個別事業紹介

幹細胞治療開発領域

研究課題名

筋ジストロフィーに対する幹細胞移植治療の開発

研究目的・概要

Duchenne型筋ジストロフィー(DMD)は、骨格筋膜直下からジストロフィンが欠損することで発症する重篤な遺伝性筋疾患である。現在、有効な治療法はなく、ジストロフィン発現と筋再生能の回復を企図する幹細胞移植治療の開発が期待される。本研究ではヒトiPS細胞を効率よく骨格筋幹・前駆細胞へ誘導し、増殖能と分化能を維持したまま、移植に十分な細胞数まで増殖させる技術を確立し、その治療効果をモデル動物を用いて検討する。

実施体制

研究代表者
武田 伸一 (独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター
トランスレーショナル・メディカルセンター センター長
神経研究所 遺伝子疾患治療研究部 部長)
分担代表研究者
鈴木 友子 (独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 遺伝子疾患治療研究部 室長)
後藤 雄一 (独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 疾病研究第二部 部長)
実施体制説明図

最新の研究成果・進捗状況

1)ヒトiPS細胞から骨格筋を誘導する条件の検討
四肢・体幹の骨格筋は発生過程において沿軸中胚葉から体節の段階を経て形成される。我々は筋ジストロフィー患者の細胞移植治療を確立するために、マウスES/iPS細胞の沿軸中胚葉(PDGFRα陽性Flk-1陰性細胞)への分化を誘導する低分子化合物のスクリーニングを行い、その結果をもとに、ヒトiPS細胞で沿軸中胚葉を誘導する条件を検討した(図1)。3つの化合物ではPDGFRα陽性FLK-1陰性細胞の割合が増加したが、誘導した細胞をマウス骨格筋に移植すると骨格筋へ分化する割合は低いことがわかった(図2)。引き続き効率よく骨格筋へ誘導する条件の検討を行っている。
ヒトiPS細胞に中胚葉分化を誘導した後、化合物を反応させた後のPDGFRαとFLK-1の発現解析 (FACS)。ヒトiPS細胞から沿軸中胚葉への分化が促進されている(赤い数字)。
PDGFRα陽性FLK-1陰性細胞をソーティングしてNOD/Scidマウスの前脛骨筋へ移植後、ヒトスペクトリン特異的抗体で免疫染色した。矢印は、ヒトiPS細胞由来の筋線維。
2)加齢とリプログラミング
週齢の違う筋ジストロフィーマウスの線維芽細胞からiPS細胞を作製すると、週齢の高いマウスでは効率が低く(図3)、不安定なクローンが多いこと、TGF-βシグナルがその不安定性に関与していることを見出した(図4)。疾患特異的iPS細胞の樹立に応用できる有用な知見である(PLoS Curr.27;3:RRN1274)。
6週齢、6か月齢、14か月齢筋ジストロフィーマウス(mdx)の骨格筋由来線維芽細胞のリプログラミング効率。14か月齢マウスの細胞からのiPS細胞誘導効率は極めて低い。
14か月齢マウスの線維芽細胞由来のiPS細胞は不安定であったが、SB431452(TGF-β阻害剤)とNogginによって安定化した。
3)X-染色体不活性化(X-Chromosome Inactivation:XCI) とリプログラミング
Duchenne型筋ジストロフィーの症候性キャリアの女性では、偏ったXCI(skewing)のため、骨格筋内にジストロフィン陽性線維と陰性線維が混在する。我々は症候性キャリアからiPS細胞を樹立し、治療への応用を検討した。アンドロゲン・レセプター(AR)の第一エクソンのCAGリピートの多型を利用したアレルごとのメチレーション状態の解析、AR mRNAの直接シークエンス解析、および不活性化X染色体を覆っているXIST RNAのFISH解析を行うと、レトロ・ウイルスベクターではXCIのパターンが比較的保たれているのに、センダイ・ウイルスベクターで作製したiPS細胞では2本のX染色体が活性化されていることがわかった(表1、図6)。すなわちXCIの状態は、リプログラミングの方法に大きく依存することが明らかになった(図7)。X染色体の活性化状態と多分化能力の関連を現在検討中である。ヒトiPS細胞では株間で分化能の差があることが報告されている。今後は、女性ドナー由来のiPS細胞ではX染色体のepigeneticな状態に注意する必要があると思われる。
レトロウイルス・ベクターで作出したiPS細胞(レトロ-iPS)は、元の線維芽細胞と似たXCIのパターンを示すが、一部の細胞ではXCIが消失している。センダイウイルス・ベクターで作出したiPS細胞(センダイーiPS) の多くでは両方のX染色体が活性化されている。
レトロウイルス・ベクターで作出したiPS細胞(レトロ-iPS)は、元の線維芽細胞と似たXISTのパターンを示すが、一部の細胞はXISTが消失している。センダイウイルス・ベクターで樹立したものはXISTの発現が全く無い。
DMD症候性キャリアの細胞から2つの方法でiPS細胞を樹立したところ、X染色体の活性化状態の違うクローンが樹立された。

今年度の展望・最終目標等

平成24年度は、筋ジストロフィーの細胞移植治療の実現を目指して、ヒトiPS細胞からの骨格筋誘導法を研究している。昨年来のアプローチとして、成長因子や低分子化合物を用いる誘導方法の研究を進めているが、確実に筋分化を誘導する方法として、新たにPAX7やMYODの発現カセットを導入し、発現のオン・オフ及び発現レベルを制御することで骨格筋分化プログラムを促進する方法の検討を開始した。最終的に患者への移植に用いる細胞を安定して誘導する系を確立するとともに、将来的には病因が不明、あるいは治療法の開発が遅れている難治性筋疾患患者からiPS細胞を樹立し、in vitroでの治療モデルを確立し、病態の解明や創薬にも役立てていきたい。

リンク情報

独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター神経研究所 遺伝子疾患治療研究部
http://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r_dna2/index.html
主要論文特許のページはこちら