楠見膜組織能プロジェクト


1.総括責任者

 楠見 明弘(名古屋大学大学院理学研究科 教授)

2.研究の概要

 細胞は細胞膜上での膜タンパク質の運動と局在化を制御し、またさまざまな機能をもつタンパク質の集合体や、配列構造を構築している。これらの構造や膜タンパク質の特定の場所への局在化が、細胞や多細胞集団の多くの重要な機能の発現において、鍵となる役割を演じている。例えば、細胞膜が外界との間でおこなう情報・エネルギー・物質のやりとりの制御、細胞が形を決めたり運動したり、さらには隣の細胞と交信し接着の強さを決め、ひいては細胞骨格(1)と共同して組織(多細胞集団)の組立を決める過程などである。
 このように、細胞は細胞膜を可塑的で多機能なシステムとして有効に働かせているが、そのためには細胞膜の構造を大域的に組織化する必要がある。この大域的な組織化は、分子の自己組織化だけでなく、細胞の能動的機構(ATPのエネルギーを用いた機構)とうまく共同させることによっておこなわれると考えられ、最近その中心的な働きをしているのが、膜骨格(2)であるらしいということがわかってきた。膜骨格は細胞膜と細胞骨格の境界にあって、両者の相互作用を媒介する働きをもっている。しかし、膜骨格が細胞膜分子を組織化する機構(膜組織能)の研究は、緒についたばかりである。さらに、多細胞集団の形態形成は、細胞膜同士、および細胞膜と細胞骨格との相互作用によって担われているので、これらにも膜骨格は重要な役割を演ずるが、その具体的な機構はほとんどわかっていない。
 本研究は、細胞膜の可塑的で多様な機能発現を可能にしていると見られる、生体エネルギーを用いた能動的な膜の組織化の機構、特に自己組織化との共同的機構を膜骨格に焦点を当てて、探求するものである。具体的には、まず生きている細胞の中で、1分子レベルで膜タンパク質の動きとそのタンパク質にかかる力を、サブピコニュートン、1ナノメートルの精度で、しかもサブミリ秒の時間分解能で長時間(数時間)観測する方法を確立する。細胞は「分子の手」(分子間相互作用)を用いて分子を組織化するが、本研究ではいわば「科学の手(主に光)」を用いて、分子を同じような精度と力で操作し、細胞膜分子の組織化の機構・原理を明らかにしていく。このような、生きている細胞に適用できる1分子直視・直接操作技術をさらに発展させ、同時にそれらの技術を用いて、生細胞における膜骨格と膜タンパク質同士の相互作用などを調べ、膜骨格の機能である膜組織能とその分子機構の解明を目指す。
 この研究によって細胞膜の組織化の機構を明らかにし、熱運動とエネルギーの効率的利用に関して、生物の分子機械システム特有の過程と機構を明らかにする。さらに本研究は、細胞と多細胞社会の形態形成に新しい概念を樹立するとともに、新しい可塑的素子の設計に指針を与えるものと期待される。

用語解説

(1)
細胞骨格:細胞質にはりめぐらされたタンパク繊維の網目構造。
(2)
膜骨格:細胞骨格の中で細胞膜に近接している部分。

3.研究の進め方

 本研究では、(1)分子間相互作用、(2)膜骨格機能、(3)細胞間相互作用の3グループを設定し、相互に密接な連携を保ちつつ研究を展開する。それぞれのグループでは、生細胞における分子間相互作用を1分子レベルで解析する手法の開発、自己組織化と能動的機構の協調による組織化の機構の研究、膜骨格による細胞間相互作用の制御機構の検討などを有機的に組み合わせて研究を行う。

4.研究事項

 (1)分子間相互作用

 (2)膜骨格機能

 (3)細胞間相互作用

5.研究期間

 平成10年10月1日〜平成15年9月30日

用語解説

 (3)脂質ドメイン:細胞膜の中で特定の脂質だけが集合して作る小領域。


This page updated on September 30, 1998

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