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  3. トラウマへの気づきを高める“人‐地域‐社会”によるケアシステムの構築
写真:大岡 由佳

大岡 由佳武庫川女子大学短期大学部
心理・人間関係学科 准教授

トラウマインフォームドケアを
実践するための取り組み

様々な傷つきを抱える当事者のトラウマを軽減できるよう、トラウマについて十分な知識を持って支援を行えることを目指して、医療、地域、WEBの領域で実践的な研究開発を進めました。

概要

性暴力被害、虐待、その他様々な暴力行為などは、時に当事者を孤立させ、依存症を含む様々な精神障害、望まない妊娠など、心身への悪影響や生活の質の低下を招きます。これらの人々への「公」の支援は、縦割り施策の中、性の語りにくさや当事者の援助希求力が低いといった課題のために、適切な支援につながらない現状にあります。
本プロジェクトでは、トラウマインフォームドなケア(TIC)を基盤の発想に、地域の社会的資源の有機的な連携や、トラウマに感度の高い専門職養成を進めると同時に、「私」空間からもアクセスが容易なインターネットを活用することで、彼・彼女らに適時適切に対応できる「公」「私」をつなぐケアシステムを構築しました。

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研究開発の成果

プロジェクトでは、TICの視点を土台に、医療実践、地域実践、WEB実践に分けて、トラウマインフォームドな研究開発を行いました。それぞれの研究開発領域において、Realize(トラウマの影響を理解)し、Recognize(トラウマのサインに気づく)して、Respond(トラウマインフォームドケアの実践)を行っていくこと、Resist re-traumatization(再トラウマを招かない)ことを目指しました。本プロジェクトの強みは、何よりも現場の“困ったこと”“困った人”に対して、どのように関与していけるかを現場から考え、発信していくことにありました。決して上から目線ではなく、当事者とともに、どのようにしたら、よりよい支援現場を作り上げることが出来るかについて、研究開発を行ってきました。

研究開発のアピールポイント

人生には多様なトラウマが潜んでいる:Realize(トラウマの影響を理解)のための取り組み例

自らのトラウマを当事者が口で語ることは容易ではありません。周囲の人々もまた、その人のトラウマの影響を知る機会が少ないものです。絵という媒体を通じて、個々のトラウマや、トラウマの影響を視覚的に理解してもらうために、市民啓発企画「トラウマ展―見てないことへの寄り道」を開催しました。小児期逆境的体験、いじめ、DV、グリーフ等の体験にまつわる絵を展示した展覧会を開催しました。現地だけで1000人以上にご来場いただきました。展示された絵を見ることで人々が有意に「(トラウマを)身近に感じる」ようになったという結果が出ています。本取組が、他者のトラウマやトラウマの影響を知る機会になるだけではなく、自分のトラウマを身近に心で感じるきっかけになりました。

“困った人は、困っている人”である:Recognize(トラウマのサインに気づく)のための取り組み例

トラウマは、こころのケガなので、分かりづらいものです。しかし、TICを学びトラウマのレンズをかけると、トラウマのサインに気づくことができるようになってきます。現場で、困難事例にされる人々の多くが実はトラウマを持っていることが多いことに着目し、支援者が対応に困っている人が、実は、何らかのトラウマによって生きづらさを抱えて困っている人だと認識することから始めることが重要でした。医師(小児科・精神科・産婦人科・法医学)、ソーシャルワーカー、教育関係者、弁護士、民間支援機関等、多領域多職種の関係者でワーキングチームを発足し、TICパンフレット「困った人は、困っている人」を作成しました。現在、様々な現場で活用頂いています。

学校における性暴力被害は「いじめの重大事態」である:Respond(トラウマインフォームドケアの実践)のための取り組み例

「危機対応の手引き:あなたの学校で性暴力被害が起こったら」は学校が困難を抱える「性暴力被害・加害児童生徒が同じ学校に在籍している場合」にスポットを当てました。その理由は「いじめの重大事態」として認識されず、被害に遭った子どもだけでなく保護者のケア、加害した子どもへの対応、学校全体へのケアなど棚上げにされている場合が多いからです。教育委員会や学校、警察、弁護士、医師、こども家庭センター、ワンストップ支援センター支援員などステークホルダーとの意見交換により「危機対応手引き」の完成に至りました。この手引きにより、学校や地域関係者が、よりトラウマインフォームドな対応ができることを目指しました。なお、冊子を配布した内閣府からは「生命の安全教育」調査研究事業のヒヤリングを受けて本研究の知見を共有したところです。

医療従事者にトラウマインフォームドケアの視点を浸透させることが大きな狙い:Resist re-traumatization(再トラウマを招かない)のための取り組み例

虐待や貧困、依存症、障害や外国籍など社会的困難を抱えた女性患者を医療機関から地域の相談支援機関につなぐシステムを構築するために、医療現場でのソーシャルワーク支援ツールKYOTO SCOPEを構築しました。医療従事者が困難を抱えた患者に対峙するときのケアのポイントとともに、必要な支援機関を探し、患者をつなげる際の留意点も理解できる社会資源リストを作成しました。モデルケースを取り上げて多職種で話し合うオンライン・ケース勉強会をシリーズ開催し、医療従事者と相談支援機関との顔の見えるネットワークをつくっています。それにより、社会的困難を抱えた多様な女性たちが、再トラウマを招かない地域で生きていけることを目指しています。

成果の活用場面

プロジェクトの成果は、医療、地域、WEBと多岐の領域にわたる実践となるため、様々な場面(学校、司法、医療機関、民間被害者支援団体等)で活用できます。また、TICの視点の共有自体は、社会全体で共有していくことが可能な考え方であり、活用することで、躊躇わずに“助けて”とSOSを出せる、当事者のそのSOSに支援者が気づき、受け止め、適切な機関につなぐことのできる社会を目指すことができます。

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成果の担い手・受益者の声

担い手
TICを学ぶまでは、生徒・保護者との対応上の問題についてただただ困難感を感じていたが、TICを学んでからは、「ん?」「何か気になる」「なんでだろ?」と考えるようになった。そして、そこからさらに一日歩み寄って生徒・保護者と話をすることで、もっと違う一面が見えてきて、対応解決への糸口が見えてくることもあった。TICを学んだことで、自分たちの気持ちの持ち方もかわり、困難感というストレスが少し軽減したようにも思う。(中学校教員)
受益者
これまでは困難を抱えているかもしれない患者に出会ってもどうしていいかわからず正直面倒に思っていたが、これからはつなげる先があるということで、安心して対応できるという楽な気持ちで対応できるようになった。(医療従事者)

目指す社会の姿/今後の課題

兵庫や京都を拠点とし、それらの地域を中心に成果を上げてきました。性暴力支援や女性支援などの分野を特定してTICの視点活用の取り組みの雛形を提案してきました。領域を特定すると実践的な展開ができますが、地域を耕す中でTICの視点が共有される性質があるため、それぞれの地域で熱心に本プロジェクトの取り組みを真似て取り組む人や組織がないと全国への展開に至りません。そのため、今後は、プロジェクトのTICの基盤部分の社会への定着を行うべく、「研究開発成果の定着に向けた支援制度」を利用しながら、オンラインによる領域横断的なTIC視点の共有などを行う予定です。全国どこからでもTICの視点を学べるツールの開発を行い、各領域で活用して頂けるよう取り組みます。

研究開発の関与者

  • 京都大学
  • 武庫川女子大学
  • 徳島大学
  • 兵庫県立尼崎総合医療センター
  • 洛和会音羽病院
  • ウィメンズカウンセリング京都

内容に関する問い合わせ先

こころのケガを癒やすコミュニティ事業
Trauma Informed Care/Community : TICC 事務局
兵庫県尼崎市東難波町2丁目17-77
06-6480-7000(内線#5570)
jtraumainformed[at]gmail.com ※[at]は@に置き換えてください。