2018.06.25

インタビュー「想定外の未来に備える思考法」

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HITEプロジェクトにて「未来シナリオ」を用いた未来洞察の研究を進める鷲田祐一教授。ものすごい速度で発展する情報技術を前に、新たな未来予測が求められる現在、想定外な未来に備えるための、未来シナリオの可能性と意義を伺いました。

写真:鷲田 祐一
鷲田 祐一
HITE採択プロジェクト「未来洞察手法を用いた情報社会技術問題のシナリオ化」代表。一橋大学大学院商学研究科教授。研究分野はマーケティング、イノベーション研究、未来洞察など。

鷲田先生の研究では、AIと人間の共存などといった予測困難な未来において「未来シナリオ」を用いた思考法が有効だとされていますね。

 日本の国家そして企業における、直近30年間の意思決定を振り返ると、その失敗の背景に共通項が見えてきます。たとえば先の30年間で日本が直面した想定外の事例として「パーソナル情報通信デバイス」と「第五世代コンピュータ」の開発があります。1991年、当時の経済企画庁総合計画局の「2010年技術予測研究会」では、2010年段階での国内パーソナル情報通信デバイスの市場規模は約5000億円と予測されていました。しかし実際には、2005年の段階で市場規模は約2兆円を超え、政府の予測を5倍以上も上回る成長を遂げました。これはいわば上振れの想定外です。

 一方で、第五世代コンピュータの開発は下振れの想定外。1982年、当時の通商産業省(現・経済産業省)は、「世界に先駆けてAIを搭載したコンピュータの開発を目指す」として、第五世代コンピュータの開発を国家プロジェクトとして始動しました。しかし10年後、ほとんど成果を挙げることなくこのプロジェクトは終了します。非現実的な目標に投じられた資本は総額570億円にのぼりました。

 当時の目論みはなぜはずれたのでしょうか? それは日本の国家や企業が高度経済成長期から一貫して、技術的な視点のみで未来を予測してきたから、と言えるでしょう。

 対話型のワークショップを軸とする未来シナリオづくりは、そのプロセスにおいて、技術的な視点はもちろん、人間における文化的背景、人口構造などの社会側面や自然環境の変化など幅広い視点を取り入れています。あえて政治や文化などの不確実性の高い事象についても積極的に議論することで、技術発展中心の線形な予測からではない、オルタナティブな意思決定の材料を提供できると考えています。

非線形で描く、広い視野の未来像

未来シナリオのワークショップはどのようなプロセスで行われるのでしょうか?

 RISTEX HITEプロジェクトで実施した「第1回未来洞察ワークショップ」では、これからのAIやIoTの普及に関する未来シナリオを作成しました。参加者は主にマーケティング領域における有識者で、2日間かけて行われました。初日は、10〜20年先に起こり得る社会変化をシナリオ化する「社会変化仮説」を「ホライゾン・スキャニング」という手法を使って複数作成します。まず未来の変化の予兆となるようなデータベース「スキャニングマテリアル」を用意し、それらをもとに参加者と議論を深め、これからどんな社会になるかをイメージしていきました(このページ最後に構想された社会変化仮説の「未来年表」を掲載)。2日目には、AIやIoTの普及が今後普及したときに起こりうる問題を「未来イシュー」と称して考えていきます。このときは、自動運転車と従来の自動車の混在による軋轢と二極化などの例が挙がりました。次に2日目で生まれた社会変化仮説と未来イシューを組み合わせてさらに議論を深め、最終的に「未来シナリオ」を作成していきます。

これまでの未来シナリオ研究の長い経験の中で、興味深かった未来シナリオの事例を教えて下さい。

 2002年に、KDDIと「2008年における秋葉原の未来像」を描く未来洞察ワークショップを実施した際、「メガネ型携帯電話」が発想されたのはいま振り返ると興味深いですね。このときから既に位置情報を活用したウェアラブルデバイスが想定され、またそれに伴うプライバシーの問題が議論されました。それから十数年の後によく似たシステムの「Google Glass」が登場しましたが、やはり開発側も個人情報の問題が解決できず、民生品を諦めてBtoBに特化しました。未来を予測した示唆的な事例のひとつでした。

2025年問題と、モザイク型社会の到来

AIなどの急速な情報技術の発展は、今後ますます予測が困難な未来に直面していきます。未来洞察には何ができるとお考えでしょうか?

 何度もワークショップをやっていくと、今後の社会変化仮説に共通のパターンがあることがわかってきました。それは2025年を境に、社会が楽観的なものから悲観的なものに転じるということです。構成メンバーやテーマを変えても同様の現象が生じるので、多くの人が「2025年に想定外の事象が発生する」と考えているようです。この現象を私たちは「2025年問題」と呼んでいます。

 そこで私たちはこの「人と情報のエコシステムプロジェクト」にて未来洞察ワークショップを開催し、「AIやIoTにおいても同様の2025年問題が発生するのか」というテーマで検証を試みたところ、新たな仮説が生まれてきました。それは、社会が変化し続けていくとき、人々の中で必ずどこかに破綻が起きるというもの。私たちはその現象を「モザイク化する社会」と名付けました。「モザイク化」とはAI技術の実装が社会の中で進展するゾーンと旧態依然としたまま残るゾーンがモザイク模様のように入り組んでくるという意味です。現在よく言われる、A Iが人間の仕事を奪うか、支配するかといった単純な未来予測ではなくなってくるだろうと。企業や開発者の間では技術が線形に進展するような理想像が描かれるばかりで、こうしたモザイク型の普及などは想定されていない。そのギャップを埋めるのが未来シナリオだと思っています。

未来シナリオは、日本の未来にどのような貢献をするでしょうか?

 未来シナリオは、適切に利用されれば社会における予測困難な状況に対する「備え」をもたらしてくれるものです。特に情報技術に携わる企業にとって、AIやIoTなど情報技術がどのような形で社会に浸透するかを考える上で有効な手法だと思います。
写真:鷲田 祐一(横顔)

 従来型の発想では、事業計画を進める際に「調査を行い、現在の技術動向からトレンドを洗い出そう」と考えがちです。しかし情報技術の多くはコンシューマーエレクトロニクス、つまり消費者にとって非常に身近な技術です。

 現在のスマートフォンに代表されるような情報技術には「ネットワーク外部性」(サービスの利用者の増加が、サービスそのものの価値を向上させる効果)が働くため、あっという間に他の追随を許さない製品になり得ます。つまり先行者利益が非常に大きいため、参入する事業者が「先行逃げ切り型」になるのです。またその新しいサービスの多くはアメリカからの流入だったりもしますね。

 こうした特性を持つ情報技術においては、あらゆる条件で起こり得る未来を想定しておかなければなりません。そうした状況下において、未来シナリオの思考法は有効だと考えています。

AIはどう社会に普及するか?2040年までの未来ロードマップ

※本記事は、「人と情報のエコシステム(HITE)」領域冊子vol.02に収録されています。
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