事業成果

宇宙線ミューオンによる透視技術の開発

クフ王のピラミッド内に巨大空間を発見!2018年度更新

画像
中村 光廣(名古屋大学 未来材料・システム研究所 高度計測技術実践センター 教授)
先端計測分析技術・機器開発プログラム
要素技術タイプ「大型構造物を高速に透視するための原子核乾板要素技術の開発」チームリーダー(2011-2015)
先端機器開発タイプ「原子核乾板を用いた高精度宇宙線ラジオグラフィシステムの開発」チームリーダー(2016-2020)

非破壊で構造物を透視する

世界最古の石造建築であるエジプトのピラミッド。その中でも約4,500年前に建造されたクフ王のピラミッドは、高さ約150mを誇る最大のものだ。その内部に長さ30m以上の巨大な空間が発見されたというニュースは、英科学誌「Nature」のオンライン版で発表されると同時に、世界中の人々に驚きを与えた。この空間を発見したのが、中村光廣教授らが開発した原子核乾板を用いたミューオンによる透視技術だ。

透視の技術として真っ先に思い浮かぶのはX線によるレントゲン撮影だろう。しかし、X線が透過しない厚さのものは撮影できない。ビルの内部や古代遺跡の中など巨大な構造物の透視では何を使えばいいのだろうか。その答えとなるのが、宇宙から降り注ぐ素粒子の1つである「ミューオン」だ。X線よりも遥かに高いエネルギーを持ち、巨大な構造物でも透過する。

そして、ミューオンを記録するのが「原子核乾板」という特殊フィルム。中村教授の研究室では、「原子核乾板」を使いニュートリノなどの素粒子研究で数多くの成果を上げている。ミューオンも素粒子の1つなので、「原子核乾板」を使えばミューオンによる透視ができるかもしれないと考え、中村教授らの研究チームは2007年頃から研究に着手。現在までに火山やピラミッド、原子炉などの透視に成功するなど、「原子核乾板」を使った透視技術は、世界でも中村教授らしかできないオンリーワン技術として大きな注目を集めている。

図1

北側から撮影されたクフ王のピラミッド ©Kunihiro Morishima

伝統の技術を最先端技術に

「原子核乾板」は古くから使われており、レントゲン撮影の写真フィルムと考えると分かりやすい。厚さは約0.3mmと非常に薄く、透明なプラスチックシートに乳剤層を塗布することで素粒子の飛跡が記録されるようになっている。もちろん対象が素粒子なのだから高い性能が要求され、ミューオンの飛跡の場合、1μm(0.001mm)以下の高精度で記録できる。しかも、軽量かつコンパクト、電源不要という大きなメリットがあるため、屋外や狭い空間でも使える。ただし、最大の課題がミューオンの読み取りに膨大な時間がかかることだ。

中村教授らは、2011年からJSTの先端計測分析技術・機器開発プログラムの中で、従来の100倍高速でデジタルデータ化できる独自の超高速自動読み取り装置の開発に成功している。計測から解析までのトータル時間を大幅に短縮できた結果、多くの大型構造物で透視実験をすることが可能になった。

図2

自動読み取り装置の外観

ミューオンラジオグラフィシステムの原理

世界が注目する日本発の技術

2015年から始まったエジプトのピラミッド群を対象にした「スキャンピラミッド」という国際プロジェクト。様々な最先端技術を活用してピラミッドを傷つけずに調べるというもので、中村教授のチームメンバーである名古屋大学の森島邦博特任助教らが参加した。プロジェクトで活用された技術の中でも、中村教授らの透視技術は広い範囲を調べることができ高精度であることから、空間を見つける可能性があると強く期待されていた。森島助教らは「原子核乾板」をクフ王のピラミッド中心部にある「女王の間」に設置し、記録した1100万本のミューオンを分析した。その結果、飛んでくるミューオンの数が多い場所があり、それが未知の大空間があることを突き止めた。この空間はまだ見つかっていないクフ王の王室の可能性もあり、今後さらに詳細な構造などを調べる計画だ。

図4

ピラミッドの断面図。赤部分が設置場所

図5

屈折ピラミッド内で原子核乾板を設置する様子
© Scan Pyramids Mission / Ph.Bourseiller

火山観測や地下空洞などの社会インフラの点検技術としても期待

この透視技術は、さらなる高精度化やシステム化をめざしJSTのプログラムで開発が続いている。ピラミッドなどの遺跡調査は、この技術の応用例の1つにすぎない。例えば、東日本大震災で事故を起こした原子炉内部を観測、炉心溶融が起きていたことを確認した。道路の陥没事故を未然に防ぐための空洞調査や、火山のマグマの様子をとらえて噴火の予測に役立てようとする実験も進行中だ。将来的には、富士山の調査でも検討しているという。もともとは素粒子の観測のための基礎研究が、思いもよらぬ形で私たちの生活に役立ちそうだ。