2013年3月31日をもちまして、領域の活動は終了致しました。

 近年、深刻な社会問題となっている子どもへの虐待やいじめは、早期発見と適切な処置が重要です。しかし意図的な傷害の科学的な判別基準はなく、経験や勘に基づいて判断しているのが現状です。そのため、医者でも見逃してしまったり、事件化が難しいなどの課題があります。
 そこで虐待などを早期発見し、被害拡大を予防するための技術を開発しました。虐待などの傷害情報を共有して判断を助ける技術を生みだし、医療機関、児童相談所、警察などに提供することで、虐待の発見と適切に対応するための仕組みを提案しました。

 判別のためには、虐待など意図的傷害の特徴や不慮の事故との違いを知ることが不可欠です。そこでまず、虐待と事故による傷害事例を集めてデータベース化しました。以前開発した事故による傷害情報を3次元の身体画像上で共有するシステムには、1万件を超すデータを蓄積。これを改良し、身体的な虐待による傷害データ約1,000件を新たに搭載しました。虐待の場合、口腔を受傷したり死に至るケースもあるため、データは小児科、口腔外科、法医学教室などから集めました。
 これをもとに、頭部外傷・眼底出血・窒息など判別が難しい傷害の発生状況を再現するシミュレーション技術を開発しました。例えば、頭部外傷でも重症の一つ、急性硬膜下出血を起こした乳幼児の場合。保護者は転落したと説明しました。しかし、乳幼児の人形を使い、不慮の転落や揺さぶった場合などに頭部に加わる力を比べると、この症状を引き起こすには強い力で揺さぶられた確率が高く、虐待の可能性が示されました。この技術は、保護者の説明に矛盾がないかなどの判断にも役立ちます(図1)。
 さらに、蓄積した情報からは、不慮の事故では傷を負いにくい身体の部位なども統計的に算出できます。そこで、3次元の身体画像に新たな情報を入力すると、虐待による典型的な傷害かなどを確率で示す虐待診断支援ソフトを開発しました(図2)。

 大阪や長崎、群馬の医療機関や保育園などに、開発したソフトや診断用シートを導入しました。虐待の可能性がある時だけでなく、通常の事故による傷害のデータも記入し収集することで、地域の関係機関がデータを共有し、被害の拡大予防に活かす仕組みをつくりました。判別の信頼性を高めるためには傷害事例を蓄積していくことが大切です。効果や使い勝手の向上を図り、全国的な取組みとなるよう、今後も研究を続けていきます。

代表者・グループリーダー
■山中 龍宏:(独)産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究センター チーム長 / 緑園子どもクリニック 院長
■西田 佳史:(独)産業技術総合研究所 主任研究員

主な実施者
■奥山 眞紀子:国立成育医療センター・こころの診療部 部長
■細川 はる美:国立成育医療センター・こころの診療部 研究補助者
■勝見 千晶:国立国際医療センター国府台病院 技術研究員
■福原 陽子:社団法人環境情報科学センター 事務員
■岩瀬 博太郎:千葉大学大学院 教授 ■矢島 大介:千葉大学大学院 講師
■藤原 卓:長崎大学大学院 教授 ■日高 聖:長崎大学大学院 助教 ■福田 英輝:長崎大学病院 講師
■道脇 幸博:武蔵野赤十字病院特殊歯科・口腔外科 部長
■須崎 紳一郎:武蔵野赤十字病院救急救命センター センター長
■岡元 弥生:武蔵野赤十字病院救急救命センター 看護係長
■永田 友博:職業能力開発大学校東京校デザイン科 講師
■須佐 千秋:武蔵野赤十字病院 非常勤職員 ■菊地 貴博:武蔵野赤十字病院 非常勤職員
■山崎 麻美:(独)国立病院機構大阪医療センター 副院長 ■埜中 正博:(独)国立病院機構大阪医療センター 医師
■押田 奈都:(独)国立病院機構大阪医療センター 医師 ■建林 美佐子:(独)国立病院機構大阪医療センター 医長
■馬場 庸平:(独)国立病院機構大阪医療センター 専修医
■有田 絵里:(独)国立病院機構大阪医療センター 研究補助者 ■本村 陽一:(独)産業技術総合研究所 主任研究員
■掛札 逸美:(独)産業技術総合研究所 ポスドク ■宮﨑 祐介:東京工業大学 准教授
■北村 光司:(独)産業技術総合研究所 研究員 ■水沼 博:首都大学東京大学院理工学研究科 教授
■吉田 真:首都大学東京大学院理工学研究科 助教 ■園村 光弘:首都大学東京大学院理工学研究科 特任研究員

【協力者】
■山田 不二子:NPO法人子ども虐待ネグレクト防止ネットワーク 代表
■大阪市子ども相談センター(子ども虐待医療支援検討会の参加機関)
■神奈川県中央児童相談所虐待対策支援課
■溝口 史剛:群馬県児童虐待防止医療アドバイザー ■(社)桑の実会桑の実保育園
■長崎県大村市保育所・幼稚園(18園)
※所属・役職は、参加終了時のもの。詳しくは研究開発実施終了報告書を参照。

【論文】

■(2008)Characteristics of hospital-based Munchausen Syndrome by Proxy in Japan, Child Abuse & Neglect,32-4:503-509.

■(2008)Pediatrics,1:29-36.

■(2008)A Differences of Munchausen Syndrome by Proxy by Predominant Symptoms in Japan,Pediatric International,50:537-540.

■奥山 眞紀子(2008)子ども虐待の発見と対応―医療現場から,子ども虐待新版,有斐閣,   159-175.

■奥山 眞紀子(2008)行動の問題,うつ、自殺,思春期医学臨床テキスト,診断と治療社,151-157.

■奥山 眞紀子(2008)新版 子ども虐待防止マニュアル,ひとなる書房,16-29 ,52-70.

■奥山 眞紀子(2008)虐待を受けた子ども,ケーススタディ こどものこころ,日本医事新報社,17-20.

■奥山 眞紀子(2008)精神科救急 身体的虐待,小児科臨床ピクシス 小児救急医療,中山書店,140-142.

■日高 聖,藤原 卓(2010)「外傷歯の処置と予防について」デンタルダイヤモンド,35(11): 58-63 .

■宮崎 祐介,藤井 勇輔,立矢 宏,放生 明廣(2010)三次元透過頭部物理モデルによる頭蓋骨-脳間相対運動計測,シンポジウム:スポーツ・アンド・ヒューマン・ダイナミクス講演論文集,82-87.

■西村 剛,宮崎 祐介,山崎 麻美,西田 佳史,山中 龍宏(2011)乳児の頭部物理モデルを用いた揺さぶり時の脳-頭蓋骨間の相対運動計測,第23回バイオエンジニアリング講演会講演論文集,127-129.

■宮崎 祐介(2011)多分野連携による傷害予防工学研究,第23回バイオエンジニアリング講演会講演論文集,235-236.

■山崎 麻美(2011)Book Review どう診る?どう対応する?乳幼児の頭部外傷と虐待 救急医療チームがおさえておきたい診断・治療・予防のポイント,脳神経外科速報,メディカ出版,21(2):218.

■馬場 庸平,埜中 正博,永野 大輔,尾崎 友彦,押田 奈都,角野 喜則,山際 啓典,金村 米博,山中 一功,森内 秀祐,中島 伸、山崎 麻美(2011)レジデント教育への手術計画ソフトウエアiPlan cranialの活用,脳神経外科速報,メディカ出版,21(3):310-314.

■山崎 麻美,押田 奈都,埜中 正博(2011)虐待による乳幼児頭部外傷を事故による頭部外傷の鑑別,小児科診療,診断と治療社,74(10):1501-1507.

■山崎 麻美(2011)子ども頭部外傷をみたときの注意点-虐待と事故との鑑別について,大阪府女医会報,vol.122,7.

■山崎 麻美,埜中正博(2011)抱いていた乳児をフローリングの床におとしたことで頭蓋内出血が起きますか。乳幼児が畳の上で転んで頭蓋内出血が起きますか,Jpn J Pediatr Med (Suppl)小児内科,東京医学社,43:877-880.

■M.Sonomura,H. Mizunuma,T. Numamori,Y. Michiwaki and K. Nishinari(2011)Numerical simulation of the swallowing of liquid bolus,J. Texture studies,42:203-211.

■K. Nishinari,M. Takemasa,L. Sua, Y. Michiwaki,H. Mizunuma,H. Ogoshi(2011)Effect of shear thinning on aspiration -e Toward making solutions for judging the risk of aspiration,Food Hydrocolloids,25,1737-1743.

■道脇 幸博,愛甲 勝哉,井上 貴美子,西田 佳史(2011)三次救急病院に搬送された食品による窒息107例の臨床経過と医療コスト,老年歯科医学.

■井上 美喜子,北村 光司,西田 佳史,山中 龍宏,出口 貴美子,高山 隼人,小尾 重厚,城 仁士(2011) "地域参加型研究(CBPR)による子どもの傷害予防の取り組み -Love & Safety おおむらプロジェクトにおける多機関連携による制御論的アプローチ-,国民生活研究,Vol. 51, No. 3,24-49.

■井上 美喜子,北村 光司,西田 佳史,山中 龍宏,出口 貴美子,高山 隼人,小尾 重厚(2011) "Love & Safety おおむらプロジェクト-地域参加型の子どもの傷害予防の取り組み-,長崎県医師会報,Vol. 791,24-30.

■北村 光司,西田 佳史,宮崎 祐介,山崎 麻美,岩瀬 博太郎,高野 太刀雄,山中 龍宏(2011)虐待の早期発見のための統計的・物理的診断技術の開発,ヒューマンインタフェース学会誌, Vol.13,No.2,81-88.

■北村 光司(2011)虐待判別システム第1回,医療情報誌 医心SENSHIN,NPO法人プロジェクト医心,No.25,44-45.

■北村 光司(2011)虐待判別システム第2回,医療情報誌 医心SENSHIN,NPO法人プロジェクト医心,No.26,48-49.

【メディア報道・投稿】

■2010年5月30日,朝日新聞,虐待児の頭の傷、DB化 産総研など、正確な診断目指す.

■2010年6月23日,NHK大阪,ニューステラス関西,虐待判別のプロジェクト.

■2010年7月15日,NHK総合,おはよう日本,虐待判別のプロジェクト.

■2010年7月28日,NHK 首都圏ネットワーク,“科学の力で虐待見分ける”シンポ.

■2010年8月5日,東京新聞,虐待見極めに科学の目.

■2010年8月10日,TBSテレビ 朝ズバッ!,科学的虐待診断技術.

■2010年8月13日,テレビ東京,ニュースファイン,乳幼児の虐待と不慮の事故の判別手法の開発について.

■2010年8月23日,関西テレビ,スーパーニュースアンカー,虐待判別のプロジェクトについて.

■2010年8月26日,NHK教育,視点論点,児童虐待への科学的アプローチ.

■2010年8月31日,北海道新聞,事故か虐待か解明に科学の力.

■2011年8月8日,読売新聞,児童虐待判別ソフト 試験運用.

■2011年11月6日,毎日新聞,虐待による傷害の早期発見支援システム.

■2011年11月12日,NHK,傷害データを用いた統計的虐待判別支援システムについて.

■2012年2月5日,NHK,児童虐待 情報共有し防止を.

■2012年2月25日,教育医事新聞,第18回日本SIDS・乳幼児突然死予防学会学術集会-工学的アプローチに焦点-.

■2012年2月26日,朝日新聞,虐待診断支援ソフト.

【その他】

■国内特許出願:神谷 哲,外山 義雄,道脇 幸博,嚥下シミュレーション装置及び方法,2011年6月30日,特願2011-146780.

■2012年10月11日,統計的虐待診断支援ソフトウェア(CD-ROM版)の配布.