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人々の生活や社会の発展を支え、未来を拓く鍵ともなる科学技術。
JSTは、日本の科学技術と社会、地球の未来を見据え、国際社会と協調しながら、長期的な広い視野を持って科学技術の振興を進めている。その事業は多岐にわたり、その制度設計から実施に至るまで多くの方々と協働している。JSTと志を同じくして国民の幸福や豊かさの実現に向けた科学技術を推進する人はどんな思いを抱いて取り組んでいるのだろうか。

剱持 由起夫 副調査役インタビューはこちら>>

「独創的シーズ展開事業・委託開発」研究者 都甲 潔氏 (九州大学大学院システム情報科学研究院 研究院長 主幹教授)

「独創的シーズ展開事業・委託開発 人工脂質膜を用いた品質管理用高耐久高速味覚センサ」研究者
「CREST 先進的統合センシング技術領域 セキュリティ用途向け超高感度匂いセンサシステムの開発」研究代表者

新商品を機械が味見する。大手食品企業ではこれが当たり前になってきた。機械は人間よりも正確だし、疲れ知らずで文句も言わない。プリンにしょうゆをかけるとウニの味。こんなことまで数値で表すことが可能だ。しかし、この装置開発の意義は単に味の測定を可能にしたことにあるのではない。“感覚の数値化”という新概念を生み出したことにあるのだ。
この偉業を成し遂げたのは九州大学の都甲教授と(株)インテリジェントセンサーテクノロジーの池崎氏。そして実は、JSTがこの研究の一端を支援していた。今回は各種メディアでもおなじみの都甲教授にJSTの支援を受けた研究の成果についてお聞きした。(『味の数値化。』 JST news 2007年8月号 もご覧ください。)

JST Partners 「独創的シーズ展開事業・委託開発」研究者 都甲 潔氏_1

JSTはどのように貢献したのか

都甲教授は長い時間をかけて味覚センサの研究を続けてきた。最初の味覚センサを開発したのは1993年のこと。JSTの支援1)を受けるよりも前である。するとJSTはどのように貢献したのだろう。そんな疑問を投げかけると、都甲教授は機関銃のような勢いで話し出した。

「味覚っていうのは抽象的な概念ですよね。甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つの軸に分解できる。JSTの支援を受けた私たちの大きな研究成果は、この一つひとつの味を、甘味は甘味センサで、酸味は酸味センサというように一対一で測れるような味覚センサを開発したこと。研究当初の一番の課題は甘味センサ自体の開発でしたね。甘味センサはその時まだ完成してなかったので。それともうひとつは耐久性。三千回だったかな、これをクリアすることが目標でした。高耐久性に加え高選択性。この二つをクリアしたんです。分かりやすくデータが取れて、しかも耐久性に優れてなければ売り物にならないでしょう。それまでは8枚舌、8個のセンサでデータを測定していたのですが、パターン認識だから味覚を算出するときの解が一意に決まらない。マトリクス変換の軸を考えてもらえば分かるけれど、データの“解釈”が必要だったのに、これが結構難しかったのです。それが今は誰が測っても同じ答えを出せるようになりました」

まくし立てる教授の勢いに圧倒されながら、私はおずおずと手を挙げる。学生時代に戻った気分だ。
「つまり、それまでは相対的な数値しか出なかった味覚センサを、絶対的な数値が出るようにしたと……」
「当たり! 当たり! そう、そういうこと。一つの膜で一つの味質に応答するから生体が認識する方法と一緒。食品の種類にも依存しない。絶対的、そう、当たりです!」。都甲教授の早口が続く。息継ぎはどこでしているのか心配になってしまう。

つまりはこういうことだ。プリンにしょうゆをかけたサンプル。このサンプルを8個のセンサで測定すると、8個の数値が出てくる。一方、ウニをサンプルとして測定しても8個の数値が出てくる。この2組のデータを見比べてセンサごとの測定値が似ているなら、全体の味も似ているとすぐに分かる。しかし1組のデータ、8個の数値から5つの味覚それぞれに対応した数値に変換することは難しかった。これをクリアしないと2つの味の比較はできても、それぞれがどんな味かを表現することはできない。場合によっては2つの解が導かれてしまって、甘味が1で酸味が5なのか、甘味が5で酸味が1なのか測定値だけからは判断できなくなってしまうのだ。その結果、「このセンサは使えません」と企業から言われてしまった。そこで都甲教授と池崎氏はJSTの支援を受けて、甘味、酸味などの基本味に対応する5種類の味覚センサの開発を行ったのである。誰でも簡単に使えるようになった味覚センサは、味の品質管理といった用途で多くの会社に利用されるようになった。JSTは装置開発の重要な部分に貢献したのだ。

味覚研究:その発端は哲学的思考

「ところでなぜ脂質膜で味覚センサの研究をしようと思ったのでしょう。生物の仕組みとは違うようですが」。率直に聞いてみた。
「学生時代から電子工学科にいたんですが、物性と、哲学にも興味があったんです。当時は膜電位の研究をしていました。自己組織化、ミクロな物質レベルからマクロな生体ができるメカニズムに興味を持っていて、それで膜だったんです。当時としてもホットな話題でした。しかし、いくら生物が分かっても人間は分からないということに気付いたんです。例えばコーヒーとか紅茶の苦味。単細胞生物は苦味を嫌います。毒だから。分かるでしょう。このように人間と他の生物には隔たりがある。近いところもいっぱい。違うところもいっぱい。まあ僕は電子工学科で生き残ろうと思ったのであんまり哲学的なことばかりを考えても仕方ないと思いました。じゃあ膜を使って何かできないかと。工学科だから何かの役に立つ研究をしなくちゃいけない。ところで膜はセンサの受容部に使える。センサって良い響きじゃないですか。工学っぽくて。その中でさらに味覚センサは良いじゃないか、と。だって人間は環境に影響を受けますよね。食文化とか。だから味覚っていうのは人間を知る上でも面白い。膜の研究をすれば工学科で生き残れる。しかも僕の興味がある人間の探求もできる。一石二鳥じゃないか。それで味覚を研究しようと決心したんです」

生き残り戦略と言われたこともあるそうだ。都甲教授は先ほどよりは少しゆっくりと、でもやっぱり早口で語る。
「たしかに生物が味覚を感じる仕組みとは違う。生物はタンパク質で味物質を受け取って、化学反応で電気信号にして脳に味を伝えます。私の場合は脂質膜の電位差を見ているだけ。でも、なぜかそれで味が分かってしまうんですね。脂質膜の応答が生物の味覚とそっくりなんです」
なるほど。味を測る、という目的を果たすには脂質膜で十分だったというわけだ。
「理学は真実を追い求めるけど、工学に真実はありません。あるのは目標と達成だけ」。都甲教授はきっぱりと述べた。
「僕はこうやって一生懸命しゃべってるんだけどね。発端と言うか動機は結構複雑でしょ。みんな『長すぎる』ってカットしちゃうんですよ。ぜひここ書いてほしいなあ」。そう言って笑う。
生き残り戦略だったというよりは、好きなことに忠実だっただけなのではないだろうか。実に研究者らしい。

研究への心構え

JST Partners 「独創的シーズ展開事業・委託開発」研究者 都甲 潔氏_2

結果的に都甲教授の20年間にわたる研究は実を結んだ。とはいえ、研究をしている最中には研究が成功するかどうか分からない。この方向で研究を進めて良いのかどうか、研究を諦めずに継続させることは実は難しいのではないだろうか?
「うん。そう。僕はね、学生にこんなことを言うんですよ。『昔々、祈祷師がいました。干ばつで雨が降らない時に、その祈祷師は材木を積み上げてやぐらを造って、火を起こして祈りました。むにゃむにゃむにゃってね。すると絶対に雨が降った。どうしてでしょう』ってね。そうすると工学部の学生はこう答える。『そりゃあ、やぐらを造って火を起こしたら、空気中に水滴の核ができる。そして雲ができて、雨が降るんじゃないですか』。うん。まあ科学的には正しい。でも僕はそれは言いたくない。だからね、こう言います。『違うんだ。いつかは必ず雨が降る。祈祷師は雨が降るまで祈るんだ。Never Give Up!』。99回失敗しても100回目でうまく行けばいいでしょ」
都甲教授は柔和に微笑む。その笑みを見た学生はきっと、もう一回チャレンジしてみよう、という気になるのだろう。都甲教授は学生をやる気にさせることにかけても一流のようだ。
「でも、しょうもないことはさっと諦めてもいいけどね」
都甲教授は、今度は大きく口を開けて笑った。

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CRESTでの新展開:真の産官学連携

味覚センサの研究はまだ続いている。例えば辛味の測定だ。5つの基本味とは違い、痛覚に分類される辛味の測定には別の仕組みが必要だそうだ。他にもポータブル化や、農薬センサへの応用も視野に入れている。一方、都甲教授の持ち味は脂質膜の味覚センサだけではない。表面プラズモン共鳴(SPR)などを利用した超高感度においセンサにも精力的に取り組んできた。

「味覚センサは、着想から開発までほとんど自分が中心でやりました。CREST2)に応募したころには、僕もちょっとは名が売れていたので、協力者を募ったんです。そうしたらSPRに詳しい先生や、抗体を作ってくれる生化学の先生も組んでくれた。体制も最初から大きくって、お金も最初からあって、それであっという間に成果が出たんです」

この研究もアウトプット重視だった。装置の開発が最終目標である。つまり、20年かけて行った味覚センサの開発と同じような道のりを5年という短期間でもう一度歩まなくてはならない。CRESTは研究にかかわる人数も多いが、それを一人でまとめなければならないのだから大変だ。「本当にきつかった」と都甲教授は二回続けて言った。
「ちなみににおいセンサって言ってるけど、本質は化学センサの開発です。特定の化学物質を検知する超高感度化学センサって言ってしまうと面白くないでしょ。だからにおいセンサって言っています。具体的には爆薬を検知する装置の開発をしました。成果報告書3)に公表されていますが、財務省の関税中央分析所にも協力してもらったんです。実際に税関の研究員が、九大のこの研究室で手を動かして研究をしたんですよ。彼はそういう実務的な所から来てくれていますから、使えること、誤作動がないこと、耐久性があること、ということを重視しました。そして実用に耐えうる装置開発に成功したんです。今までは輸入品を検査するのに海外製品を使っていましたからね。それがいまや日本発、しかも性能も世界最高レベルです」

実証試験にも合格したその装置は、爆薬のサンプリングから検出までたったの1分。税関はこれを日本の技術として大いに喧伝(けんでん)するでしょう、と都甲教授は言う。まさに産官学の研究成果である。
「実はにおいっていうのは味覚と違って具体的な概念だから難しい。バラの香り、とか、新車のにおい、とか、実物とリンクしているでしょ。実物を知っていないとイメージがわきにくい。本質的に味覚と異なるんです。軸が多い。まあ昔に比べて生体がにおいを感じる仕組みも分かってきたのですけどね。とにかく最初に味覚を選んだのが成功でした」

まずは味覚、そして嗅覚(きゅうかく)。都甲教授には成功への嗅覚が備わっていたようだ。今後の研究展開にも期待が高まる。
――次は成功への嗅覚も数値化していただけないでしょうか。都甲教授ならできそうな気がします。

都甲教授らが、11月20日(土)に開催される「サイエンスアゴラ」内で、「産学官連携の舞台裏をお見せします」というイベントに登場されます。
詳細は、http://www.scienceagora.org/scienceagora/agora2010/program/show/A45

「A-STEP」「CREST」ってどんなところ?

JSTの独創的シーズ展開事業は研究成果最適展開支援事業「A-STEP http://www.jst.go.jp/a-step/」として事業を再編いたしました。A-STEPはシーズ候補の可能性検証からベンチャー起業、実用化開発まで、社会経済や科学技術の発展、国民生活の向上に寄与するため、大学や公的研究機関などの優れた研究成果の実用化を通じてイノベーションの効率的・効果的創出を目指す技術移転事業です。
また、戦略的創造研究推進事業「CREST http://www.jst.go.jp/kisoken/crest/」は、社会的・経済的ニーズの実現に向けた戦略目標に対し、イノベーションシーズを創出するためのチーム型研究です。

1) 独創的シーズ展開事業 委託開発 開発成果事例
  http://www.jst.go.jp/itaku/result/ex3/14.html

2) CREST領域「先端的統合センシング技術」 研究代表者・研究課題紹介ホームページ
  http://www.sen.jst.go.jp/theme/theme_h17/Tokou.html

3) CREST領域「先端的統合センシング技術」 研究代表者 都甲 潔 終了報告書
  http://www.sen.jst.go.jp/result/result_h17/toko/toko005.pdf

JST Partners 「独創的シーズ展開事業・委託開発」研究者 都甲 潔氏_4

都甲 潔 (とこう きよし)氏の略歴

九州大学大学院システム情報科学研究院 研究院長 主幹教授

1953年、福岡生まれ。九州大学卒業後、工学部電子工学科助教授を経て、九州大学大学院システム情報科学研究院教授。著書に『感性の科学』(朝倉書店、日本感性工学会出版賞受賞)、『ハイブリッド・レシピ』(飛鳥新社)など。世界で初めて「味を測る」という概念を提唱し、味覚センサを開発した功績で2006年度文部科学大臣表彰・科学技術賞、2008年度安藤百福賞「優秀賞」、2009年度第34回井上春成賞、2010年度第1回立石賞「功績賞」など受賞多数。

(文:米澤崇礼、写真:渡邉美生)

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