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ナノテクノロジー・材料

磁石を電気で制御!

マルチフェロイックス研究

画像:十倉 好紀
十倉 好紀(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
ERATO
「十倉スピン超構造プロジェクト」研究総括(H13-18)
ERATO
「十倉マルチフェロイックスプロジェクト」研究総括(H18-23)

磁石が電気の利用をもたらしたように人類の生活を一変する可能性を秘める

ある日、羊飼いのマグネスが羊の番をしていると、自分の鉄の杖とサンダルの釘が、大きな黒い石にくっついて離れなくなった――。今から約2000年前、古代ローマのプリニウスが『博物誌』で記している、磁石(マグネット)の発見伝説だ。人類は磁石という不思議な石の性質=磁気に興味を抱き、研究に取り組んだ。やがて磁気が電気と結びついて「電磁気学」が発展し、私たちは電気を自らの手でつくり出し、利用できるようになった。コンピューターのハードディスクやメモリにも、磁力が使われている。

今、人類の歴史を変えた磁石にも匹敵するユニークな性質を持ち、私たちの生活を大きく変える可能性を秘めた物質が、にわかに脚光を浴びている。十倉好紀教授が研究を推進する「マルチフェロイックス」。それは、マグネスのように自然の中から見つけだしたのではなく、人間が電磁気学の成果を活かして、自らつくり出した物質だ。

キュリーによる「予言」から100年以上、応用できずにいた

マルチフェロイックスとは、強磁性と強誘電性という2つの性質を併せ持った物質を指す。鍵となるのは電子のふるまいだ。

電子は自転運動(スピン)をしていて、これにより、電子は磁性を示し、いわば小さな磁石になる。ただし、多くの物質は全体としてみれば磁性を示すことはない。物質内部にある無数の電子のスピンの向きがばらばらで互いに相殺しあうからだ。しかし、スピンの向きがそろい、全体として強い磁性を示す物質もある。これが磁石だ。こうした現象を磁化といい、磁石のような強磁性体の磁化の方向は、外部から磁場をかけて制御できる。

一方、電子はマイナスの電荷を帯びてもいる。ただし、多くの物質は全体としてつり合いがとれ、電荷を帯びていない。しかし、なかには一方がマイナス、反対がプラスの電荷に偏っているものがある。こうした現象を電気分極、性質を誘電性といい、強誘電体の電気分極の方向は外部から電場をかけて制御できる。

磁化と電気分極は別の現象として理解され、強磁性と強誘電性を併せ持つ物質は確認されていなかった。しかし、19世紀末にピエール・キュリーが、磁場をかけると電気分極が発生し、電場をかけると磁化が発生する「電気磁気効果」を示す物質の存在を予言する。1960年代に予言どおり、強誘電性と強磁性が共存し電気磁気効果を示す物質が発見され、より大きな異常電磁気力効果は「マルチフェロイックス」と名付けられた。大きな電気磁気効果が実現できれば、わざわざ鉄芯にコイルを巻かなくても、電気をスイッチ代わりに磁力のオン・オフができて効率のよい、画期的な電磁石が理論的には可能だ。しかし、この時発見された物質での効果は非常に弱く、応用につながらないまま、年月が過ぎていった。

電気磁気効果の概念図
図:電気磁気効果の概念図

磁場を加えると誘電率※1が数百倍になる画期的な物質の創製に成功

状況を一変させたのが、2001年にスタートしたERATO「十倉スピン超構造プロジェクト」だ。高温超伝導物質※2の登場を機に、その構造的な特色である「強相関電子系」(電子同士の間に強い力が働く物質)の研究が進むなか、十倉教授は電子スピンの空間的配置を理論的に設計することに成功し、電子型高温超伝導体をはじめとするさまざまな強相関電子系を創製した。その性質の解明や製造法の研究、新たな強相関電子系の創製を目指すプロジェクトのなかで、電磁気学の長年の命題であった、マルチフェロイックスの創製にも取り組む。そして、磁場を加えると誘電率がいきなり数百倍になる物質の創製に成功し、応用につながるほど大きな電気磁気効果の実現により世界を驚かせた。

2006年にERATO「十倉マルチフェロイックスプロジェクト」がスタートすると、研究は加速度的に進展し、フェライト、ペロブスカイトなど普遍的で多彩な材料系においてマルチフェロイックスを発見しモデル化と理論化に成功した。さらに物質内部でスピンがらせん構造を持ち、電気と磁気との関係に大きな物理的相互作用があると考えられる「スキルミオン結晶」の観測と可視化にも成功し、これが与える巨大な仮想磁場が電子の回転運動を引き起こすことによる「トポロジカルホール効果」を観測した。また、磁性体中のスピン波を粒子として現した「マグノン」の進行方向が磁場によって曲がる「マグノンホール効果」の実験的な観測にも成功した。その他、固体の中の電気と磁気の相関性に関する新たな発見が、次々ともたらされた。

図:ローレンツ電子顕微鏡法によって得られたら2次元スキルミオン結晶(左)とモンテカルロ法シミュレーションで得られた2次元スキルミオン結晶図(右)
ローレンツ電子顕微鏡法によって得られたら2次元スキルミオン結晶(左)とモンテカルロ法シミュレーションで得られた2次元スキルミオン結晶図(右)
マグノンホール効果の概念図
図:マグノンホール効果の概念図

強相関量子科学という新たなサイエンスとその応用への扉を開いた

2014年9月、トムソン・ロイター社が、過去20年以上の引用数データをもとに特に注目すべき研究領域のリーダーたる研究者を選ぶ「トムソン・ロイター引用栄誉賞」27人の中に、十倉教授が選ばれた。2002年に続き、異なるトピックでの2度目の受賞だ。

これほど注目を集めるのは、マルチフェロイックス創製が、単に新たな物質創製にとどまらず、強相関量子科学の扉を新たに開いたからだ。磁石の発見が電気の利用につながったように、その扉の先には、人類の歴史を変える大きな実りが待っている。

ERATOに続き内閣府の最先端研究支援プログラム(FIRSTプログラム)にて研究は強力に推進され、今後、さらなる研究による超低消費電力エレクトロニクス、超低損失エネルギー輸送、超高効率エネルギー変換などの極限機能の実現を通して、持続可能社会への貢献を目指している。

※1 物質内で電荷とそれによって与えられる力との関係を示す係数で物質固有の値をとる

※2 超伝導物質のうち、77K(-196℃)以上の比較的高い温度で超伝導を示す物質

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