研究主題「誘導分化」の研究構想(概要)


 生物は単純な構造をもつ受精卵から出発していながら、細胞の分化の積み重ねによって、多彩な組織、多種の臓器からなる複雑なからだができあがる。発生の過程は、受精卵のときに与えられた一定のプログラムに従って将棋倒しのように自動的に進行するものでは決してない。細胞間、組織間の相互作用を繰り返し、その相互作用のたびに細胞分化が誘導され、新たなプロセスのための新しいプログラムが開かれ、次ぎの新たな相互作用を引き起こして行く。その連綿たる相互作用の結果、私たちのからだのなかにさまざまな機能に分化した細胞が生み出されると同時に、それらの細胞が互いに有機的な関連をもちながら組織を構成し、そして臓器や個体を形づくる。
 特定の遺伝子や物質が特定の分化を引き起こすという個々の現象はこれまで数多く発見されている。また、生物のからだが構成する多様な細胞の各々が数多くの分化過程の積み重ねを経て成立するという考えから、個々の細胞は、その細胞のたどった分化の歴史を経なければ成立し得ないという固定概念が生物学の中に定着しており、そのためにかえって発生の研究の方向が見失われていると思われる。
 本研究は、一見無関係に見える異なった細胞の分化の間に見られる共通性を明らかにし、それを出発点として細胞分化の原理を探究する。また、細胞分化の多様性を生み出す源である組織間相互作用が分化を調節する遺伝子に及ぼす効果(誘導)についての普遍的な機構を解析する。本研究では、細胞の分化状態が各々の細胞に特有の分化を調節する蛋白質により規定されるものであって、それまでにその細胞がたどってきた経緯には必ずしも束縛されない、という考えに基づき、分化を調節する遺伝子を欠損させたマウスを系統的に作製し遺伝子の機能や組織間相互作用を解析する。また、トランスポゾン(動く遺伝子)を用いる手法によりゼブラフィッシュの中枢神経系や体節等に異常な分化現象を作り出し、遺伝子や組織間相互作用について解析を進める。これらの現象を明らかにして細胞分化の普遍的な原理を追求する。さらに、分化細胞の成立までの経過からは全く異なった細胞の間であっても、作動する遺伝子の構成さえ似通っておれば、ある条件を整えることによって分化状態の間を遷移させうると考え、分化の状態をもっと初期の状態に遡って分化をやり直させたり、他の分化の方向へ向かわせる可能性を調べ、細胞の分化を人為的に制御する方策を探索する。
 この研究は、細胞分化の普遍的な原理の解明につながるのみならず、細胞分化の調節に原因があると考えられる難病等への対策や自己の組織を用いた臓器再構築の技術の開発に大きく貢献できるものと思われる。

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This page updated on August 3, 1998

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