高エネルギー分解能分析電子顕微鏡


本新技術の背景、内容、効果は次の通りである。

(背景)
望まれる微小領域における高いエネルギー分解能での分析技術望まれる微小領域における高いエネルギー分解能での分析技術

 透過型電子顕微鏡(TEM)は、高電圧で加速した電子を固体試料に照射し、散乱して透過してくる電子強度を観察することにより、最も分解能の高い場合、試料中の構造をオングストロームオーダーで観察できる装置である。このため、種々の金属、半導体、セラミックス等の材料開発、物性研究等で広範囲に利用されており、非常に有用な分析装置である。また、TEMにエネルギー分析器を組み合わせ、試料中の電子と相互作用し散乱された電子のうち、エネルギーを一部失って透過してくるもののエネルギーを測定する(電子エネルギー損失分光法:EELS)ことにより、試料の電子状態や元素分析も行われている。固体材料の性質は、結晶構造ばかりではなく、微細な領域の組成変化やその電子状態に依存することから、半導体分野を始めとして一層の微細化が進んでいる材料開発において、ナノメートルレベルの微小な領域において、その結晶構造と組成分析を含む電子状態を同時に高い分解能で観察できる手法が望まれている。
 TEMにEELSを組み合わせた分析電子顕微鏡による観察では、詳細に電子状態を明らかにするための照射電子ビームには0.2〜0.3eV程度のエネルギー幅が必要とされる。しかしながら、現状ではエネルギー幅の狭い電界放射型電子銃を用いても試料へ入射する電子ビームのエネルギー幅は1〜2eVであり、詳細な電子状態解析は困難であった。また、ナノメートルレベルの微小領域の電子状態の解析を行うためには、試料へ入射する電子ビーム径を同程度に絞り込む必要がある。しかしながら電子光学系の難しさから、ビームを絞り込むと同時に入射電子のエネルギー幅を狭くすることは容易でない。このことが、ナノメートルレベル以下の領域での精密電子構造解析を困難にしている。

(内容)
ウィーンフィルターを用いて電子ビームのエネルギー幅を0.2eV程度にすることにより、エネルギー分解能を向上

 入射電子のエネルギー幅を小さくする(単色化)ためには、電子銃から引き出され、高電圧で加速される前の電子ビームをエネルギー分解能の高いモノクロメーター(*1)に通すことが考えられる。本研究者は、これに適するエネルギー分解能が非常に高いモノクロメーターとしてウィーンフィルター(*2)に着目し検討を進めてきた。従来のウィーンフィルターは経験に基づいて作られていたが、本研究者はフィルターの詳しい電磁場解析、フィルターでの電子軌道計算を行い、フィルター端の構造がモノクロメーター全体のエネルギー分解能に大きく影響することを明らかにし、フィルター端部分での電場、磁場の乱れの少ない新しい構造のフィルターを検討した。また、従来のウィーンフィルターでは磁場方向に電子ビームが広がってしまい、輝度の高い電子ビームを得るのが難しかったが、電子ビームを収束させるために磁場方向にもフォーカス作用を持たせた構造の検討を進めた。これらよりダブルフォーカス型ウィーンフィルターを作製し、フィルター縁端場の特性を改善することによりエネルギー分解能を向上させるとともに、単色化後も明るい電子ビームを得ることが可能となった。
 また、スリットで単色化した電子ビームは矩形もしくは線状の電子ビームとなり、ナノメートルレベルの円形ビームを得ることができない。円形のナノメートルレベルのビームを得るために、研究者は1段目のモノクロメーターの後段に電子が逆過程の軌道を通るように2段目のモノクロメータを配置し、円形で高輝度のビームを電子源として用いることを考案した。これにより、エネルギー幅が小さく、かつナノレベルの微小領域での元素分析や電子状態解析が可能になる。
 本分析電子顕微鏡は、電子源・モノクロメーター・加速部、照射レンズ系・試料部、中間レンズ系・アナライザー・投影レンズ系、検出系からなる。電子源・モノクロメーターには、電界放出型電子銃にモノクロメーターとして2段のダブルフォーカス型ウィーンフィルターを組み合わせたものを用いる。また、試料を透過した電子のエネルギー分析器(アナライザー)としては、本研究者が実現した従来のオメガフィルター(*3)に比べ分散能が2倍程度大きく、アナライザーに適した高分散オメガフィルターを用いる。このほか、これらフィルター電源の安定度を向上させることにより、分析領域2nm径、エネルギー分解能0.2eV程度を実現するものである。測定に際しては、オメガフィルター前後の電子光学系のモードを切り替えることにより、構造観察と元素分析、電子状態解析が行える。

(効果)
材料開発や物性研究等での構造、電子状態解析技術として利用

 本新技術は、

(1) 微小領域の結晶構造と電子状態を高分解能で測定することが可能である。
(2) 微小領域の組成分析や、元素分布、結合状態のマッピングが可能である。

等の特徴を有し、半導体多層膜界面や金属、絶縁体、各種機能性材料における微小領域の構造解析、電子状態解析等に利用されるものと期待される。

(※)この発表についての問い合わせは、電話03(5214)8995 佐藤または出村までご連絡下さい。

参考:本件に係る事前評価は、新技術審議会において行われ、評価結果などは別添のとおりです。

(用語解説)

*1 モノクロメーター  : あるエネルギー幅を持つ電子ビームから特定のエネルギーを持つ電子だけを取り出す装置。
*2 ウィーンフィルター : フィルター内部に電場と磁場を直交させた場を作り、この中に電子ビームを通すと、エネルギーの違うビームの軌道がずれて出てくることを利用したモノクロメーター。
*3 オメガフィルター : 電磁石により作られた磁場を通った電子がエネルギーに応じて軌道が異なることを利用し、試料から出てきた種々のエネルギーをもつ電子から特定のエネルギーを持つ電子を分離するもの(アナライザー)の一種であり、電子の軌道がギリシャ文字のΩ(オメガ)に似ていることからこの名前が付けられた。

装置構成図


This page updated on February 15, 1999

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