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ほっとコラム

「『地域生活の質』に基づく高齢者ケア」

冷水豊
領域アドバイザー  冷水 豊
日本福祉大学大学院/
客員教授

フォーマルケアとインフォーマルケアの新たな関係

介護保険発足から10年以上が経ち、いろいろな問題を抱えながらもいわゆるフォーマルケア(制度化されたケア)がかなり進展したことは確かである。今後も、後期高齢人口の急増にともなう要支援・要介護高齢者が一層増加するので、社会保障財源の厳しい状況のもとでもフォーマルケアの一層の進展は不可欠である。

一方で、家族ケアが今後一層弱体化していく中で、家族への支援を含めた地域レベルでの新たなインフォーマルケア(非制度的ケア)の形成をどう進めていくのかが、大きな課題となっている。そしてこの新たなインフォーマルケアとの関連で、今後フォーマルケアとインフォーマルケアの機能分担と協働をどのような観点から形成するのかが問われている。

ところで、このようなフォーマルケアとインフォーマルケアの新たな関係を検討する際の根拠は、一般には、財政論ないし資源配分論に求められることが多い。すなわち、公的な財源・資源の肥大化を避けるために、インフォーマルケアの拡大とフォーマルケアとの協働を企図する発想である。

基本的観点としての「地域生活の質」

これに対して、筆者は、フォーマルケアとインフォーマルケアの機能分担と協働の根拠は、第一義的には、高齢者が尊厳を保って地域での生活を維持することが出来るための理念・目標としての「地域生活の質」という観点に求めるべきであると提案している。注1)

もちろん、最終的には、経済社会の状況に対応した財政論・資源配分論からの検討が不可避であることは言うまでもない。しかし、財政論・資源配分論から出発すれば、高齢者ケアにおける「地域生活の質」は、その財政論・資源配分論に従属した内容になるだけでなく、地域で具体的なケアに関わるフォーマルケアとインフォーマルケアの関係者の意見や評価との関連付けが困難になると考えられる。そこで、財政論・資源配分論からの検討は、高齢者ケアにおける「地域生活の質」を第一義的な理念・目標に置いて設計された両ケアの機能分担と協働の地域での具体像を実際に実現する段階で、財政的・資源配分の観点からどのような修正や見直しが必要かという形で行われるべきであると考えるのである。

この「地域生活の質」という新しい観点における「地域」は、基礎自治体である市町村およびその中の下位地域レベルを指している。なぜなら、上述のとおり、フォーマルケアは今後も一層進展させることを前提とすれば、進展するフォーマルケアとその下で新たに形成されるインフォーマルケアとの関係は、かなり流動的に変化していくと想定される。そこで、それらの機能分担や協働をマクロな観点から政策的に設定して、今後のあり方を検討するよりも、むしろケアの現実に密着した地域というメゾの観点から、その地域での両方のケアの現状と課題を具体的に検討した上で、「地域生活の質」の観点から見た高齢者ケアの優先課題とそれを推進するために必要な機能分担と協働の具体像を明らかにする方が、より現実的である考えるのである。

「地域生活の質」の評価

「地域生活の質」は比較的新しい概念であるが、その基礎には、様々な分野で広く用いられてきた「生活の質(QOL)」の概念がある。しかし、個人や集団の間(たとえば、施設高齢者と在宅高齢者、要介護高齢者と健康高齢者)のQOLの差異には着目されてきたが、意外にも地域による差異はほとんど考慮されてこなかった。こうしたことから近年取り組まれるようになった「地域生活の質」に関する研究では、一定の地域におけるQOLに基づく客観的な社会指標に注目する研究から、地域住民の満足度に関する研究などがあるが、いずれの研究も、若年層から高齢層までの地域住民全体を対象としている点で共通しており、要支援・要介護高齢者にとっての「地域生活の質」に焦点を当てた研究はまだない。

そこで筆者らの研究では、「地域生活の質」の概念を「要支援・要介護高齢者が地域で介護や支援を受けながら生活していく上で重要となる質的内容で、地域レベルで確保されるべきもの」と定義した。その上で、その質的内容については、「生活の質」の先行研究で取り上げられてきた構成要素と、高齢者ケアの構成要素を照合させるとともに、特定地域に独自の要素を追加することによって構成した。そしてその評価の方法は、高齢者個々人の主観的評価(QOL研究で一般的)ではなく、地域のフォーマルケアの専門職およびインフォーマルケアの活動家による客観的評価とした。

評価の大項目は、最初に「A.介護の基礎にある医療や環境条件」、その次に介護そのものに関する項目として「B.基本的な介護」および「C.介護の理念・目標」、次いで要支援・要介護高齢者であっても普通の人間と同様に生活できるための条件として、「D.地域や社会での関わり」および「E.自己実現の尊重」を取り上げた。そして最後に、「F. 特定地域に独自の項目」を取り入れた。以上6つの大項目とその下に22+αの小項目で構成した。αは、特定地域独自項目である。

特定地域独自項目を、筆者らの研究対象の2地域(いずれも人口5万人前後の地方小都市)の具体例によって示すと、長野県A市では、自然環境要因に関連した項目「高齢者にとってとくに厳しいこの地域での冬期の生活状況に対応した取り組みがある」および長い伝統のある地域の祭りに関連した項目「この地域に住む人々が、ものの考え方や結びつきを世代間で継承・発展させようとする取り組みがある」という2つの小項目を設けた。また愛知県B市では、同市が「福祉でまちづくり」を推進していることに関連した項目「地域(小学校区)ごとに福祉を通してまちづくりが推進されている」および「安心生活創造事業」注2)を推進していることに関連した「サービスや支援から取り残される人を出さないようにする仕組みがある」など7項目を設けた。

この限られたスペースではこれ以上詳細に説明できないが、本研究開発領域のプロジェクト参加者や今後の提案予定の方々には、ぜひご批判・ご意見をいただければ幸いである。とくにコミュニティに焦点を当てている本領域では、個人単位での機能や状態の評価よりも、むしろ地域単位での関係・環境要因の評価が重要な課題になるので、そのための参考素材の一つとして、「地域生活の質」を検討して下さるようお願いしたい。

注1)冷水 豊編著『「地域生活の質」に基づく高齢者ケアの推進―フォーマルケアとインフォーマルケアの新たな関係をめざして』有斐閣,2009年.

注2)安心生活創造事業は、厚生労働省が選定する市町村が、見守り・買い物等の基盤的支援を行うことにより、ひとり暮し世帯等が住み慣れた地域で安心・継続して生活できる地域づくりを行うことを目的とした事業である。


(掲載日:2011年12月21日)

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