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ライフサイエンス

自己複製か細胞分化か

光で神経幹細胞をコントロール

画像:影山 龍一郎
影山 龍一郎(京都大学ウイルス・再生医科学研究所)
CREST
「生命システムの動作原理と基盤技術」領域
「短周期遺伝子発現リズムの動作原理」研究代表(H18-23)
「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」領域
「細胞増殖と分化における遺伝子発現振動の動態解明と制御」研究代表者(H24-29)

神経幹細胞の謎を解き明かせば再生医療が可能になる

脳を構成する神経細胞は「神経幹細胞」と呼ばれる細胞が、胎児期に成長することで作られる。この神経幹細胞は自己複製を行うことが可能で、かつ脳を構成する主要な3種類の細胞「ニューロン」「アストロサイト」「オリゴデンドロサイト」を生み出す多分化能を持つ。つまり、神経幹細胞は自己複製能(分化することなく自分のコピーを作る)と多分化能(様々な細胞に分化できる)という、まったく異なる能力を持つのだ。

しかし、神経幹細胞がどのようなメカニズムで自己複製能と多分化能を保持し、細胞分化をするときに3種の選択肢から一つを選ぶのか(細胞分化運命決定)が分かっていなかった。このメカニズムを解明できれば、脳神経系の発生機構の解明につながるだけでなく、脳損傷や神経変性疾患に対する再生医療の実現に向けた基盤的知識になる

神経幹細胞の自己複製と細胞分化の制御については、これまでの研究で複数の特定のタンパク質(bHLH型転写因子)が関わっていることが分かっている。神経幹細胞の未分化性の維持とアストロサイトへの分化を制御するタンパク質は「Hes1」であり、ニューロンへの分化を制御するのは「Ascl1」で、オリゴデンドロサイトへの分化を制御するのは「Olig2」だ。ただ、これらのタンパク質がどのようなメカニズムで神経幹細胞の自己複製や細胞分化を促すのか、分からなかった。

図1
神経幹細胞は自己複製を行うことができ、かつ多分化能を持つ。

3種類のタンパク質がリズムを刻んでいることが重要

「戦略的創造研究推進事業(CREST)」は、わが国の社会的・経済的ニーズの実現に向けた戦略目標に対して設定され、一つの領域に強力な研究群団が並び立ち、国の政策実現に向け研究を推進する。

影山龍一郎教授らはCREST研究において、ホタルの発光タンパク質であるルシフェラーゼと、Hes1とAscl1とOlig2の3種類のタンパク質とを融合させた光るタンパク質を発現させるようにした、遺伝子改変マウスを作製し、タンパク質の発現動態を観察して解析した。すると3種類のタンパク質が周期的に増えたり減ったりしていたことが分かったのだ。Hes1とAscl1は2〜3時間周期で発現し、Olig2は5〜8時間周期で発現(発現振動)していた。

影山教授らは、次にこの3種類のタンパク質のいずれかを欠損させる実験も行った。すると、神経幹細胞の自己複製が減少した。このことから、複数の細胞分化決定因子を振動させることで、多分化能を備えつつも未分化性を保持し、自己複製すると考えられた。さらに、神経幹細胞が細胞分化するときの3種のタンパク質がどのように発現するのか解析すると、ニューロン分化のときには「Ascl1」が、アストロサイト分化のときには「Hes1」が、オリゴデンドロサイト分化のときには「Olig2」がそれぞれ蓄積することが明らかになった。細胞分化の誘導時には、どれか1種類のタンパク質の発現が上昇し、細胞分化を促進すると考えられた。

実験の結果から、同一因子が発現動態を変えることによって、神経幹細胞の自己複製を活性化したり、特定の種類の細胞に分化誘導したりすることが示唆された。例えば、「Ascl1」は発現振動すると神経幹細胞の自己複製を活性化し、蓄積するとニューロン分化を誘導すると考えられる。こうして自己複製能と多分化能の両立という神経幹細胞を幹細胞にするメカニズムが解明されることになり、世界的な注目を集めることとなったのだ。

図2
神経幹細胞において、Hes1、Ascl1、Olig2の発現は発現振動する。

神経幹細胞の増殖や分化を「光」でコントロール

さらに、影山教授らは光に応答する性質を持つタンパク質(hGAVPO)を用いて、「Ascl1」の発現動態を人工的にコントロールできるようにした。この実験をすると、3時間ごとに青色光を照射することで「Ascl1」の振動を、30分ごとに青色光を照射することで「Ascl1」の蓄積を神経幹細胞に誘導できた。

そして、神経幹細胞に青色光照射を行い、「Ascl1」の3時間周期の発現振動を誘導したところ、自己複製が促進されたのだ。また、「Ascl1」の蓄積を誘導したところ、ニューロン分化が誘導された。こうして、影山教授らは化合物や外来性のタンパク質を使わずに、青色光の照射パターンを変えるだけで、人為的に神経幹細胞の増殖や分化を自在にコントロールする画期的な方法の開発に成功したのだ。

図3
神経幹細胞から分化運命決定が行われる際には、発現振動を繰り返していたHes1、Ascl1、Olig2タンパク質のどれか1種類の発現レベルが上昇し、他の2種類のタンパク質の発現が消失する。
図4
遺伝学的発現操作技術を用いて、Ascl1を3時間周期で発現振動(オシレーション)させたところ、細胞増殖が促進された。また、Ascl1を蓄積発現させたところ、ニューロン分化が誘導された。

アルツハイマーなど神経細胞が関わる病気の治療へ

神経幹細胞の自己複製とニューロン分化誘導を「光」で制御できる技術は今後、脳損傷や神経変性疾患に対する再生医療研究に貢献することが期待される。また、脳内の神経幹細胞にも適応できる可能性があり、アルツハイマーやうつ病のような、神経細胞が関わる病気の治療などにも繋がると期待される。

タンパク質のHes1は神経幹細胞だけではなく、万能細胞(ES細胞やiPS細胞)や造血幹細胞、皮膚幹細胞などほとんどの幹細胞で発現が確認されている。この研究で見いだされた細胞分化決定因子の発現振動による制御機構は、他の種類の幹細胞においても普遍的に使用されているメカニズムであると考えられ、幹細胞研究全体への幅広い波及効果が予想される。

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