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採択プロジェクト

平成19年度採択

e-ラーニングを核とする多様な学習困難に対応した地域単位の学習支援ネットワークの構築


実装責任者  京都大学 霊長類研究所 教授/こころの未来研究センター 連携研究者 正高 信男

学習に困難を抱える子ども

  現在、学習障害、注意欠陥/多動性障害、高機能自閉症を含む特別な教育的支援を必要とする児童生徒は、約6%の割合で通常の学級に在籍している(文部科学省「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒の全国実態調査2002」結果より)。これらの障害をともなう子どもは、情緒面をはじめ、一見これといって特別な障害があるようには見えない。そのため、単に勉強の苦手な子どもとみなされがちである。少なくとも、このような子どもたちの特徴が明確になる近年までは、特に区別されることなく健常な子どもたちを対象としたカリキュラムによる教育がなされてきた。
  しかし、2004年に「小・中学校におけるLD(学習障害),ADHD(注意欠陥/多動性障害),高機能自閉症の児童生徒への教育支援体制の整備のためのガイドライン(試案)」が公表された頃から、LDをもつ子どもたちへのサポートが必要であるとの意識が高まってきている。すべての小・中学校において「特別支援教育コーディネーター」を指名すること等の推進体制が整備されていくのにともない、学習の困難さが障害に起因しているということが広く知られるようになってきた。一方で、実際の子どもへの対応方法は、教育現場で努力はされているが、いまだ定まっていないのが現状である。学習が困難な子どもの学習支援にはまだ多くの課題が残されている。

基礎的な研究と現場での療育

 本研究プロジェクトは、学習障害児や発達障害児の認知的特性を実験的に研究する基礎研究と、研究のフィードバックを含めた実際の療育研究から成り立っている。基礎研究では、それぞれの子どもが直面している障害に応じて、もっとも適切かつ体系的な療育支援を考えていくために、学習の困難さをもたらす認知機能と脳機構の関連について解明することを目的とする。実際の療育研究では、まず、さまざまな認知課題を用いてそれぞれの子ども得意な部分、逆に苦手で困難な部分を同定する。そして、得意な部分については更に伸ばし、困難な部分は安定して学習が進むよう、認知的に強い能力によって学習の迂回路を形成させるなど、体系化されたプログラムの供給と長期的展望に立った支援を目的とする。
  複数の学習障害児や広汎性発達障害児を対象に、実証的な科学実験をおこなう効果は、彼らの持つ認知に関する共通基盤を観察できる点にある。このことは、教育の現場において、個人の特性を考慮しながらユニバーサルな授業運営等を可能にすることにつながっていくだろう。また、それぞれの子どもに応じた療育をおこなうことは、一人でも多くの子どもの未来における学習可能性を伸ばすという効果が期待できる。

プロジェクトの経過と成果

  基礎研究の一例では、読みが苦手な子どもを対象に、文章中の単語に対する着色が読みの流暢性に与える影響について検討している。その結果、着色しないよりはした方が、さらに、自分がその単語に対してイメージする色で着色した方がランダムな着色よりも、読みの流暢性が促進される傾向がみられた。ほかには、読み書きの苦手さが算数教育にどう影響するかを検討するため、ひと桁の足し算と掛け算九九の反応時間を調べる実験をおこなった。成人を対象にしたこれまでの研究では、言語的な暗唱で解答可能な九九は足し算よりも反応時間が早く解答可能であるという結果が得られているが、読み書きが苦手な子どもの場合、九九の反応時間が遅くなる傾向がみられた。これらの研究は、現在も実験参加者の子どもを増やしつつ継続中である。
  療育研究では、京都と名古屋で療育をまず一人につき週1回1時間の療育をおこなっている。療育では、主に読み書きの苦手さの原因を評価し、トレーニングをおこなっている。発達障害の子どもは認知特性において非常に大きな個人差がある。そこで初期の段階では、WISC-ⅢやRCPMなどの知能検査や、読み書きスクリーニング検査などの標準化された検査、そして私たちが独自に作成した検査を用いてアセスメントをおこない、個人の認知的スキルのプロフィール作成をした。それに基づいて、読み書きのトレーニングとして、パソコンを使用した単語・文章のひらがな入力課題をおこなっている。
  そのトレーニングでの効果はいくつかの課題で縦断的に評価している。すると、キー入力が上達するのはいうまでもないが、他に記憶能力も高まっていることがわかった。2語文の記憶はできても5語文になるとできなかったという子どもが、このトレーニング後には5語文でも覚えられるようになった。それから、ある文章を目で見て読んだときには内容がよく理解できても、耳で聞いた場合にはわかっていなかった子どもが、トレーニング後には耳で聞いただけでも内容がよく理解できるようになった。そして、作文にも変化があった。自発的には短い文章しか書けなかった子どもが、トレーニング後にはさまざまな話題を含んだ長い文章を書けるようになったのである。
  このパソコンを使用した単語・文章の入力課題が何をトレーニングしているのかというと、見本の文章を正確に読んで正確に打つという正確さの訓練と、どれだけ早くできるかという流暢性の訓練である。それらは単に、文字を入力する能力を高めるばかりでなく、記憶力や理解力、そして自分で文章を作り出す能力をも高める訓練になっている。私たちは、単純な作業の積み重ねによって、その子どもの成長に沿って段階を追って訓練することが、その子どもの持っている能力を底上げするような形で、無理なく伸ばしていけるのだと考えている。
  子どもが課題に慣れた後には、療育の時間内だけでなく家庭でのトレーニングも開始している。トレーニング課題のプログラムを家庭のパソコンに導入し、結果をそのつどメールで送ってもらうことによりeラーニング的な手法の導入もおこなっている。

今後の展望

 このプロジェクトがマスコミなどで紹介されたこともあり、現在、療育に参加したいという問い合わせが数多く寄せられているので、今後は対応できる範囲で対象児童を増やしていく予定である。また、心理療法の視点から二次障害を抱えている家族への支援や、療育が子どもの感情的な側面へどのような変化をもたらしているのかについても検討していきたいと考えている。

報告書

学習困難を抱える子どもへの学習支援ネットワークづくり