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3.11から1年〜過去と未来をつなぐ「防災教育」〜 SATREPSインターン:伊藤 拓哉
2012年1月13日(金)東京大学 地震研究所

日本人の心に大きな傷を残した東日本大震災から、1年が経ちました。地震や津波は国境を超えて襲いかかり、地球に暮らす限り、逃れることはできないものですが、地球規模の天災に苦しむ国々が協力することで、過去の経験から学び、未来の被害を最小限にとどめることはできます。

JSTとJICAの支援の下、日本と途上国が二人三脚で研究する国際科学技術協力プログラム「SATREPS(サトレップス)()」に「インドネシアにおける地震火山の総合防災策」というプロジェクトがあります。世界でも有数の地震・津波頻発国である日本とインドネシアが協力し合い、地震や津波を単なる数値としてとらえるだけではなく、社会全体を災害に強くすることを目標に共同研究をしています。具体的には、地震・噴火の予知から、ハザードマップや家の補強などハード面・情報伝達などのソフト面での社会整備、さらには教育や啓発活動までも行う、その名の通り、「総合防災策」の確立を目指すプロジェクトです。

専門用語が飛び交う複雑なプロジェクトをわかりやすく伝えられればと、SATREPSインターン8名がプロジェクトメンバーにインタビューをすることができました。話をしてくれたのは、「防災教育」を通した啓発活動を専門とする東京大学地震研究所、杉本めぐみ特任研究員です。代表として、国際基督教大学2年の伊藤が報告をします。

今回のインタビューでは、主に2つの点に注目しました。「なぜ防災教育が必要なのか」と「災害に強い社会とはどういうものか」についてです。


写真1.津波の高さを示すメモリアルポール(後列左が杉本研究員)
後世へと津波の恐ろしさを伝えます。
<インドネシア・アチェ>


写真2.「ここより下に家を建てるな」と刻まれた津波記念碑
防災教育のひとつのあり方です。
<岩手県宮古市姉吉地区>

まず、防災教育の必要性についてです。

インドネシアで地震・津波といって思い浮かぶのは、2004年に発生したスマトラ島沖地震ではないでしょうか。インドネシア国内だけでも死者、行方不明者合わせて約17万人にも達した大災害であり、杉本研究員自身も被災したそうです。リアルタイムで現場を見た経験も踏まえると、犠牲者が甚大な数に及んだ一つの原因として「防災教育」が十分に普及していなかったことが挙げられるといいます。

「スマトラ島沖地震が起こるまで、インドネシアの人々には津波を恐れ、海からすぐに逃げるという考えが根付いていませんでした。彼らを『逃げさせる力』が、防災教育にはあります。」

この悲劇を繰り返さないため、研究員は、メモリアルポール(写真1)を用いた啓発活動をしています。これは、津波が押し寄せた高さのポールを立てることで、津波を知らない子供などにもこれより高く逃げなければならないと視覚的に訴えるものです。メモリアルポールのモデルになった記念碑が日本の東北地方にあるといいます。今から約80年前に発生した昭和三陸地震の津波被害を後世に伝えるために「ここより下に家を建てるな」との戒めを刻んだ記念碑(写真2)が建てられました。先人の教えを守った地区では、未曾有の大津波でも、浸水をした家は一軒もなかったそうです。

「こういった過去の経験を次の世代へと伝え、未来の震災に備えることは、経済的に豊かではない途上国にとって、お金やコンクリートを使わずに被害を抑える対策として有益なものです」と話す研究員の声には一層力がこもっていました。

インドネシアでも、防災教育が実際に人の命を救ったそうです。スマトラ島沖地震の震源地からわずか60キロにあるシムル島で起きた出来事です。シムル島には当時、7万8000人が暮らしていましたが、津波による死者は、7人と最小限にとどまりました。津波を知らないはずの島民が、地震が来た後すぐに高台に逃げたからだといいます。

「人々を逃げさせたのは、この島に昔から伝わる歌でした。過去の津波被害を教訓に、『地震が来たら、高いところに逃げろ』という歌が、受け継がれていたのです。」

歌に従ったことで、多くの人が津波を見ることなく助かりました。「シムル島で人々を逃げさせた『歌』こそが、防災教育のあるべき姿です。」と研究員は語ります。

「地震が来たら、机の下へ」という体に染みついた行動も、「津波の心配はありません」という何気なく見ているテロップも、いざというときには私の命を救ってくれる大切な「教え」なのかと気づかされました。

次に、災害に強い社会についてです。

「災害のときに、スーパーマン1人がいるのと、100人の普通の人がいるの、どっちがいいと思いますか?」インタビューの終盤に、研究員に問いかけられました。

「自然災害に立ち向かうとき、スーパーマンはいりません。みんなで助け合える社会が大切なのです。」

お年寄りなど、とっさに逃げられない「災害弱者」と呼ばれる人々に差し出されるべきは、スーパーマンの2本の手より、地域の200本の手であり、頼るべきは1つの屈強な背中より、100の温かい背中なのかもしれません。

いくら科学や技術が発展して、精度の良い予知をしても、高い防波堤を建てても、自然の猛威に絶対に勝てるという保証はありません。きっと本当に災害に強い社会というのは、しっかりとした技術とみんなで逃げるという覚悟の両方が備わっている社会のことであるとインタビューを通して、学ぶことができました。

昨年の東日本大震災は、日本の防災対策を1つのモデルとしていたインドネシアの共同研究者にも大きなインパクトを与えたといいます。しかし、日本から学び、日本を超えようと、東北に調査に入っていく前向きな姿勢が見て取れたそうです。M9という未曾有の大災害に襲われた日本とインドネシアが手を取り合い、次に世界のどこかで起きる震災の被害を抑えるために奮闘するこのプロジェクトは、災害の過去を振り返り、未来に生かす大きな役割を果たしています。

私は昨年の夏にボランティアとして、震災復旧に携わりました。つらい経験をしても復興を目指し、前を向いていた東北の人々を今でも思い出します。その姿を目の当たりにすることで、自分は自分にできることをするという当たり前のことに気づきました。東京の大学生、ボランティア、そしてインターンという様々な立場で震災と向かい合った自分の経験を、自分の言葉で伝えていくことこそが、私にできる「防災教育」です。過去ではなくこれからを視野に入れた「防災教育」が世界各地で普及し、震災による被害者が1人でも少なくなることを願っています。


杉本研究員へのインタビューと同日に行われたプロジェクト代表研究者佐竹健治教授とインターンとの対談
こちらはSATREPS新年度パンフレット(p.10-13)に掲載されています。

SATREPSとは・・・地球規模課題対応国際科学技術協力(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development)の略称
近年、地球温暖化などの一国では解決できない地球全体の問題が注目されています。特に途上国はその影響を強く受けてしまいます。解決のためには、途上国における科学技術の発展が不可欠です。そこで、日本の優れた科学技術と政府開発援助(ODA)を組み合わせて、途上国の科学技術力向上や国の発展のためにSATREPSプログラムが行われています。この枠組みの下、現在、世界32カ国で59プロジェクトが「地球のために未来のために」日夜、研究を続けています。

<筆者紹介>
伊藤 拓哉 : 国際基督教大学3年生 2011年4月からSATREPSのインターン
SATREPSの活動をわかりやすく伝えていきます。1年間のインターン活動で、たくさんの現場を見て、多くの方にインタビューをして、かけがえのない経験を将来に活そうと奮闘中です。「科学技術と途上国協力」のコンセプトを多くの人に知ってもらいたいです。昨年の夏に震災ボランティアに1ヶ月間参加してきたので、今回のインタビューには特に関心を持って、臨みました。

登録制SNS「Friends of SATREPS」にて、さらに詳しいインターンの生の声を聞けます。ぜひご覧ください。

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新年度SATREPSパンフレット