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ライフサイエンス

光学顕微鏡と質量分析計を融合

イメージング質量顕微鏡

瀬藤 光利(浜松医科大学 解剖学講座 細胞生物学分野 教授)
先端計測分析技術・機器開発プログラム
機器開発タイプ「顕微質量分析装置の開発」チームリーダー(H16-20)
小河 潔(株式会社島津製作所 基盤技術研究所 先進技術開発室長)
先端計測分析技術・機器開発プログラム
実証・実用化タイプ「顕微質量分析装置の実用化開発」チームリーダー(H21-23)

「腹部大動脈瘤」の病理変化についての画期的発見

腹部にある大動脈の血管壁が腫れてこぶ(瘤)のようになる、「腹部大動脈瘤」という疾患がある。こぶは脆く破裂しやすいうえ、ひとたび破裂すれば多量の出血で8割以上が死に至る。しかし、こぶ形成の原因とメカニズムが不明のため、治療は病変を取り除く手術などの外科的なものに限られ、有効な内科的な予防法・治療法はいまだ確立されていない。

その腹部大動脈瘤の形成メカニズム解明の糸口ともなるべき発見が、2012年9月、瀬藤光利教授らの研究グループにより報告された。手術で切除した病変部位を分析した結果、こぶを形成している大動脈壁の内部では血管が狭くなっており、血液の量が減少しているという病理変化を確認したのである。これは、血管壁内を流れる血流の減少によって十分な酸素や栄養が行き渡らないため、血管壁が脆くなっている可能性を示唆している。

この発見を導いたのは、光学顕微鏡と質量分析計を融合した「イメージング質量顕微鏡」。瀬藤教授のグループと島津製作所の小河潔先進技術開発室長を中心に先端計測分析技術・機器開発プログラムで開発を進めてきた新しい計測分析装置で、2013年4月にはイメージング質量顕微鏡「iMScope」として製品化された。

(左の列)従来の顕微鏡による病理画像(中と右の列)質量顕微鏡で画像化したもの
病理画像とPOPC(脂質)の分布は、こぶの有無にかかわらず大きな違いは見られなかった。一方ヘムB(血液を示す分子)は、こぶを形成していない部位では多く存在していたが、こぶを形成している腹部大動脈壁ではほとんど見られなかった。

病理組織の「観察」と分子の「質量分析」を融合

2004年から質量顕微鏡の開発を牽引してきた瀬藤教授によれば、開発の根底には、生命現象を分子によって説明する「分子生物学」が1990年代に医学分野にもたらした、新しい発想があった。

顕微鏡を用いて「病変部のパターンを認識する」病理学のほか、経験的に得られた膨大な知見を体系的に構築し、発展してきた医学の世界に、「ヒトの体は分子でできている」という世界観が入り込んできたのである。言い換えれば、「病理組織を観察する」という従来の方法に、「その組織は一体どんな分子でできているのかを特定する」という新たな方法が加わったわけだ。そして、その「どんな分子でできているか」を明らかにすること、つまり試料に含まれる多様な分子の種類や性質を解き明かすには、それらの質量を測定・分析して答えを導き出す「質量分析」が適している。

こうして、病理学的な「観察」と分子生物学的な理解をもたらす「質量分析」を融合させ、分子のありかを地図のように画像化できるイメージング質量顕微鏡の概念が生まれた。

分子をイオン化して分析分布を画像として検出する

従来の質量分析法で目的の分子を測定するには、分析に先立って試料をすりつぶし、それを成分ごとに分離するという前処理が必要だった。組織全体をすりつぶして分析してしまうと、ある分子が試料の特定の部位に高濃度で蓄積しているような場合でも、「どこにあったのか」わからなくなってしまう。いま顕微鏡で見ている試料の、現に見ている場所にある分子を、そのまま質量分析することができれば、「画像観察」と「質量分析」が両立するのに、と研究者たちは歯がみするような思いでいたにちがいない。

その点、レーザーを使う質量顕微鏡では、観察試料に直接レーザー光を当てて分子をイオン化、画像化して分析することが可能だ。とりわけ、開発プロジェクトが採用した「マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)」(島津製作所の田中耕一氏が開発し2002年ノーベル化学賞を受賞した技術を発展させた手法)では、レーザーを照射する場所にある複数の分子を同時にイオン化して分析し、それらの分布を画像として比較することすらできる。まさに「分子の地図」である。

イラスト:右2つが特定の質量を持つ分子の分布を示す画像データ「分子の地図」。左は対応する光学顕微鏡写真。
右2つが特定の質量を持つ分子の分布を示す画像データ「分子の地図」。左は対応する光学顕微鏡写真。

さまざまな分野で高まる解析ツールとしての期待

高性能の光学顕微鏡を備え、かつ大気圧下でイメージング質量分析画像が得られる、新しい計測分析装置「iMScope」(島津製作所)は、すでに基盤医学分野を中心に大きな貢献をなしつつある。「腹部大動脈瘤」の病変部位では、血液量が減少していることが発見された。この結果は、血流の改善による動脈瘤の進行・再発抑制の可能性、炎症を抑え血管を詰まりにくくする薬剤による動脈瘤予防の可能性などを示唆していた。この知見に基づき、浜松医科大学では、腹部大動脈瘤の新たな治療や予防に向けた臨床研究を開始した。ほかにも、薬の代謝や集積の過程を検証するなど、医薬品の研究開発でも活用され始めている。画期的な解析ツールとしての期待は、食品安全や有機材料の品質管理など、他の分野においても高まる一方だ。

イメージング質量顕微鏡「iMScope」
イラスト:イメージング質量顕微鏡
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