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ライフサイエンス

スプレーするだけでがん細胞を可視化

乳がん手術の取り残し改善に光

画像:浦野 泰照
浦野 泰照(東京大学大学院薬学系研究科・医学系研究科教授)
さきがけ
構造機能と計測分析「細胞生命現象解明に向けた高次光機能性分子の精密設計」研究者(H16-19)
研究加速
「光機能性プローブによるin vivo微小がん検出プロジェクト」研究代表者(H21-26)
CREST
疾患における代謝産物の解析および代謝制御に基づく革新的医療基盤技術の創出「臨床検体を用いた疾患部位特異的な代謝活性のライブイメージング探索技法の確立と創薬への応用」研究代表者(H26)
※本課題は2015年度より、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構に移管されました

極めて迅速にがん部位を検出できる世界初の蛍光試薬を開発

がんは早期発見・治療が大切な病気だ。転移前であれば原発巣を、転移後でも転移微小がんを取り除くことができれば、予後は劇的に改善することができる。最近では治療法もより負担が少ない内視鏡・腹腔鏡手術へとシフトしており、がん部位の精密検出法の確立が強く求められていた。

現在のがんの検診法で検出可能ながんは1cm程度が限界で、数mmサイズを見つけることは極めて難しい。がんの再発を防ぐためには、1mm程度の転移極小がんもすべて取り除く必要があるのだが、これまでは手術する医師の経験が頼りで、見落としや取り残しが問題となっていた。

研究加速で、浦野泰照教授と米国国立衛生研究所(NIH)の小林久隆主任研究員は共同で、短時間でがん細胞のみを検出する画期的な試薬の開発に成功した。生体内の物質を可視化する蛍光色素「有機小分子蛍光プローブ」を患部に少量スプレーするだけで、がんの部分だけを光らせることができるのだ。 局所散布するだけでがん部位が目に見えるほど明るく蛍光を発するようになるのは世界初の技術で、まさに画期的なものであった。

がん部位の蛍光検出画像
画像:がん部位の蛍光検出画像
プローブ試薬をスプレーすると1分程度でがん部位が強く蛍光を発するようになる。目視による微小がん部位の発見も可能だ。(卵巣がん腹膜播種モデルマウス)

1mm以下の微小がんも数十秒から数分で検出

この時、浦野教授らが注目したのは、肺がんなど、多くのがん組織で活性が強まるタンパク質分解酵素「γ–グルタミルトランスペプチダーゼ(γ–glutamyl transpeptidase:GGT)だった。教授自身が確立したオリジナル蛍光プローブ設計法に基づいて開発したのが、生きている細胞のGGT活性を緑色蛍光として検出する世界初の蛍光イメージング試薬である。この試薬は、それ自身は無色・無蛍光だが、GGTと出会うことで強い緑色蛍光を発する分子に変化する。これによって、GGT活性を持つ細胞のみが短時間で蛍光染色されるのだ。

この試薬はモデルマウスで試され、その結果、がんの存在が疑われる部位にスプレーすると1mm以下の微小がんも数十秒から数分程度で明確に検出されることがわかった。非常に強く光るがんの部位は、蛍光内視鏡はもちろんのこと、目視でも十分に確認できたのだ。さらに、この試薬はモデルマウスの露呈していない体内のがん部位を可視化し、これを鉗子で除去する模擬手術にも成功した。

実際の乳がん手術でも有効に機能

開発した蛍光イメージング試薬の有効性は、がんのモデルマウスによってその機能を証明された。しかし,人間のがんの性質は極めて多様で、実際の手術時にも有効であるかどうかはわからない。浦野教授は九州大学病院別府病院の三森功士教授らと共同で、人のがんの検体でその有効性を確かめることを試みた。その結果、乳腺手術の際に摘出した臨床検体に対して、この試薬をスプレーしたところ、散布から1〜5分程度で1mm以下の微小がんも強い蛍光強度で光り、周囲の乳腺や脂肪など正常部位と乳がんをはっきりと識別することができた。この手法によって、乳管という小さな管の中にある1mm以下のがん組織も検出可能であることがわかった。

実際の乳がんの乳房部分切除術においては、数cm大の検体の中の1mm以下の小さな病変を検出する必要がある。がん細胞を確実に切除できたかどうかを確認するために、切除標本の切り口にがん細胞が含まれていないかを手術中に診断しなければならない。しかし、病理医が不足している現在ではすべての標本を調べることは難しく、残っているがんを見逃してしまう可能性があるのだ。この試薬は、病理診断での見落としをなくし、手術での取り残しを防ぐことを可能にするまさに画期的なものだといえる。

蛍光試薬による手術検体中の小さながんの検出
画像:蛍光試薬による手術検体中の小さながんの検出
約5cmの大きな検体(左図)、右下の赤枠の中に小さながんが隠れている。肉眼ではわからないが、試薬をスプレーし、5分ほどすると蛍光が強い部分がいくつか検出された(右図)ので、この部分を詳しく病理検査してみた。
上記写真の拡大図と病理組織染色結果
画像:上記写真の拡大図と病理組織染色結果
肉眼では検出することのできない1mm程度の小さながんを検出することに成功(左図の赤色と黄色の蛍光が認められた部位ががん部分。そのうちの赤色の部分を病理組織染色したところ、右図のがん部位との一致をみた)。

市販化へ向けて産学が連携して臨床評価を実施

蛍光による検出が迅速簡便で、しかも安価で行えることから、この技術が一般的ながん検出手法として普及することに大きな期待が寄せられている。現在、臨床用医薬品としての市販化をめざして、産学が連携して安全性や薬効を検討する臨床評価を進めているところだ。一方でターゲットとして利用しているGGTをほとんど発現しないがん細胞種(大腸がん、卵巣がん、胃がんのそれぞれ一部)も存在するため、このようながん組織の可視化を実現する新たな試薬の開発も始まっている。将来的には、ほとんどのがん部位を短時間で検出できるようになるだろう。いずれにしても、この試薬の開発は、多くのがん患者の福音となり、がんという病気の未来を大きく変えることになりそうだ。

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