事業成果

カーボンナノチューブ製造のテンプレート

世界初!カーボンナノベルトの合成に成功2018年度更新

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伊丹 健一郎(名古屋大学大学院 理学研究科 教授 /トランスフォーマティブ生命分子研究所 拠点長)
ERATO
「伊丹分子ナノカーボンプロジェクト」研究総括(2013-2019)

カーボンナノチューブ生産の鍵「カーボンナノベルト」

2017年の4月、科学雑誌「Science」のオンライン速報で公開されたレポートが各国の研究者を驚かせ、そのニュースは瞬く間に世界中を駆け回った。伊丹健一郎教授率いる研究グループが世界で初めてカーボンナノベルトの合成に成功したのだ。

炭素原子がチューブ状に連なるカーボンナノチューブは、その軽量で強靭な特性に加え、熱や電気を通しやすいことから次世代の材料として大きな期待が寄せられていた。しかし、その導電性や強度などの性能は、直径や構造によっても違ってくる。これまでの製造方法ではどうしても直径や構造が異なるカーボンナノチューブが混在してしまい、産業応用の壁になっていた。そこで注目されたのが「カーボンナノベルト」だった。

図1

カーボンナノベルトの合成の経路

世界中の研究者たちが追い求めた夢の物質

カーボンナノベルトはカーボンナノチューブの一部であるため、これをテンプレート(ひな形)として延ばしていけば、設計どおりの構造を持つカーボンナノチューブのみを製造することが可能になる。カーボンナノベルトのアイデアが初めて文献に登場したのは約60年前。世界中の研究者が合成に挑戦してきたが、ベンゼン環は筒状になることで大きなひずみが生じるため、合成は極めて困難とされてきた。伊丹教授らの研究チームは12年の歳月をかけて、この夢の分子の合成に成功したのだ。
※ひずみ:分子中の原子の結合が異常な角度を形成する時に存在する不安定性の一種

図2

カーボンナノチューブは炭素原子(図の球の部分、棒は化学結合)だけでできている。

図3

さまざまな直径や構造を持つカーボンナノチューブ。導電性や強度などそれぞれ性質が違ってくる。

画期的な戦略で拓けた合成成功への道

伊丹教授がカーボンナノベルトの研究を始めたのは、2004年のこと。ノーベル化学賞を受賞した名古屋大学・野依良治先生の研究室への誘いがきっかけだった。面接に臨むにあたって、オンリーワンをめざす研究テーマが必要と考え、カーボンナノリングとカーボンナノベルトの合成を提案し、採用されたのだ。さらに、JST「さきがけ」にも採択され、アドバイザーから「ホームランを狙え」と励ましを受けたのも大きな支えになったという。

しかし、カーボンナノベルト合成の道のりは険しく、膨大な数の化学反応を試してみたが、失敗の連続で目的地にたどり着けそうになかった。合成の鍵になったのは、最初にひずみのない環状の分子を合成し、次に筒状の構造に変換するという画期的な戦略だった。伊丹教授のグループは、安価な石油成分パラキシレンを材料にして、最終段階では臭素とニッケルを使う、11段階の化学反応で合成を成功に導いた。合成されたカーボンナノベルトを分析した結果、カーボンナノチューブと同じ筒状の構造を持つことに加え、強い構造を持つことや構造全体に電子が通ることも明らかになった。

新たな分野を切り拓くカーボンナノベルトの可能性

このカーボンナノベルトをテンプレートにして炭素を結合し、チューブ状に延ばすことができれば次世代型ナノチューブが誕生することになる。これは軽くて折り曲げも可能なディスプレイや省電力の超集積CPUの開発、バッテリーや太陽電池の効率化などさまざまな分野で大きな成果につながるだろう。

さらに、カーボンナノベルト自体も様々な可能性を秘めている。今回合成されたものは紫外光を当てることで赤く光る性質があり、発光材料や半導体の材料として応用することが可能だ。この画期的な成果により、カーボンナノベルトは「分子ナノカーボン科学」という新たな分野を切り拓いていくことになるだろう。

図4

左がカーボンナノベルトの構造解析図。中央の赤い固体が合成されたカーボンナノベルト、紫外光を当てると右のように赤く光る。