波長可変固体レーザーによるがん治療システム


(背景)
がんの新たな治療法が望まれている

 従来、がんの治療には、外科手術、化学療法、放射線治療などを巧みに組み合わせて治療効果の向上を図ってきた。しかし、より治療効果の高い、新たな治療法が望まれている。
 この要請に応える治療法の一つとして、近年、光線力学的治療(PDT:photodynamic therapy)が注目されている。この方法は、正常細胞よりがん細胞に吸収され易く、かつ、光吸収により活性酸素を発生しがん細胞を死滅させる作用を有する腫瘍親和性光感受性物質を、静脈注射により患者に投与し、この増感剤に吸収されやすい波長のレーザー光を照射してがん細胞を死滅させるものである。PDTは、従来のがん治療法との併用あるいは代替により、初期の表在性がん、例えば肺がん、食道がん、胃がん、子宮がんなどに対して治療効果があることが判明しており、(1)正常細胞の障害を最小限に抑えてがん細胞を破壊できる、(2)治療後の臓器などの機能保持が可能で、治療後の「生活の質」(quality of life)が保たれる、(3)必要に応じた再治療が可能、(4)体力の衰えた患者にも適用できるなどの特徴を有する。
 そのPDTに用いられるレーザー装置として、連続波のアルゴンガスレーザー励起の色素レーザー装置(アルゴン色素レーザー)やパルス波のエキシマレーザー励起の色素レーザー装置(エキシマ色素レーザー)が開発されているが、これらはどちらも照射光の波長を変更するのが容易でなく、開発が進められている各種光感受性物質の吸収波長に合わすことが難しかった。また、これら装置は、色素やガスの交換が必要であり、運転保守に手間がかかるものであった。
 このため、パルス波レーザーで、波長変更が容易であり、かつ運転保守性に優れたレーザー装置の開発が望まれていた。

(内容)
波長可変固体レーザーにより多種光感受性物質対応の実用的PDTシステムを実現

 本新技術はがん患者に腫瘍親和性光感受性物質を投与し、光ファイバーを通して患部にレーザー光を照射することにより腫瘍細胞を死滅させるがん治療法(PDT)において、レーザー発振部は、光パラメトリック発振器とそれを励起するためのYAGレーザー及び高調波発生装置から構成され、照射用の出力光は高尖頭値パルス波(注2)であり、しかも光パラメトリック発振器内の非線形光学結晶の角度調整により波長が可変になっている。(図)
 本システムにおけるYAGレーザーは、波長1064nmの光をパルス発振する。この光を所望の波長の光に変換するために、入射した光に対し波長の異なる光を発生し得るという性質を持つ非線形光学結晶により高調波を発生し、次にこの高調波が光パラメトリック発振器を励起し、所望の波長の光を発生する。
 このような構成により、620nm〜670nmの範囲にある任意の波長の光を照射することができる。照射光はパルス波であるため生体に照射した場合、組織の熱変性が避けられ、パルス一つ一つの瞬間出力が大きいため組織深達性に優れる。また、レーザー発振部は固体材料(各種光学結晶)で構成されているため、運転保守が容易である。
  さらに、本技術のレーザー装置には、照射光出力及び波長の自動較正機能や過大出力防止機能など、治療行為を安全かつ円滑に行うための機能の拡充が図られている。

(効果)
肺、食道、胃、子宮頸部などの表在性初期がんの治療での利用が期待される

本新技術には、

(1)
レーザー光の波長が可変であるため、各種の光感受性物質に対応できる。
(2)
パルス波でありかつ尖頭値が高いため、正常組織の熱変性が避けられる。
(3)
装置が固体レーザーであるため、操作及び保守が容易である。

 などの特徴があり、次の用途が期待される。

(1)
肺、食道、胃、子宮頸部などの表在性初期がんの治療
(2)
上記以外の初期がん(膀胱がん、喉頭がん、皮膚がん等)の治療への応用

 などに、本システムの利用が期待される。

(注1)
  非線形光学結晶への入射光が、より波長の長い光の対に変換される過程を利用して、入射光と異なる波長の光を発振させる光学機器。非線形光学結晶と、結晶からの光をフィードバックするための光共振器から構成される。
(注2)
  
レーザー光の瞬間出力が高いパルス波。


This page updated on June 19, 1998

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