生体活性傾斜機能を有する人工股関節


本新技術の背景、内容、効果は次の通りである。

(背景) 望まれる、生体骨と結合できる生体活性を付与した人工股関節

 股関節は運動機能や支持機能の面で重要な個所であるが、股関節が変形性股関節症や慢性関節リウマチに侵されると、股関節が変形して関節軟骨が消失し、骨棘が出てきて可動制限が生じるのみでなく、患者に激痛をもたらし、患者は常時痛みに悩みながら何年も寝たきりの生活を強いられていた。近年、人工股関節が開発され、置換術により患者は激痛から開放され、短期間で社会復帰できるようになっており、人工股関節は健康福祉の上できわめて重要な人工臓器となっている。
 現在、長期安定性の点でゆるみの起こる可能性の少ないセメントレス人工股関節(骨セメントを用いずに直接生体骨と結合させるタイプ)が多くなりつつあり、生体骨と接触する大腿骨ステムやアウターカップの基材として、軽さや靭性、耐食性に優れたチタン合金が広く使われている。そして、チタン合金と骨組織との適合性を向上させるために、骨組織の構成成分である水酸アパタイト薄膜をプラズマ溶射法によりチタン合金表面にコーティングし、早期に骨と固着させる方法がとられている。しかし、水酸アパタイト粒子が瞬間的に1万℃以上にも加熱され半溶融状態で合金表面に吹きつけられるので、水酸アパタイト薄膜層の組成や構造の制御や、薄膜層を合金界面に強固に結合させることが困難であり、生体内で薄膜層が短期間に消失しやすい難点があった。また、コーティング時にチタン合金の変態点を上回るため、少なからずチタン合金自体の強度低下も伴っている。従って、チタン合金自身に生体骨と結合できるような生体活性を付与する技術が望まれていた。

(内容) アルカリ処理と加熱処理を施すことにより、チタン合金に生体活性を付与し、生体骨と強固に結合できる人工股関節を実現

 金属材料が生体骨と結合するための条件は、生体内でその表面に生体骨類似のアパタイト層を形成することである。本研究者は、チタニアゲルが体液環境下でその表面にアパタイトを形成することに着目し、チタン酸ナトリウムについて、以下のような機構により、生体内において骨類似のアパタイト層の形成を促進することを明らかにした。

(1) チタン酸ナトリウム表面からナトリウムイオンが体液中に溶出し、これが体液中のヒドロニウムイオンと交換することにより、表面がチタニアゲルと同様の環境となり、アパタイトの核形成を誘起する。
(2) 体液中に溶出したナトリウムイオンは、アパタイト成分でもある体液中の水酸イオンの濃度を高め、表面へのアパタイトの核形成を促進する。
(3) いったんアパタイトの核が作られると、体液は通常の状態でもアパタイトの飽和濃度をはるかに越える量のカルシウムイオンとリン酸イオンを含むので、核はそれらを取り込んで自然に成長し、表面に生体骨類似のアパタイト層を形成する。

 本新技術は、上述の知見を指針として、大腿骨ステムやアウターカップの基材であるチタン金属及びその合金表面にチタン酸ナトリウム層を形成し、生体活性を付与した人工股関節を製造するものである。製造方法は、アルカリ処理と加熱処理とに分けられる。

(1)アルカリ処理: 通常、チタン金属及びその合金の表面は、酸化チタンの微薄膜で覆われており、水酸化ナトリウム水溶液に浸漬すると、これが反応し、アパタイト形成能を有するチタン酸ナトリウムの水和ゲル層を形成する。
(2)加熱処理: アルカリ処理後、加熱するとゲル層が脱水、緻密化してアモルファス状のチタン酸ナトリウム層となり、チタン金属及びその合金に強く結合する。加熱処理によりアパタイト形成能は損なわない。

 アルカリ・加熱処理したチタン金属及びその合金は、ナトリウムイオン濃度を表面から内部に向け徐々に減少させる傾斜構造を示す。これを体液環境下におくと、アパタイトが表面から内部に向け徐々に減少する傾斜構造が形成され、アパタイト層と基材との高い結合が得られる。動物実験においても、生体内で傾斜構造的な生体骨類似アパタイト層が形成され、チタン金属及びその合金がアパタイト層を介して生体骨と強く結合することが確認された。

(効果) 人工股関節置換術による治療への利用及び術後の生体骨との固定の長期安定性の実現が期待

本新技術には、次のような特徴がある。

1. 傾斜機能による生体骨との高い結合性が得られ、生体内での固定の長期安定性が実現できる。
2. 材料強度を低下することなく、かつ簡便な工程でチタン合金表面にアパタイト形成機能を付与できる。

 従って、変形性股関節症や慢性関節リウマチ患者に対する人工股関節置換術による治療への利用及び術後の生体骨との固定の長期安定性の実現が期待される。

(※)この発表についての問い合わせは、電話03(5214)8995 佐藤または小泉までご連絡下さい。

参考:本件に係る事前評価は、新技術審議会において行われ、評価結果などは別添の通りです。


This page updated on March 9, 1999

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