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ナノテクノロジー・材料

スマートフォンの放熱設計に不可欠

高品質グラファイトシート

画像:吉村 進
吉村 進(長崎総合科学大学 名誉教授)
委託開発
「高品質グラファイトの製造技術」チームリーダー(S63-H4)
ERATO
「緒方ファインポリマープロジェクト有機電子材料研究」グループリーダー(S56-61)
「吉村パイ電子物質プロジェクト」総括責任者(H3-8)

新しいグラファイト製造法を目指して

炭素だけで構成される元素鉱物であるグラファイトの結晶は、X線などの放射線をコントロールする性質があり、放射線光学素子に利用されている。天然のグラファイトは粉末状のものがほとんどで、良質の結晶は得にくい。しかし、従来利用されてきた人造の結晶は複雑な工程と長い製造時間が必要で、非常に高価であった。そこで安価で高品質なグラファイトの結晶製造技術を松下電子部品株式会社(成果実施企業は松下電器産業株式会社)に委託し、当時、松下技研株式会社の研究者だった吉村進教授が開発チームのリーダーとなってこのプロジェクトを推進することとなった。

3000℃で炭素原子が結晶化する技術を確立

開発の鍵となったのは、ERATO「緒方ファインポリマープロジェクト」で吉村教授をリーダーとする有機電子材料研究グループが開発した、炭素を含む高分子材料を加熱処理する手法だ。高分子素材を無酸素状態で加熱していくと、500℃で水素、1000℃で酸素、2000℃で窒素がそれぞれ離脱して、炭素原子だけが残る。これを焼成して結晶化させたものが「高品質グラファイト結晶」である。さまざまな高分子材料と焼成温度を試した結果、特定の高分子素材(ポリイミド等)を3000℃で処理することで、ついに結晶性グラファイトが得られたのである(図1)。低コストかつ短時間に作ることができ、中性子線やX線用モノクロメーター等の放射線光学素子として実用化されている。開発過程では、グラファイトの形状を制御する技術も世界で初めて確立、柔軟性のあるグラファイトシートを生成できたのだ。

図1
図1:高分子フィルムを加熱すると水素、酸素、窒素がそれぞれ離脱して炭素が残る。さらに加熱して3000℃で結晶性グラファイトが得られる。
高分子フィルムを加熱すると水素、酸素、窒素がそれぞれ離脱して炭素が残る。さらに加熱して3000℃で結晶性グラファイトが得られる。

効率的に熱を逃がすグラファイトシート

新しいグラファイトの製造技術の開発に成功した頃、携帯電話などのモバイル端末が社会的に受け入れられ、その小型化、高性能化が急速に進んでいた。電子機器のCPU(中央処理装置)は自らの動作により発生する熱で性能が低下するため、熱をいかに逃がすかが大きな課題であった。その問題を解決したのが、グラファイトシート(図2)である。

図2
図2:「パナソニックグラファイトシート(PGS)(10μm品)」2012年9月、スマートフォン用として発売
「パナソニックグラファイトシート(PGS)(10μm品)」2012年9月、スマートフォン用として発売

層状の結晶構造を持つグラファイトは、層の方向(面を伝わる方向)の熱伝導率は非常に高いが、層の厚さの方向(層の上下に伝わる方向)の熱伝導率は約200分の1程度となる(図3)。貼るだけで熱を周囲に拡散して放熱する部材として実用化されたのだ。柔軟性があるので折り曲げて段差のある熱源部品をカバーすることもできた(図4)。また金属より比重が小さくて強度が高いという特徴もあり、モバイル端末の小型化や耐久性アップにも大いに貢献した。炭素でできているため、環境への負荷が極めて小さい点も歓迎され、さまざまな分野で熱対策素材として活用が広がり、現在、パッシブ(受動的、非能動的)部品としては驚異的な1,000億円規模の市場を形成しつつある。

図3
図3:グラファイトシートの熱伝導性:厚さ方向には熱を伝えにくい一方、沿面方向では素早く熱が伝わる
グラファイトシートの熱伝導性:厚さ方向には熱を伝えにくい一方、沿面方向では素早く熱が伝わる
図4
図4:高熱伝導性グラファイトシートによるヒートスポットの低減。
高熱伝導性グラファイトシートによるヒートスポットの低減。

革新的な機能を生み出す新炭素材料

その後、吉村教授は委託開発事業で高熱伝導性グラファイトフィルムの事業展開を図るのと並行して、自身が総括としてERATO「吉村パイ電子物質プロジェクト」を率いることとなった。プロジェクト名にあるパイ電子とは、有機化合物の性質や機能の発現において重要な役割を果たしている電子である。吉村教授は新しい機能を有する炭素系物質の創生を目指して研究を進め、グラファイト薄膜とカーボンナノチューブの低温合成、グラファイトにアルカリ金属等を挿入した新しい層間化合物の合成と量子効果の発見、炭素薄膜による太陽電池の開発、グラファイト表面を利用した溶液重合エピタキシーの方法の確立、炭化中間体を含むシリカガラスの発光現象の発見等、多くの成果を生み出した。特にグラファイト薄膜とカーボンナノチューブの低温合成では、CVD法(材料をガス状にして堆積させる手法)を用いて、600℃から1000℃での合成を実現したのである。これにより、通常の半導体製造プロセスでのグラファイト生成が可能となった。

また、CVD法によるカーボンナノチューブの低温合成の作成条件と制御法、カーボンナノチューブの成長メカニズムの研究結果は、名城大学 飯島澄男教授を代表とする国際共同研究(ICORP)「ナノチューブ状物質プロジェクト」に継承され、新物質カーボンナノホーンを生む下地となった。カーボンナノホーンは現在、燃料電池の電極材料として開発が進んでおり、実用化目前といわれている。このように吉村教授のERATOでの成果は、さまざまな分野で実を結びつつある。

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