拠点事業紹介

iPS拠点事業

研究課題名

ヒト iPS 細胞等を用いた次世代遺伝子・細胞治療法の開発

研究目的・概要

研究目的
iPS細胞等を利用した再生医療を実現することを目指し、より安全で効率の良いiPS細胞樹立法、iPS細胞の安全性強化技術、iPS細胞を臨床応用するための分化誘導システムの開発を行う。また、患者から樹立できるiPS細胞は再生医療のみならず病態の解明、毒性試験、創薬など広範囲での利用が可能であり、研究材料としても極めて重要であることからiPS細胞等を保存するバンクを設置・運営する。これらの技術開発、バンク事業を部局横断的に連携して実施することで、トランスレーショナルリサーチの実現化を図る。

概要
本研究拠点では、以下の業務項目を研究計画に掲げている。

① iPS細胞に関する標準化
 (1)末梢血液細胞など採取の容易な細胞からiPS細胞を樹立する技術開発
 (2)無血清、無フィーダー培養でのヒトiPS細胞樹立法の開発
   これらの技術をベースとし、他拠点と連携、情報交換をしながらiPS細胞技術の標準化、品質管理の国内基準の制定を目指す。
   iPS細胞の特性評価法として以下について検討を進める。
   i) 分化能による評価
   ii) ゲノム(DNA)安定性解析による細胞の評価
   iii) microRNA発現プロファイリングのiPS細胞標準化への応用
② iPS細胞の各種長期培養におけるプロスペクテイブなゲノム安定性の総合的評価
③ iPS細胞を臨床応用するための各種細胞への分化誘導システムの確立
 i) 血液細胞(造血幹細胞、血小板、赤血球、肥満細胞、Tリンパ球、好中球)
 ii) 内分泌系(成熟細胞を含む機能的膵島の形成誘導)
 iii) 軟骨
 iv) 血管(血管平滑筋)
④ iPS細胞から誘導した分化細胞による前臨床研究推進のためのモデル開発
 i) マウスモデルでのin vivo イメージング
 ii) 中型動物以上のモデル (ラット、クラウン系ミニブタ)
⑤ iPS細胞の臨床応用における安全性強化戦略
 i) 血液細胞分化誘導系に用いるフィーダー細胞の安全な調製法の整備
  (細胞のマスターセルバンク化、閉鎖系培養法の確立)
 ii) iPS細胞株選別法の充実
 iii) 細胞死誘導システムによる安全性強化技術の確立
⑥ 健常人および疾患特異的iPS細胞の樹立・保存・寄託業務の推進
⑦ iPS細胞の基本的な培養技術講習会・培養トレーニングプログラムの実施
⑧ 知的財産戦略および管理・活用体制強化
⑨ プロジェクトの総合的推進  これらの業務項目を医科学研究所を中心に拠点内4施設、分担研究機関にて遂行し、再生医療を実現化する基盤整備を目指す。また、得られた成果に関しては積極的に公開し、世に広く開かれた国民目線の研究を展開する。

実施体制

研究代表者
中内 啓光 (東京大学 医科学研究所 幹細胞治療研究センター センター長)
分担代表研究者
宮島 篤 (東京大学 分子細胞生物学研究所 発生・再生研究分野 教授)
齋藤 琢 (東京大学 医学部附属病院 ティッシュ・エンジニアリング部 特任准教授)
道上 達男 (東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 准教授)
実施体制説明図

最新の研究成果・進捗状況

1. iPS細胞に関する標準化業務
(ⅰ) 末梢血液からのヒトiPS細胞の樹立方法を標準法として確立した。本拠点の掲げる免疫再生療法に必須の技術として、各種T細胞からのiPS細胞樹立に成功した。
   
(ⅱ) 無血清培養に加えてヒトフィーダー細胞、合成ハイドロゲル法を用いてiPS細胞の未分化性維持を行う技術を確立した。

2. 樹立されたiPS細胞の各種長期培養におけるプロスペクティブなゲノム安定性の総合的評価
iPS細胞において、ゲノム安定性を担保する培養条件をプロスペクティブに比較検討するスタディを行い、第1期を終了した。iPS細胞クローン4株を4施設において独立に最大60代まで継代培養し、SNPアレイを用いたゲノムコピー数の解析を実施したところ、樹立過程から早期 passage の間に出現するコピー数異常、既報の hot spot コピー数異常 である 20q11 gain など、種々のコピー数異常を検出したが、施設間(培養手技の差異)でゲノム安定性に差が見られる結果が明らかとなった。

3. iPS細胞を臨床応用するための各種細胞への分化誘導システムの確立
(ⅰ) ヒトiPS細胞から各種血液細胞(血小板、Tリンパ球、赤血球、肥満細胞、好中球)へ分化誘導することに成功した。赤血球に関しては、自己フィーダー・自己血清の培養系を確立した。血小板に関しては治療に十分量の血球数を得る戦略として、不死化細胞株の樹立に成功し、2011年米国血液学会にて報告し、優れた成果として認められた。
(ⅱ) ヒトiPS細胞からインスリン産生膵島(β細胞)への分化誘導系において効率を改善した。生体内における機能評価を行うため、SCIDマウスを用いた糖尿病モデル系を確立した。
(ⅲ) ヒトiPS細胞を用いた軟骨細胞への分化誘導法の最適化に取り組み、複数株で軟骨特異的マーカーを高発現する良質な軟骨細胞の誘導に成功した。
(ⅳ) iPS細胞からの成熟平滑筋細胞誘導系と、結紮による血管病変モデルを用いて、転写因子、ヒストン修飾酵素について解析を行い、平滑筋細胞の形質変換と分化の制御機構に重要な遺伝子を同定した。

4. iPS細胞から誘導した分化細胞による前臨床研究推進のためのモデル開発
小動物よりも膝への荷重の面で適していることから変形性膝関節症の疾患モデルとしてミニブタを選択し、ブタ由来iPS細胞の樹立を目指すとともに、ブタ骨・軟骨欠損モデルを作製した。

5. iPS細胞樹立のための新しい基盤技術とiPS細胞の安全性強化技術の開発
(ⅰ) 本拠点独自の高力価レトロウイルスベクター産生システムに加え、all-in-oneタイプのセンダイウイルスベクターを用いた末梢血CD34陽性細胞からのiPS細胞樹立技術を確立した。これによりゲノムへのプロウイルスの挿入に起因する腫瘍化のリスクが軽減された。
(ⅱ) 造血細胞の分化誘導に用いるフィーダー細胞について厳格な特性検査(無菌性、偶発ウイルスの有無など)を通じてマスターセルバンク化を完了した。

6. 健常人および疾患特異的iPS細胞の樹立・保存・寄託業務の推進
平成24年4月までに9疾患、13例の患者検体について、疾患特異的iPS細胞の樹立に成功し、うち4疾患については理研バイオリソースセンターへの寄託を完了した。樹立した健常人ヒトiPS細胞数株、樹立に用いる293GPGウイルス産生株およびレトロウイルス上清を分配するためのシステムを整備し、実際に多施設への分与を行った(ウイルス産生細胞株、ウイルス上清ともに国内外14施設)。

7. iPS細胞の技術講習会・培養トレーニングプログラムの実施
医科学研究所では平成23年までに毎年1回、大規模講習会と技術トレーニング講習会を開催した。講習会用テキストの新規作製も行い、講習期間外のリクエストにも対応し、無償配布を行った。その他、駒場地区においても適宜、技術トレーニングを行い、iPS細胞技術の普及、啓発に務めている。

今年度の展望・最終目標等

iPS細胞樹立法については末梢血液細胞からの樹立法を標準法として継続する。H24年度は本拠点の目指すT細胞免疫再生療法の中核技術を成す、抗原特異的T細胞からのiPS細胞樹立法の確立と実践を目指す。
無血清、無フィーダー培養に関してはそれぞれの手法を改良しつつも、特にゲノム安定性スタディの結果等と合わせて慎重に議論し、従来法(有血清、有フィーダー)との優劣について一定の見解を得る。
ゲノム安定性について、拠点間での情報交換等を積極的に行い、安全な細胞株の選別に関する普遍的結論の抽出に務める。
microRNA発現プロファイリングに関して既報の方法よりも精度の高い解析を行い、株選別に有用なマーカーとしての利用に関して評価を行う。
ゲノムの不安定性に寄与する培養条件を求める、第2期プロスペクティブスタディを行ない、iPS細胞の安全性強化へと応用可能な知見を得る。
血液細胞への分化誘導系では、終末分化細胞の機能・品質評価を進める。血小板を先行モデルとして、可能なものは生体内評価系の確立を目指す。
糖尿病治療のための膵島(成熟b細胞)への分化に関しては、ヒトiPS細胞で十分とはいえない誘導効率の改良に務める。十分量を得れば糖尿病モデルマウスを用いた移植実験により機能評価を行う。
軟骨細胞への分化誘導、および移植片の3次元構造構築を合わせ、ミニブタモデルを用いた変形性膝関節症における骨・軟骨補完治療法の実現化を目指す。
iPS細胞樹立技術の基盤を成す「細胞リプログラミング」現象を応用し、狭窄性血管病変中に機能的平滑筋を再生する、新たな血管治療法 (生体内平滑筋再生) の開発を継続して行う。
健常人および疾患特異的iPS細胞の理研バイオリソースセンターへの寄託業務の推進を図る。ヒトiPS細胞の樹立、細胞の分与、iPS細胞樹立用のウイルス、ウイルスシステムの供給等を継続する。
iPS細胞の基本的な培養技術講習会・培養トレーニングプログラムの実施する。
プロジェクトの総合的推進・将来に向けた展望: 5年間のプロジェクト業務より得られた成果について拠点内における議論、外部評価等を基に「再生医療の実現化」に近いシーズ、いましばらく基礎的検討に注力すべき課題等に分類し、それぞれにおける最良の対応を決定する。

リンク情報

ヒトiPS細胞等研究拠点整備 東京大学
http://www.ips-u-tokyo.org/
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