個別事業紹介

幹細胞治療開発領域

研究課題名

重度先天性骨代謝疾患に対する遺伝子改変間葉系幹細胞移植治療法の開発

研究目的・概要

低フォスファターゼ症は、組織非特異型アルカリフォスファターゼ(TNSALP)の遺伝子変異による遺伝性疾患で、このうち、最も重症である周産期型に対する再生医療技術の開発を行っている。この病型は、全身の骨の低石灰化が顕著で、特に肋骨をはじめとする胸郭の低形成による呼吸障害がある場合、生命予後が不良である。また、遺伝的に欠損している酵素の補充療法も比較的軽症の他の病型が対象で、かつその効果も限定的であった。ところが、近年、健常者由来の細胞移植が有効であることが報告されたことから、産業技術総合研究所でも、本疾患に対して島根大学医学部附属病院と共同で2004年から周産期型の患者に対する同種※間葉系幹細胞
(Mesenchymal Stem Cell ; MSC)移植に着手した。経験した症例では移植後一年以上経過した患者骨片にドナー由来細胞が検出され、確かに同種MSCが生着していることも明らかとなった(J. Pediatr. 2009,154: 924-30)。この疾患も含め、これまで産業技術総合研究所では細胞製造施設(セルプロセッシングセンター;CPC)を厳密な品質管理の下に運用して国内屈指の症例数(約100例)の臨床研究を行ってきた。この実績が厚生労働省でも評価され、「ヒト幹細胞を用いた臨床研究に関する指針」に従った「ヒト幹細胞臨床研究」として周産期型低フォスファターゼ症に対する骨髄移植併用同種MSC移植の実施が認められることとなった。現在、症例数を重ねて治療効果の再現性等を検証しているところである。いずれの症例でも、ドナーの骨髄を採取し骨髄移植を行った後、複数回のMSC移植を行ったところ、全身の骨における石灰化、何よりも呼吸状態が改善している。このように明らかに延命効果が認められたことで、同種MSC移植が今後、代替療法が存在しない他の代謝性疾患だけでなく、さらに多くの疾患へも応用できる可能性が示されつつある。

また、臨床研究で治療効果が確認できたことから、より有効な治療法の開発に向け、同疾患モデルマウスを用いた細胞治療モデルの確立を目指している。一方で同疾患の細胞レベルでの病態解明に備え、患者由来iPS細胞も樹立に成功し、理研細胞バンクへの寄託準備を進めているところである。

※同種移植:患者以外の他人の細胞を移植すること。他家移植とも呼ぶ。それに対して患者自身の細胞を患者に戻して移植するのは、自家移植。

実施体制

研究代表者
弓場 俊輔 (独立行政法人 産業技術総合研究所 健康工学研究部門 組織・再生工学研究グループ 研究グループ長)
分担代表研究者
竹谷 健 (島根大学医学部附属病院 輸血部 講師)(平成23年度まで。平成24年度より業務協力者)
実施体制説明図

最新の研究成果・進捗状況

①同種ドナー骨髄からの間葉系幹細胞の増殖(産総研)

平成23年度は、6回(2症例)の移植治療用ドナー細胞(MSC)の培養を産業技術総合研究所で行い、培養したMSCを島根大学医学部附属病院に搬送して患者への移植が行われた。症例受け入れのスケジュールを図1に示した。これら移植用MSCについて、産総研セルプロセッシングセンター(CPC)の標準作業手順書(製造管理基準書・品質管理基準書他)に従って細菌、真菌、マイコプラズマ、エンドトキシン検査を実施し、全て陰性であることを確認した。また、培養したいずれのドナー細胞も表面抗原がMSCとしての特性、および骨分化能を有していることを確認した。

②患者MSCからのiPS細胞の作製と理研細胞バンクへの寄託(産総研)

本疾患の詳細な病態解明や治療法開発に他の研究者が活用できるよう、理化学研究所バイオリソースセンターの細胞バンクに同細胞を寄託することが目的である。本疾患診断の一環として、骨形成能検査のために患者骨髄からMSCを培養し、その骨分化能を調べるが、iPS細胞の作製と基礎研究への利用について患者ご家族の同意を頂いた場合に限り、そのMSCの一部にOCT3/4SOX2KLF4c-MYC の4遺伝子を導入して患者iPS細胞を樹立した。現在、患者および健常者由来のiPS細胞を比較することで、患者iPS細胞が本疾患の特徴を確かに有していることの確認、さらに細胞バンクから他の研究機関への分与に関するご家族の同意確認も含め、疾患iPS細胞としての寄託準備を進めているところである(図2)。

③プロジェクトの総合的推進(産総研)

プロジェクトで得られた成果を学術論文、出版物、学会等で公表した。また、アウトリーチ活動として、本研究機関で開催された一般公開等を通じて研究概要を一般の方々に紹介した。

④疫学調査、臨床的特徴の把握、登録体制の整備(島根大)

過去4年間の疫学調査により、日本における低フォスファターゼ症の臨床像および遺伝子異常と臨床像の関連が明らかとなった。この疫学調査の結果を含めて、本研究の啓蒙および登録体制の整備のため、各関連学会(骨代謝学会など)などで本研究内容を発表した。

⑤本疾患に対する基礎的研究(診断、機能解析)(島根大)

患者の遺伝子解析を行うととともに、日本人に認められた20個の遺伝子変異体を作製して、そのALP活性、ドミナントネガティブ効果の有無、ALP局在の変化について検討したところ、変異体のALP活性の低下、ドミナントネガティブ効果の存在、ALP局在の変化を認めた。さらに、患者と健常者のMSCを用いてマイクロアレイ解析を行い、遺伝子発現プロファイルが大きく異なることが明らかとなった。

⑥骨髄移植併用同種間葉系幹細胞移植の検討(島根大)

これまで、2症例を対象に臨床研究を行っている。治療前は、骨の石灰化障害が進行しており、人工呼吸管理が必要で寝たきりの状態であった。ところが、骨髄移植後、MSC移植を複数回行ったところ、2例とも呼吸症状の改善(図3)および骨石灰化の改善(図4)が認められており、生命予後は明らかに改善した。1例目は、呼吸器から離脱して、歩行訓練まで行える状態にまで改善している。2例目は、骨の石灰化だけでなく難治性移植片対宿主病(Graft Versus Host Disease ; GVHD)に対してもMSC移植が効果的であった。一方、どちらの症例も血清ALP値は低値のままで、骨石灰化の改善についても健常者と同等にまでは到達していない。このことから、移植するMSCの細胞特性を改良(特に骨へのhoming)するための基礎的検討も行っている。



今年度の展望・最終目標等

疾患モデルマウスを用いた治療法の検討

「ヒト幹細胞臨床研究」で治療効果が確認できたことから、より有効な治療法の開発に向け、TNSALP遺伝子に変異を導入した疾患モデルマウスを用いた細胞治療モデルの確立を目指している。これまで同疾患モデルマウスは酵素補充療法や遺伝子治療の実験対象とされてきたが、細胞移植実験の対象として、しかも新生仔が利用された前例は僅かで、実験手技の確立自体が大きな課題である。最終目標は、その課題を克服して、移植MSCの生着を組織学的に詳細に解析することで、in vivoでの骨分化はもちろんのこと、MSC移植に対する骨髄移植併用の効果やMSCの効果的な移植回数等も検討することである。こうして得られた動物実験での知見を、これまで本事業で支援いただき、現在は別事業(厚生労働科学研究費補助金 再生医療実用化研究事業「重症低ホスファターゼ症に対する骨髄移植併用同種間葉系幹細胞移植」研究代表者;島根大学医学部附属病院 竹谷 健)として引き継がれた同種MSC移植の臨床研究に活かすよう努めたい。また、その応用は、必ずや将来の遺伝子改変を伴った自家MSC移植の臨床研究への展開にも寄与することになろう。

リンク情報

産総研 健康工学研究部門 組織・再生工学研究グループ
http://unit.aist.go.jp/hri/group/hri-terg/
島根大学医学部附属病院 輸血部(小児科)
http://www.med.shimane-u.ac.jp/pediatrics/2-2/2-2.html