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SATREPSインターンレポート「一粒のコムギが世界を救う」〜横浜市立大学エクステンション講座に参加して
2013年05月18日 横浜市立大学舞岡キャンパス(木原生物学研究所)

 横浜市営地下鉄の舞岡駅から地上に出ると、よく晴れた青空の下、緑いっぱいの景色が広がっていました。歩くこと10分近く、かなり急な坂道を上り切ったところに、コムギの穂のモチーフがたくさんほどこされた近代的な建物が現れました。SATREPSアフガニスタン課題の研究代表者を務める坂智広教授のいる横浜市立大の舞岡キャンパス(木原生物学研究所)は、想像したよもずっとのどかな田園風景の中にあったのです。

 5月18日(土)午後に、横浜市立大学エクステンション講座「舞岡から発信する生命科学入門講座」第2回が開催され、坂教授が講師を務められました。私も受講生の一人として参加しましたが、地域の住民など約60人ほど参加していました。坂教授の講座は「一粒のコムギが世界を救う〜研究圃場から食糧危機を回避する挑戦へ」と題し、生物資源の意味や地球規模の食糧危機の現状、その対策として坂教授が取り組むSATREPSアフガニスタンのコムギプロジェクトについてなど、興味深いお話がたくさん盛り込まれていました。

 坂教授によりますと、生物種は地球上に最初の生命体が誕生してから約36億年の歴史の中で、進化や絶滅を繰り返してきました。現在の地球上に存在している生物は150万種ですが、それらは皆さまざまな苦難の中を生き残った生物種たちで、「そこに存在していることには何らかの理由がある」と考えるところから植物遺伝資源の研究は始まります。遺伝的要因と環境要因の掛け合わせで出現したり、出現しなかったりする性質から遺伝情報を読み取り、品種改良に利用する試みはとてもおもしろいと感じました。

 しかし、そうした試みの一方で、人間社会の人口はどんどん増加し、50年後には現在の2倍の穀物生産量が必要となります。坂教授は「限界はあるだろうが、それでも科学者としては、品種改良などあらゆる手段を駆使して技術革新を目指したい」と話されました。確かに、単に荒れた土地を開墾し、コムギ、コメ、トウモロコシの作付け面積を増やすだけでは食糧の増産は人口増に追いつきません。効率を上げる方法として、坂教授が掲げているのは、品種改良による増産以外に、食用となり得るのに使われていない作物の存在です。坂教授によると、25万〜30万種類ある植物のうち、食べられる植物は地球上に10万以上あり、地球の発展と絶滅の中で生き延びてきた生物たちの可能性は、まだまだ未知数だと思います。坂先生のお話を聞きして、これからの可能性にわくわくしました。

 SATREPSプロジェクトのお話を聞かせていただきました。

 かつてのアフガニスタンは、世界有数の農業国でした。それが長年の紛争の影響で農村は荒廃してしまい、多くの人が食糧に困る生活を送っています。アフガニスタンの内政は未だ安定していません。各国からの農業支援は届きますが、その中にはアフガニスタンの環境に適さないものもあるそうです。他国の環境ではよく育つコムギでも、乾燥し、荒れた土地ではそううまくはいきません。そこで坂教授は、昔からアフガニスタンの土地で元気に育てられていたコムギを里帰りさせ、現地の風土に合った品種に改良しようとしています。木原生物学研究所を創始された木原均博士が、コムギの起源を探索する中で、半世紀前に現地で集めたコムギの種が、役に立っているというのは奇跡のように感じられました。昨年秋に穂が実ったときには、NHKなど多くのマスコミが取り上げ、話題になったのも納得です。

 「腹が減っては戦が出来ぬ、ではなくて、腹が減るから戦が起きるのだ」

 坂教授のこの言葉には、アフガニスタンの人々に寄せるやさしさと研究者としての心意気が感じられました。

 そんな研究を進めるべく、坂教授は木原生物学研究所の圃場で、実際に様々な種類のムギを栽培していました。圃場を拝見させて頂きましたが、コムギだけでなく、オオムギ、ライムギ、さらにそれらが細かく分類されて栽培されていました。アフガニスタンのコムギ圃場では現地から留学中の方たちとも交流させて頂きました。みなさん、とても朗らかだったのが、印象に残っています。

 日光の当たりかた1つでムギの背丈はまったく異なります。コムギのひげのあるなしも、品種改良によって変えられるそうです。これは言葉では「そうなんだ」で終わってしまうことかもしれませんが、実際に目で見ると感動が違いました。「説明を聞いて『はー』と思い、実際に見て『へー』と思い、自分の中で腑に落として『ほー』と思うことが大切」と坂教授はヒントをくださいます。まさに百聞は一見に如かずとはこのことであり、自分の目で見て自分で考えることの大切さを今回の講座を通して感じました。

 私は現在大学で、農業について学んでいます。さらに、興味を持って自分から動く行動力さえあれば、現場を見て自分で考える機会を作ることのできる環境にいます。今回感じた自分の目を使う大切さを、今後の大学生活に生かしていきたいです。坂教授、貴重なお話をありがとうございました。
【理解者・協力者連携推進員 筑波大2年 佐藤史織】

地球規模課題対応国際科学技術協力(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development)の略語。独立行政法人科学技術振興機構(JST)と独立行政法人国際協力機構(JICA)が共同で助成し、地球規模課題解決のために日本と開発途上国の研究者が共同で研究を行う3〜5年間のプログラムです。35カ国68のプロジェクトが実施されています。

20年以上の内戦で耕作地のみならず生活基盤や社会基盤までが破壊されたてしまったアフガニスタンでは、人々の生活経済を安定させるため、主要な食料源であるコムギの生産基盤再建が必要です。そこで日本の科学技術と戦後復興の経験を活かし、日照りに強く耐病性を持つアフガニスタン在来のコムギを探索します。また優良品種との掛け合わせにより、厳しい環境でも低コストで育つ品種と利用技術を開発し、環境負荷の少ない作物育成を行います。具体的には、日本の研究所が保存していたアフガニスタン在来のコムギを近代品種と掛け合わせ、高収量・高品質な新品種及び育種技術を開発しています。2011年秋、アフガニスタン系統の種が約50年の時を経て里帰りし、2012年秋には見事な穂がカブールなどで実りました。将来的には国立農業試験場を再建し、コムギの持続的生産と安定供給を目指します。