事業成果

環境にやさしい内燃機関へ

乗用車用エンジンの熱効率50%超を達成2019年度更新

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飯田 訓正(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 特任教授)
石山 拓二(京都大学 大学院エネルギー科学研究科 教授)
金子 成彦(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
大聖 泰弘(早稲田大学 研究院次世代自動車研究機構 特任研究教授)
SIP
革新的燃焼技術

背景と経緯

自動車の電動化が進む中で、2040年でも世界の全自動車保有台数の約89%は、内燃機関が搭載されると予測されています。従って、世界のCO2排出量を減らすためには、内燃機関の熱効率向上は不可欠です。

熱効率を飛躍的に向上させるには、燃焼過程で動力に変換されないで捨てられているエネルギー損失を極限まで低減できる新しい燃焼コンセプトを創出し、さらにその燃焼過程をこれまで以上に高度に制御することで、そのコンセプトを実現する必要があります。

そのためには、熱の移動、流体の挙動、物質の移動、化学反応、およびこれらの相互作用によりエンジン内で高速に進行する燃焼現象を科学的に解明し、その基礎的知見に基づく技術開発が重要です。また、エネルギー損失を低減するには、高速に動くエンジンの仕組み上どうしても発生する、摩擦によって失われるエネルギーを減らす技術、および排気として放出されるエネルギーを有効利用するターボ過給や熱電発電といった技術の開発も必要です。

熱効率向上は、これらの知見を統合することで初めて成し遂げられる、複合的な科学技術の粋と言えます。

図1

世界予測による自動車保有台数の構成。2040年でも内燃機関は主力となっている。
(出典: ‘International Energy Agency (2018) , Global EV Outlook 2018、また以下データを用いてJSTで作成, 'International Energy Agency (2017), Energy Technology Perspectives 2017, OECD/IEA, Paris')

研究の内容

上記のような背景により、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「革新的燃焼技術」では、機械工学やエンジン工学のみならず、燃焼科学、伝熱科学、反応化学、流体力学、トライボロジー、高分子化学、計算科学など、多種多様な分野にまたがる大学・公的研究機関(以下、大学等)に属する研究者が結集して、熱効率向上のための研究開発を行ってきました。

また、JSTとの連携協定に基づき、自動車用内燃機関技術研究組合(AICE)が、大学等に対し、産業界のニーズの提示、実験装置の提供、安全確保の支援、また実機検証の支援などを行ってきました。

このような産産学学連携の体制により、以下のような研究成果を得て、さらにこれらの成果を、排気の温度・流量や燃焼によって発生する圧力などの条件を一致させ、かつ相乗効果や背反も考慮して統合することによって、ガソリンエンジンでは51.5%、ディーゼルエンジンでは50.1%の正味最高熱効率を達成することができました。

1.ガソリン燃焼の高効率化に関する研究開発
燃焼コンセプト:「超希薄燃焼(スーパーリーンバーン)」
コンセプト実現のための課題:従来の点火技術だと着火しにくい。大きな放電エネルギーを与えて部分的に着火させても、火炎が伝播するときと消炎し伝播しないときの変動が大きく、燃焼が安定しない。
実施内容と成果:超希薄燃焼場に強力なタンブル流(縦渦)を導入した、高乱流・希薄燃焼の現象を解明。その結果に基づき、安定着火を可能とする点火技術を開発。これにより、エネルギー損失の低い低温燃焼となる超希薄燃焼を実現し、熱効率向上の実証に成功。
2.ディーゼル燃焼の高効率化に関する研究開発
燃焼コンセプト:「高速空間燃焼」
コンセプト実現のための課題:エンジン燃焼室の壁近くでの火炎の滞留や後燃えによって、エネルギー損失(冷却損失)が生じたり燃焼エネルギーの仕事への変換効率が低くなったりする。
実施内容と成果:燃料噴霧の発達や燃料濃度の分布に関する詳細な解析と実験により、燃料噴射の在り方と火炎形成の関係を解明。また、後燃えの要因を特定。その結果に基づき、燃料噴霧が空気を巻き込みながら最適に分散する、燃料噴射技術を開発。これにより、火炎が壁から離れて配置され、かつ後燃えを低減する高速空間燃焼を実現し、熱効率向上の実証に成功。
3.損失低減に関する研究(ガソリン燃焼とディーゼル燃焼の両方に共通)
3-1.機械摩擦損失の低減に関する研究
研究開発概要:固体潤滑剤と軟質金属から構成される高耐久の低摩擦層およびその表面改質技術の開発などにより、エンジンの摺動表面に低摩擦機能を付与し、機械摩擦損失の55.5%低減を実証。
3-2.排気エネルギー有効利用に関する研究(ターボ過給の高効率化)
研究開発概要:流体解析に基づき翼列、流路を新たに設計するとともに、伝熱と軸受での摩擦を考慮したターボ過給機システムを構築。市販ターボ過給の効率を10ポイント以上上回る、最大69%程度の効率値を実証。
3-3.排気エネルギー有効利用に関する研究(熱電変換システムの高効率化)
研究開発概要:発電温度域を中低温に拡大できる、新たな素子およびモジュールを開発。排気熱との熱交換システムを含めて、最大1.3%程度の熱効率相当の性能があることを実証。
図2

正味最高熱効率50%超を達成した技術の概要

図3

プロジェクト参画機関は日本全国に跨り、参画者数は5年間の累積で延べ1300名にのぼる。
多様なメンバーの力を融合するため、産学のメンバーが自由に利用できる研究拠点(オープンラボ)が整備された。

今後の展開

本プロジェクトで得た最先端の知見や技術などは、企業での競争領域の開発研究や設計に取り込まれ、乗用車としての性能開発、信頼性・耐久性や、製品としての量産性などを確保する方策と合わせて検討され、製品化に結びつきます。

また、各成果をさらに発展させるための産産学学連携による研究開発を、本プロジェクト終了から間をおかずに開始・持続できるようにする、産学での検討も進んでいます。

その他の成果

本プロジェクトでは、上記の他に以下のような成果も得ています。

(詳細はURL:https://www.jst.go.jp/sip/k01.html

  • 自動車エンジンの3次元燃焼解析ソフトウェア「HINOCA(火神)」の構築
    先進的な流動・燃焼場を高精度に解析できる、科学的にも実用的にも優れた燃焼解析ソフトウェア
  • 自動車エンジン燃焼のモデルベース制御システム「RAICA(雷神)」の構築
    過渡状態や外乱のある環境においても、目指す理想的な燃焼を保持することができる新たな制御システム