事業成果

副作用や経済負担の少ない医療を目指す

患部を直接治療するナノカプセル2017年度更新

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片岡 一則(公益財団法人川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター センター長/東京大学 政策ビジョン研究センター 特任教授)
CREST
医療に向けた化学・生物系分子を利用したバイオ素子・システムの創製
「遺伝子ベクターとして機能するナノ構造デバイスの創製」研究代表者(H13-18)
CREST
ナノ科学を基盤とした革新的製造技術の創成
「遺伝子治療実用化のための超分子ナノデバイス製造技術の創成」研究代表者(H18-23)
FIRST
「ナノバイオテクノロジーが先導する診断・治療イノベーション」中心研究者(H21-25)

ナノバイオテクノロジーによる医療の確立を目指す

1966年、アメリカで製作された映画「ミクロの決死圏」は、縮小した人間が体内に入り、病気の患者を治療するという当時としては斬新なアイデアで、高い評価を得た映画だ。この映画はもちろんSFとして描かれているのだが、このSF映画に近い医療技術が確立されようとしている。しかも、映画のタイトルとなっているミクロよりさらに小さいナノレベルでである。ひと口にナノと言ってもピンと来ないかもしれないが、人間の細胞の大きさが約6,000nm~25,000nm、インフルエンザウイルスが約100nmというと、いかに小さい単位か理解できるだろう。

片岡一則教授は、この原子や分子レベルのナノカプセルを創出し、患部に直接薬や遺伝子を届けるドラッグデリバリーシステム(DDS)と遺伝子デリバリーシステムの確立を目指しているのだ。これらの研究は2012年3月に「フンボルト賞」を、同年7月にはナノテクノロジー分野において世界的に評価を受ける顕著な研究業績を挙げたものに授与される「第9回江崎玲於奈賞」を受賞した。

「いつでも、どこでも、誰にでも」を実現するナノメディシン

ナノバイオテクノロジーが目指すのは単に病気を治すことだけではなく、いかに患者に負担をかけず迅速に社会復帰ができるようにするかということにある。そのために、病気の診断をする「ナノ診断システム」、薬剤を患部まで運び内科治療を行う「ナノDDSシステム」、ナノDDSを使用し患部を外科治療する「ナノ低侵襲治療システム」、病気により失われた患部を再建する「ナノ再建システム」の4つの研究を柱としたシステムの構築を目指しているのだ。これらが実現することにより、副作用の低減、治療費・入院費の低減、入院期間の短縮など医療費全体を圧縮することができ、「いつでも、どこでも、誰にでも」というナノバイオテクノロジーが目指すナノメディシンが達成されるのである。

立体パズルのように高分子のピースが集まってカプセルを形成

図:立体パズルのように高分子のピースが集まってカプセルを形成

がん細胞の核に直接薬剤を届けるナノDDS

国民の死因の第1位である「がん」に対しても、ナノバイオテクノロジーは非常に有効である。現在のがん治療は外科手術以外に、抗がん剤治療を行うのが一般的であるが、がん細胞だけでなく健康な細胞まで攻撃するため激しい副作用を伴うという大きな欠点があった。これにより患者は一般的な生活を諦めざるを得ず、高額な医療費と共に大きなダメージを得てしまう。

一方、ナノDDSでは、薬剤をがん細胞に届けるだけでなく、その核となる部分に直接作用させる事ができるため、大幅に副作用を低減することができる。しかも薬剤の量も遥かに少量で済むために経済的な負担も軽減することができるのだ。またこの技術では、薬剤以外に遺伝子を運搬することも可能なため、今最も注目されているiPS細胞を使用した再生医療と組み合わせることにより、体内で細胞分化を制御できるようになる可能性があるという。その他にも、体内で何が起こっているかモニターすることも簡単にできるようになったり、人間の手の届かない領域の手術まで可能にしたり、まさに医療を根本から変えてしまう夢のシステムなのだ。

がんの超早期・精密診断とピンポイント治療

図:がんの超早期・精密診断とピンポイント治療

「モノづくり」ではなくシステムを構築するプロジェクト

このプロジェクトは片岡教授を中心にしたCRESTで始まり、内閣府の最先端研究開発支援プログラム(FIRSTプログラム)で大きく進展をした。現在はさらに、文部科学省のCOIプログラムで、その成果をさらに進化させた「スマートライフケアを実現するナノマシン開発」が進められている。そのなかで最も大切に考えているのはシステムの構築であると片岡教授は言う。薬剤を運ぶ分子の開発も当然重要だが、それらを使用した医療システムの確立を目指さなければならないと考えているのである。つまり、それぞれのパーツを作ることを目的とするのではなく、それらを統合したシステムを創り上げることが目標なのである。

もしこれからの医療の中心となり得るナノバイオテクノロジーのシステムや技術、ノウハウや特許などが諸外国に押さえられた場合、日本として支払う対価は莫大なものになりかねない。逆に言うと日本がそれらのグローバルリーダーであるなら、世界を大きくリードすることができるのだ。片岡教授が推し進めるプロジェクトはまさに国家的プロジェクトなのである。