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エネルギー問題解決へ

光合成最大の謎を解明2016年度更新

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沈 建仁(岡山大学 大学院自然科学研究科 教授)
さきがけ
生体分子の形と機能
「生体光エネルギー変換の分子機構—光化学系II 膜タンパク質複合体の構造と機能の解明及びその応用」研究者(H14-17)

謎多き光合成への挑戦

光合成とは、光のエネルギーを利用して水を分解し、酸素を作り、二酸化炭素を有機物に固定する反応で、地上の生命活動を根幹で支えている。その基本的な構成は18世紀終わりにはすでに明らかになっていたが、その後、光合成の研究はさかんに行われ、現在では化学反応を分子レベルで紐解き、非常に複雑なタンパク質群によって行われていることが分かってきた。今では、小学生ですら理科の時間に「光合成」を学ぶ。しかし、光合成の最重要な酸素発生の化学反応を担うタンパク質群の構造は、解明できない謎として長らく残されてきた。

沈 建仁教授は、20年にわたり、この謎を解き明かす研究に挑み、2011年、光合成に最重要な光化学系II膜タンパク質複合体(PSⅡ)の構造をついに突き止めた。Science誌はこの成果を、小惑星探査機「はやぶさ」と共に2011年の科学10大成果に選出した。この成果は、光合成の人工的な制御技術の開発に向けた大きな一歩であり、今後のエネルギー問題解決に向けた研究開発の方向性を変えるかもしれない。

光合成の明反応の流れ

図:光合成の明反応の流れ

光合成は明反応と暗反応の2段階で成り立っている。明反応はその名のとおり太陽の光を利用して水を分解し、酸素や生命活動のエネルギーとなるATP(アデノシン3リン酸)などを合成する反応で、PSⅡはその最初の段階で水を分解して酸素をつくる触媒としてはたらく。

こだわり続けたPSⅡ結晶化と「さきがけ」との出合い

植物において、光合成の最初の反応を担うタンパク質複合体はPSⅡと呼ばれ、光エネルギーを使って水を分解し、酸素を生成している。PSⅡがいかにしてこの反応を触媒しているか解き明かすには、PSⅡの構造を精緻に知らなければならない。しかし、構造を調べるには、PSⅡを壊すことなく細胞から取り出し、高品質の結晶を作製する高度な技術が必要であり、非常に困難であった。沈教授はもともと農学部の出身であり、結晶化に必要な化学の知識や技術がほとんどなかったが、200年来の謎に魅せられ、20年以上もの間、黙々と結晶化の研究に没頭してきた。その間、並々ならぬほどの苦労の連続だったに違いない。実際、所属していた研究室の解散が迫り、結晶化研究を放棄しようかとも迷ったという。その岐路にあった2002年に、沈教授はさきがけに採択され、財政面や精神面で強くバックアップされた。さきがけでは研究総括が研究者を選出し、研究期間中に研究者を叱咤激励する。沈教授は、期間中にすぐに成果が出なくても、研究総括から受けた高い評価が大きな励みになったという。成功の影には、先駆的・独創的な個人型研究を支援するというさきがけの基本理念があった。

PSⅡの全体構造

PSIIの全体構造

PSⅡは19個のタンパク質の複合体で、2つが左右対称につながっている。黄丸が触媒のはたらきを中心になって行う部分で、4個のマンガン原子などから成ると推測されたが、構造は解明されていなかった。

世界との競争の中で達成した1.9Å

結晶化研究はドイツやイギリスの研究機関との激しい競争でもあった。2001年にドイツが分解能3.8Å(オングストローム。 1Åは0.1ナノメートル。値が小さいほど高精度に解析できる)、2003年(さきがけ時代)に沈教授が 3.7Å、2004年にイギリスが3.5Å、2005年にドイツが3.0Å、2009年にドイツが2.9Åと互いに抜きつ抜かれつの競争が繰り広げられた。成功しないジレンマの中でも沈教授の粘り強い研究は続き、2011年、1.9Åという驚異的な数値で記録を大きく塗り替えた。

1.9Åという数字が示す意味は非常に大きい。実は、それまでの分解能では、原子レベルの配置は分からなかった。しかし、1.9Åならば、原子1つひとつの種類や原子間の距離まで調べることができる。解析の結果、PSⅡの酵素発生触媒中心の構造は4個のマンガン原子と1個のカルシウム原子、5つの酸素原子が「ゆがんだ椅子」のような、不安定な形を作っていることが見出された。光合成研究における200年来の謎にピリオドが打たれた瞬間であった。

酸素発生触媒中心の構造「ゆがんだ椅子」

イラスト:酸素発生触媒中心の構造「ゆがんだ椅子」

沈教授らの研究によって明らかになった、PSⅡの酸素発生触媒の中心となる部分の構造。4個のマンガン原子と1個のカルシウム原子、5つの酸素原子が「ゆがんだ椅子」のような形を作っている。

世界のエネルギー問題を解決に導く人工光合成の実現に向けて

PSⅡの反応中心が持つ構造の不安定さこそ、追い求めていた酸素発生機構の鍵だと期待されている。沈教授は、この仮説を検証すべく、研究をさらに進めている。その先に、人工光合成技術の確立が実現すれば、石油や石炭のように二酸化炭素を発生させることのない、本当の意味でのクリーンエネルギーが実現するかもしれない。

光合成は生命活動の根源であり、多くの生物がその恩恵にあずかってきた。これからは未来エネルギーの礎として、さらに私たちの暮らしを支えてくれることになるだろう。

※化学反応の速度を上げる物質でそれ自体は変化しないもの。また、その作用。望みの生成物だけを作り出す選択性を合わせ持つ。