事業成果

エネルギー問題解決へ

送電ロスをゼロにする超電導線材2016年度更新

住友電気工業株式会社/故 笛木 和雄(東京大学 名誉教授)/故 北澤 宏一(東京大学 名誉教授)/故 前田 弘故 北澤 宏一(東京大学 名誉教授)/ 故 前田 弘
独創的シーズ展開事業 委託開発
「酸化物超電導材料(Bi系超電導線)の製造技術」開発実施企業・代表研究者(H3-8)
故 北澤 宏一(東京大学 名誉教授)
CREST
極限環境状態における現象「電子波の位相と振幅の微細空間解像」研究代表者(H7-12)
SORST
「電子波の位相と振幅の微細空間解像手法の応用展開」 研究代表者(H12-15)

地球規模の送電を可能にする高温超電導線材

電気抵抗とは電気の流れにくさを表す言葉である。一般的にすべての物質はこの電気抵抗があり、長さに比例して抵抗値は上がっていく。つまり、発電所で発電された電気は、自宅や会社に届く際にはいくらかのロスが必ずあるのだ。これを送電ロスと言うのだが、現在日本では約5%がロスされていると言われている。たった5%のように感じるが1年間で約458.07億kWhにもなり、これは100万kW級の発電所がフルに稼動して5年以上かかる計算になるのだ。この送電ロスをゼロにできれば、世界的なエネルギー問題の多くを解決できるのだ。

その答えの1つが超電導を利用した高温超電導線材である。超電導とは特定の物質を超低温に冷やした際に電気抵抗がゼロになる現象を指し、この原理を利用すれば低損失の送電線が実現可能になる。

この技術を利用すれば地球規模の電気革命も起こせると考えられている。「サハラ・ソーラー・ブリーダー計画」と呼ばれるその計画は、太陽光発電の巨大なシステムをサハラ砂漠につくり、その電気を高温超電導線材を使い世界中に送電するという夢のプロジェクトだ。計算上、サハラ砂漠の4分の1の面積で世界中の電力を賄うことができる。数千kmの送電が可能になれば決して不可能なことではないのだ。

サハラ・ソーラー・ブリーダー計画

図:サハラ・ソーラー・ブリーダー計画

委託開発による実用化

この高温超電導線材の研究は、北澤宏一教授、笛木和雄教授、高野幹夫教授、前田弘氏との共同研究であった。この研究テーマ「酸化物超電導材料(Bi系超電導線)の製造技術」は1990年度の委託開発制度に採択され、住友電気工業株式会社が委託会社として研究開発を進めた。Bi(ビスマス)系超電導は、それまでの実用化された超電導と比較して100℃以上高温で超電導状態になる一方、加工が非常に難しく、実用化までの道のりは決して平坦なものではなかったのである。

より高温の超電導を目指してビスマス系線材を実用化

材質によって超電導状態になる温度は大きく異なる。酸化物超電導が発見される以前に主流であった金属系超電導は–269℃まで冷やさないと超電導状態にならなかった。そのため非常に高価な液体ヘリウムを使用する必要があり、大きなコストがかかるという問題があった。一方、ビスマス系酸化物は–163℃で超電導状態になるため、液体ヘリウムと比較して安価な液体窒素を利用でき、開発に成功すれば大きなコストダウンが実現すると考えられていた。しかし、ビスマス系は5つの元素からなる非常に複雑な構造のセラミックスであり、加工が難しい素材であった。硬くて、脆い。これがセラミックスの常識であり、その実用化にはじつに10年以上の歳月がかかったのである。この硬くて、脆いセラミックスを用いた曲げに強く、2kmを超える長尺線の開発は、住友電工が持つ国内最高レベルの線材加工のノウハウがあってこそと言っても過言ではない。まさに研究者と企業が一体となってはじめて実用化された技術なのだ。

高温超電導ケーブル①

高温超電導ケーブル1

日本の企業として米政府プロジェクトに初参加

2001年カリフォルニア州で、2003年には北米で大規模な停電が起こった。原因はシステム障害や配送電線の老朽化など、さまざまなことが言われているが、驚くことにアメリカでは日本では殆ど起こらなくなった停電が現在も頻繁に起こっているのである。このような現実に対しアメリカはエネルギー戦略として2030年までに超電導ケーブルによる送電を全米に構築するプロジェクトを進めている。そのプロジェクトの一環としてニューヨーク州オールバニ市において、世界初の実用送電路を使用した超電導ケーブルの実験が行われた。住友電気工業は委託開発制度で開発した高温超電導線材を携え、日本の企業として初となる米政府プロジェクト参加を実現したのである。

オールバニプロジェクトと名付けられた国際共同プロジェクトで、わずか350mであるが超電導ケーブルを実際に敷設し、実用に耐えられることを証明したのだ。この超電導ケーブルは、現在もまったくトラブルを起こすことなく無人で運転され続けている。2012年、日本国内でも初めて超電導送電の実証試験が開始され、世界中を超電導線材でつなげることは、もはや夢物語ではなくなったのである。

高温超電導ケーブル②

高温超電導ケーブル2