ru)を用いた「ニッケル–ルテニウム触媒」である(2007年)。これは、当時数多く開発された人工触媒のなかで、安全・高性能の点で最良の機能モデルだった。翌年にはこの触媒を用いて、常温・常圧下に水素から電子を取りだすことにも成功した。

写真2
(左)水素活性化酵素 「ニッケル–鉄ヒドロゲナーゼ」の活性中心の構造。(右)それをモデルに合成した人工触媒「ニッケル–ルテニウム触媒」の構造。

「貴金属フリー触媒」の驚くべき価値とは

2013年2月、小江教授らの研究グループは、「ニッケル–鉄ヒドロナーゼ」をモデルとし、それと同様の働きをする人工触媒「ニッケル–鉄触媒」を開発した。貴金属であるルテニウムを使った2007年モデルとは異なって、鉄を使用した触媒を用いて、常温・常圧下に水素からの電子を電子受容体(フェロセニウムイオン、メチルビオロゲンなど)に移動させることに成功した。さらに、結晶構造を解明することにより、水素を活性化した後に生成するヒドリドイオンが、ニッケルではなく、鉄に結合していることも確かめた。これまでは、どちらに結合しているかはわかっていなかったのである。

ところで、前モデルのルテニウムに変えて鉄を使用した触媒で、今回水素の活性化に成功した結果は、学術的以外の意外な価値を生んだ。価格である。前モデルで使用した貴金属ルテニウムの2013年2月時点での市場価格は240円/g、これに対して鉄は何とその1/4000の0.06円/g。金属の価格の比がそのまま錯体触媒の価格の比になるとは言えないが、今後、たとえば燃料電池用などに大量の触媒が必要であることを思えば、この“経済的”価値はじつに大きい。その意味で、画期的な進歩と言えるだろう。

「ニッケル–鉄触媒」の結晶構造
写真3

「3つの命題」はどこまで満たされたか

2007年から続けられてきた水素活性化酵素の人工モデル化は、今回開発の「ニッケル–鉄触媒」の成功により、ほぼ完全に達成された。これに伴い、天然の酵素「ニッケル–鉄ヒドロゲナーゼ」の水素活性化のメカニズムの解明と、「貴金属フリー触媒」による水素活性化の研究も飛躍的に前進したと言える。

小江教授が21世紀のエネルギー問題の解決には是非とも必要だと常々強調している、3つの命題がある。①「生命の機能原理の解明」②「生命機能の抽出・応用」③「生命機能を凌駕する技術の開発」である。このうち①は、「ニッケル–鉄ヒドロゲナーゼ」の水素活性化のメカニズムの解明が進んだことで、その一端が解明された。②については、「貴金属フリー触媒」による水素からの電子抽出の成功で実現したと言える。残るは③だろう。これについては、たとえば「ニッケル–鉄触媒」を用いた「白金フリー燃料電池」の開発などが考えられる。現在の燃料電池の電極触媒には「白金」が不可欠だが、白金は高価なうえ、埋蔵量には限りがある。埋蔵量が豊かで安価な「ニッケル」や「鉄」を使用した代替触媒の開発が待たれているのである。

※化学反応の速度を上げる物質でそれ自体は変化しないもの。また、その作用。望みの生成物だけを作り出す選択性を合わせもつ。

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