ミリ波センシング用低雑音増幅回路の製造技術


(背景)
ミリ波帯域に対応し高速で動作する半導体素子を用いた増幅器が望まれていた

 電波利用の拡大に伴い、マイクロ波帯以下の周波数は、急速にひっ迫してきている。このため我が国では、殆ど未利用の状態にあるミリ波帯域(30〜300GHz)のうち59〜64GHzを利用しようという機運にある。しかし、従来のミリ波用デバイスは、素子を導波管などと組み合わせた構造で、大型で重く量産も困難なうえ、価格も高価で用途も限定されていた。このことから、小型で量産性に優れ、比較的安価である半導体素子を用いた、高い周波数(約60GHz)に対応し高速動作が可能な増幅器が強く望まれていた。
 半導体素子では、電子や正孔の移動速度が動作速度を決める大きな要因となっており、素子構成において必要に応じた不純物を加えていたが、この不純物が電子や正孔の移動の妨げとなり動作速度に限界があった。また、一部のGaAsトランジスタにおいて、ドープ層(電子供給層)とチャンネル層(電子走行層)を分離した素子構成により30GHz程度までの高速動作が可能なものがあるが、60GHz以上のミリ波帯域での動作は困難であった。
 これは、電子供給層と電子走行層との接合部(ヘテロ接合部)に格子歪が存在しないように格子定数の近似した材料を用いヘテロ接合を形成する必要があり、電子移動度のより高い材料を適用できないこと、また、電子走行層と電子供給層に分離した素子構成においても電子走行層に近接した電子供給層からの電子の散乱の影響を受けること等が、大きく影響していた。一方、電子走行層にInGaAsを用いれば、GaAsを用いた場合に比べ4倍以上の動作速度が得られるが、ヘテロ接合による格子歪が増大し、適切な厚さの成膜を行うことは困難であった。

(内容)
結晶組成や膜厚を最適化し、電子供給層と電子走行層の間に電子分布制御層を挿入して電子の散乱の影響を低減させてミリ波帯域での高速動作を実現

 本新技術は、InP(インジウム燐)基板上に電子濃度と電子移動度が最大となるようIn組成を80%と高くしたIn0.8Ga0.2AsとIn0.52Al0.48Asの三元混晶をそれぞれ電子走行層、電子供給層として形成するとともに、その構造を格子歪による結晶転位の発生しない構造とし、さらに近接した電子供給層の影響(電子散乱)を低減させる電子分布制御層を両層間に挿入したトランジスタを形成することで、ミリ波帯域で高速動作が可能な増幅回路を実現するものである。
 そのため、(1)ヘテロ構造結晶の組成や膜厚等の調整、(2)電子供給層と電子走行層の間に電子分布制御層を挿入し、電子走行層の電子分布を電子供給層から遠ざけ、電子供給層の不純物による電子散乱の影響の低減、により30GHz以上のミリ波帯域での高速動作が可能とするものである()。
 本新技術による回路の製造は次の工程により行われる。

(1)化合物半導体結晶の成長
 InP基板上に、分子線結晶成長装置(MBE装置)を用い材料源の蒸発温度や各々の材料の分子線供給時間等を制御し、精密な成膜を行うことでヘテロ構造結晶を得る。

(2)ソース、ドレイン電極の形成
 トランジスタのソースおよびドレイン部分の電極を真空蒸着等により形成する。

(3)ゲート電極の形成
 ゲート電極は電極形状をT字形とすることでゲート幅を短くするもの(高速動作に対応)であり、高感度レジストと低感度レジストを積層し、電子ビーム露光によりT字形レジストパターンを形成し、次に、真空蒸着により電子移動の距離が短く高速動作に対応したT型電極を形成する。

(4)回路の形成・パッケージ
 プラズマCVDを用い電気容量成分や保護膜の役目を果たす絶縁層(SiO2膜)を形成する。さらにレジストや電解メッキ、真空蒸着等を用いて配線することで回路を形成する。次に、基板を分離し、チップをパッケージ実装する。

(効果)
本増幅回路は、殆ど未利用の状態であるミリ波帯域での動作が可能なことから、ミリ波帯域の電波利用技術として広く用いられることが期待

 本新技術による増幅回路は、殆ど未利用の状態にあるミリ波帯域での動作が可能なことから、ミリ波の指向性が強い特徴を利用したミリ波レーダー、周辺監視センサや伝搬距離が比較的短い特徴を利用した周波数多重利用型のミリ波道路情報システム、移動体識別システム、構内通信、車々間通信等、ミリ波帯域の電波利用技術として広く用いられることが期待される。

ミリ波センシング用低雑音増幅回路

トランジスタ部


This page updated on June 19, 1998

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