事業成果

気体を“選んで”吸着・分離

多孔性配位高分子(PCP)の開発2016年度更新

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北川 進(京都大学 物質–細胞統合システム拠点 拠点長・高等研究院 特別教授)
ERATO
「北川統合細孔プロジェクト」研究総括(H19-26)
ACT-C
「多孔性配位高分子を反応場にするメタノール合成の開発」研究代表者(H24-29)
ACCEL
「PCPナノ空間による分子制御科学と応用展開」研究代表者(H25-30)

化石燃料から発生する二酸化炭素の回収なども可能に

酸素、二酸化炭素、メタン、水素など、気体は、固体や液体に比べて扱いづらい。気体を選択的に分離・貯蔵する技術の開発は、さまざまな分野のブレークスルーにつながると期待される。工場などで排出される二酸化炭素を回収、貯留できれば、環境問題解決の切り札となるだろう。水から水素ガスを容易に分離できれば、燃料電池の普及が飛躍的に進むに違いない。そんなイノベーションの扉を大きく開く可能性を秘めているのが、北川 進教授が開発した多孔性配位高分子(PCP)だ。

多孔性配位高分子(PCP)

単結晶
結晶構造

無数の「孔」があいた構造を持つ。グレーは骨格、水色は孔の表面。

分子サイズの小さな気体を吸着 さまざまな機能を備える柔軟性も

従来、気体の吸着剤として広く用いられてきたのがゼオライト(沸石)で、無数の「孔」が空いた「多孔性」構造を持つ。表面積が大きく、気体分子を大量に吸着できる。消臭剤として古くから使われている活性炭も「多孔性」構造を持ち、臭いの元となる気体分子を吸着する。こうした物質は「多孔性材料」と呼ばれ、孔のサイズを変えて目的の分子を吸着させる研究などが進められてきた。しかし、ゼオライトはケイ素とアルミニウムと酸素を主成分とする固い構造を有しているため、分子を吸着する際に多孔性構造を変化させて、サイズや形状の異なる様々な分子を識別し、吸着するのは困難とされてきた。

そんな状況を打破したのは、多孔性材料の研究者ではない北川教授だった。専門は「錯体化学」。金属錯体は、金属イオンの周囲に有機物(配位子)が結合した構造を持つ。金属イオンや配位子の種類を変え、さまざまな機能を持たせられることから、新たな多孔性材料として大きな可能性を有している。

しかし、有機物を含む金属錯体は構造が不安定で、極めて壊れやすい。北川教授は、従来の常識を覆す、構造が安定して保持されつつ、気体を吸着する金属錯体の作製を成功させた。さらに、周囲の環境や外的刺激に応じて構造や性質が変化し、選択性の高い吸着や脱着を可能とする金属錯体を実現した。多孔性配位高分子(PCP:Porous Coordination Polymer)と名付けた新材料系統は、従来の材料の限界を越える画期的な吸着剤として、世界中で実用研究に向けた研究開発が進められた。

PCPの合成

図:PCPの合成

実用化を急がず構造や現象をしっかりと見つめる

北川教授は、ERATO「北川統合細孔プロジェクト」を2007年にスタートさせ、直近の実用化につながる技術開発よりもPCPの構造や性質をしっかりと見つめて、新たな知見をもたらすことを重視した。

PCPのナノサイズの細孔の形が変形して効率よく分子を取り込む特性を調べると共に、PCPの粒子サイズを極限まで小さくすることで、分子を取り込む強さをコントロールすることに成功。さらに、サイズが似ていて分離の難しい酸素と窒素の電子的な特徴の違いに着目し、電子のやり取りが可能なPCPを合成して、空気(窒素が78%あり、酸素は20%しか含まれない)から容易に酸素を分離させた。また、圧力や光、温度などの条件によってPCPが柔軟に変形し、酸素や一酸化炭素等を効率的に補捉することにも成功。さらに、取り込んだ分子の非常にわずかな分子構造の違いを認識し、発光色で知らせるPCPも開発している。

こうした研究成果は、目的となる分子の吸着や分離の選択性を高めたり、センサー等への応用用途を示すなど、PCPの実用化の可能性を大きく広げることとなった。

光照射でPCPを活性化し酸素を捕捉する様子

図:光照射でPCPを活性化し酸素を捕捉する様子

得られた知見をもとにいよいよ実用化へ

2013年、ERATOで得た知見をいよいよ実用化へとつなげるべく、ACCELの研究開発課題「PCPナノ空間による分子制御科学と応用展開」をスタートさせた。そこでは、研究を進めてきたPCPのなかで最も高いガス分離能を示す一酸化炭素吸着PCPについて、分離性能のさらなる向上やメカニズムの解明、製造方法の開発を行うとともに、一酸化炭素以外の気体を分離するPCPの研究開発や実用化も見据えている。

多孔性材料の専門家ではないにも関わらず、自らの専門の金属錯体の構造から気体吸着の可能性を感じてPCPという新たな材料を開発し、PCPに秘められた新たなサイエンスを探求し、実用化の可能性をさらに広げた。そんな北川教授は、ノーベル化学賞の有力候補として注目を浴びている。